第8話 ハルに会えた

11月27日(土)

AM6:00

 起床。ハルに『おはようスタンプ』を送る。


AM7:30

 昨日主治医から聞いたハルの近況を、学校に、FAXで報告する。


AM8:00

 やっと、ハルからラインの返事が来た。『したい』と。これは、昨夜のラインに対しての答えだろう。数日ぶり、蘇生して初の返信がコレ? ハルらしい。

私:『何が良い? ハルにはHuluが合う気がするけど、調べてみてね』

ハ:『Huluかな。今いるのが一般病棟でしょ?』

私:『そこは準安定室って言ってたよ。ご飯どう? 食べれてる? お茶とか、どうしてるの? ペットボトルとか、まだ、買えないよね。お金は持たせないでと言われたので、渡してないけど、一般病棟に行ったら必要かな?』

ハ:『そうなの? 何か、変な水くれる。看護師にちょくで言えば』

 ハルは、一般病棟にいると思っている様だ。お金を渡していないので、どうやって水分補給をしているのか謎だったけれど、お茶は、看護師さんに言えばもらえるらしい。まだ、普通の物は飲めなくて、とろみがついた水を。

ハ:『おれのところきて』

私:『面会禁止なんだって。必要な物は、看護師さんに渡して、ハルに届けてもらうシステムみたい。何か必要な物があったらラインして下さい。後ほど病院に電話をして、持って行っても良いか、聞いてみます。そこの病院、Wi-Fi使えるみたいだよ。アクセスコード、看護師さんに聞いてみたら』

ハ:『Huluとかはできないの? あ、ヨーグルトもらった』

私:『Huluは、こちらで契約しないと使えないと思う。今から調べます。テレビは見れないの?』

ハ:『テレビはない』

私:『ヨーグルト、良かったね。テレビは、一般病棟に行ったらあるんじゃな? もう少し我慢だね。まだ、無理はしないでね。また、不整脈になったら、心臓止まるよ。倒れた事、覚えてる? 時々、プールや家で、ふらついていたでしょ? 貧血だと思っていたけど、アレが不整脈の合図だったのかもね』

ハ:『なるほど。今日、何してくれるの? 帰るの?』

私:『まだ、まだ、帰れないよ』

ハ:『いつ帰れるの?』

私:『家に帰れるのは、早くて、クリスマスくらいかな。学校どうしたい?』

ハ:『おそい』

ハ:『どういう事?』

私:『倒れた事、覚えてる?』

ハ:『覚えてない』

私:『体育の授業中、持久走していて、急に不整脈が起きて心臓が止まっちゃったんだよ。WPW症候群が原因みたい。先生や友達が、保健室に駆け寄ってAED持ってきてくれたり、救急車を呼んだりしてくれて、病院に運ばれて、意識不明で三日間、昏睡状態だったんだよ。今、生きている事は、本当に奇跡なんだよ。ハルは、先生や、友達、病院の方々のおかげで生きているんだよ』

ハ:『そーなんだ。一週間後くらいには、学校にいけるんじゃない?』

私:『心肺停止になった理由は、WPW症候群なので、その治療をしないと、普通の生活ができないんだって。まず、安静にして、体力をつけてから、違う病院で手術して、様子を見てから、次の事を考えると、ドクターは言ってました』

私:『学校はどうしたい? やめても良いよ。』

ハ」『やめはしない。行ける時くるから。12月か』

私:『1月かな。それを目標にして、手術とリハビリを頑張ろうね。学校は、相談してみるけど、暫くはリモートにしてもらうとか。授業の遅れは、補習を頼むとかね。病気が治らなければ、学校だって、受け入れてくれないでしょ。でも、○○先生(担任)や、△△先生(体育の先生)や、皆さん、とても心配して下さっていたよ』

ハ:『手術って何をするの? それっぽいこと何もしてない』

私:『まだ。検査して、ハルの体力が戻ったら、他の病院に転院するんだよ』

ハ:『転院するの?』

私:『手術は、アブレーション治療というもの。心臓を開くとか、そういう大きい手術ではないから大丈夫。今の病院で、いくつか検査をしてからだよ』

 ハルが、どこまで言葉を理解出来ているのか解らなかったけれど、この様なやりとりが出来ると言う事は、あまり心配しなくても良さそうだ。命が助かっただけで十分だと思っているので、後遺症に関しては、あまり気にならない。私も夫も、どんな後遺症でも、受け入れる事が出来ると思う。

 その後、Huluの申し込みをして、ハルにパスワードをラインする。


AM9:30

 病院の看護師さんから電話。

「ハル君のゼリーとヨーグルトと、トロミ剤がなくなってきたので、下のコンビニで買って、届けてもらう事は出来ますか? 3時か4時くらいに」

 と言われた。「トロミ剤???」まだ、病院のシステムがよく解らない。でも、とにかく「はい。伺います」と言う。

「他にも、何か必要な物はありますか?」

 と聞くと

「今の所ないけれど、本人が必要な物があれば、携帯で言う様に伝えます」

 と言って下さった。


 しばらくして、ハルからラインが来た。

ハ:『できた』(Huluが見れたと言う事だろう)

ハ:『イヤホンないの?』

私:『看護師さんから連絡がきて、ヨーグルトやゼリーが足りなくなってきたから、買って、持ってきて下さいと言われました。4時くらいに行きますよ。イヤホンってコレ?』

 と、写真を送る。

ハ:『おけ』(たぶん、OKという事だろう)

私:『ハルの最終記憶って、何? 友達と喋りながら走っている所? 治療中、何か夢見た? おじいちゃんとか、出てきた? 何かお告げは聞いた?』

ハ:『全く覚えがない。学校の先生とモンストしたのは覚えがある』

私:『これから思い出すかもね。思い出したら、教えてね』

 心肺停止の事は、全く覚えていないんだな。どこが最終記憶なんだろう。こんな感じだと、あの世の事とか、不思議体験はしたのかと聞いても、覚えていないだろうな。


PM11:30

 学校に電話をして、担任がお手隙になったら、電話を頂きたいと告げる。


PM1:00

 お昼は何を食べようかと、冷蔵庫を開けたら、賞味期限が23日の焼きそばがあった。ハルがいないと、焼きそばも賞味期限が切れちゃうんだなあ。


PM2:30

 眼科に行っていた夫が帰宅したので、一緒にハルの病院に向かう。道は混んでいた。車の助手席で、ぼんやり景色を眺めていると、携帯がなった。担任からだ。

《内容》

担:FAXありがとうございました。

私:ハルの近況なので、クラスの皆さんにもお伝えください。昨日、主治医から連絡があり、ハルの様子が聞けました。日増しに、回復してきている様で、昨日のお昼から、口から栄養をとり始めたそうです。まだ、トロミ食ですが。これから、いくつか検査をして、転院し、手術の予定です。それで、本人は、学校に戻りたい様なんですが、学校としては、どうなんでしょうか?

担:ああ、もう、それは、来て頂いて大丈夫です。

私:でも、進級するには、出席日数ってありますよね? 今、お答え下さらなくて良いのですが、退院して、直ぐには通えなかった場合、リモートにするとか、遅れた分を補習して頂くとか、できますか? 

担:はあ・・・・。

私:検討して、また、お返事ください。急ぎませんから。

担:はい。解りました。


PM3:30

 病院到着。受付で熱を測って、名前を書いて、来館した理由を告げる。売店で、ヨーグルト2個と、ゼリー(飲むタイプのもの)と、トロミ剤2本(スティックタイプの粉末剤 一本20円)を買い、また受付に戻って部屋番号を聞く。「入院病棟に行けるのは、一人だけ」との事だったので、夫はラウンジで待ち、私一人で行く。

 病院内が広くて、道に迷いそうだ。人に聞きながら、エレベーターで7階まで行く。HCUから、だいぶ遠くに移動したんだなあ。車椅子を押されながら移動するハルの姿を想像した。

 ナースセンターのインターフォンをならすと、すごいイケメンの看護師さんが現れて、対応して下さった。今夜のハルの担当看護師さんらしい。

 どうやらハルは一人部屋で、冷蔵庫もテレビをついているらしい。本人は「テレビはない」って言っていたけれど。看護師さんに尋ねると、テレビカード(一枚千円)を買えばテレビは見れるとの事だったので

「じゃあ、それを買ってきます。どこに売っていますか? これから、お金も必要になると思うので、現金も持って来たんですが、渡してもらえますか?」

 と言うと、

「お金は預かれないでの、入って、ご自分で渡してください」

「えっ、入って良いんですか?」

「少しなら」

 と言って下さり、病棟内に入れてもらえた。

 ラウンジで、テレビカードを一枚買って、ハルの部屋に行く。ハルの部屋は、ナースセンターの直ぐ近く。ドアは開けっぱなしで、部屋に入るとハルの細い足が見えた。奥に進んで行くと、ベッドの背もたれにもたれかかったハルがいた。見るからに、弱々しくなっていた。道ですれ違ったらわからないくらい、痩せ細っていた。

 8日ぶりの再会なのに、涙は出なかった。どんな姿でも、生きているハルに会えたので、喜びの方が大きかった。コロナ感染の予防で、触れる事ができない事が、もどかしい。

「ハル。ああ、元気そうだ。良かったね」と声をかけた。「うん」と言ったハルの声は、かすれていて、小さい。それでも、会話は出来た。

 ハルに、テレビと冷蔵庫がある事を教え、看護師さんが使い方を説明して下さった。そして、鍵付の引き出しに財布を入れて、冷蔵庫にヨーグルトとゼリーを入れ、テレビカードをテレビに差し込んだ。

「今日は、土曜日だから、ドラえもんと、コナンが見れるよ」

 と言うと、少し笑顔になった。

 とても眺めの良い、キレイな部屋だった。「良い眺めだね」と言うと、頷いた。そして、かすれた声で

「悪いんだけど、そこのドラックストアーで、クロワッサン買ってきて」

 と言われ、思わず、看護師さんと目を合わせてしまった。看護師さんが

「まだ、それはダメなんだよね。もっと、トロミ食を沢山食べて、アピールしないと」

「そうだね。頑張って、トロミ食を食べないと、次には進めないんだよ」

 と言う。

 きっと、トロミ食を食べられないんだろう。それしか食べる事ができないのに。偏食持ちに育ててしまった事を反省する。ああ、何でも食べられる子にしていたら、こんなひもじい思いはしなくてすんだのに。かすれた声で「悪いんだけど・・・・」と懇願する様に言われた事に、悲しくなって、胸が締め付けられた。

 長居はできないので、用事がすんだら、退室しないといけない。

「また来るね。何か欲しい物があったら、ラインしてね」

 と言って、バイバイする。

 その後、ナースステーションで、月曜日に受ける、心臓のMRIの同意書や、確認書にサインやチェックを入れる。金属を身につけていたらダメらしいが、歯列矯正器具は、どうなのだろう? また、心配になる。

 MRIって、音がうるさくて、閉所恐怖症の人には、辛いと聞いた事がある。ハルは、大丈夫だろうか? 一応、渡した荷物の中に、耳栓も入れておいたんだけど。


 夫の所に戻って

「ハルに会えたよ。会話もできた。痩せて弱々しくなっていたけど」

 と報告する。夫も、会いたかっただろう。

 帰宅しようと、病院の廊下を歩いていたら、後ろから

「ハルくんのお母さんと、お父さんですよね?」

 と声をかけられた。看護師さんの様だけど、知らない方だ。

「ハル君が運ばれて来た時に担当した者です。良かったですね。ホントに、良かったですね。同い年の子供がいるので、ずっと心配していました」

 と、涙を浮かべながら言って下さった。胸がギュとなり、涙が出そうになった。夫と二人でお礼を言う。

 本当に、ハルは、たくさんに方に助けて頂いたんだなあ。ありがとうございました。このご恩は、どんな形でお返ししたら良いか、ハルが元気になったら、家族で話し合います、と心の中で誓った。


 帰りの車の中で、ハルが言った「悪いんだけど、そこのドラックストアーで、クロワッサン買ってきて」と言う言葉が頭から離れなかった。かすれた声で、申し訳なさそうに、言っていた。いつもは威張った感じで「飯くれ!」って言うのに。ドラックストアーは、病室の窓から見えたのだろうか。あそこに行けば、好きなモノが売っているって思ったんだね。食べられる様になったら、ハルが大好きな、○○店の、高くて、美味しいクロワッサンを持って行くぞ。


PM5:00

 帰宅。郵便受けに、学校で行われた健康診断の心電図検査結果が届いていた。開封して見てみる。やはり、WPW症候群の波形は出ていた。なのに、正常って、何故?


 ハルに『夕食の写真、ラインして』とラインすると、送られて来た。やはり、ハルが食べられそうな物は、なかった。ああ、何とか出来ないかなあ・・・・。


PM11:00

 夜になると、不安が募ってくる。「ハルは、今、どうしているかな? 夜中に、急変して、また心肺停止になったらどうしよう。看護師さんは気がついてくれるんだろうか?」と。

 眠れなかったので、テレビを付ける。映画を見てみたけれど、内容は頭に入ってこない。そして、その内に、睡魔に襲われ就寝。

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