第18話 異なるWPW症候群の判断基準(完)

3月19日(土)

 高校の終業式。

 成績通知表や、2年生で使う教科書等を持って帰宅したハルを見て、無事に進級出来る事に、ホッとした。

 もう、復学は無理かな・・・・と思っていた頃から、4ヶ月がたった。もう4ヶ月なのか、まだ4ヶ月なのか解らないけれど、あっと言う間だった様な気がする。ハルの意識が戻るまでの3日間は、一分一秒が永遠の様に感じたけれど。

 今日、この日を迎える事が出来たのは、たくさんの方々のお陰だ。ハルに関わって下さった方々には、いつも、感謝の気持ちを忘れずにいたいと思う。

 ハルの身体は、まだ本調子ではない。学校から帰宅すると、昼寝をする事が多いし、食欲も不安定で体重は41キロに減った。相変わらず立ちくらみも続いている。 それでも、ハルは、今まで通りの生活を楽しんでいる。まさに、青春を謳歌している様に見える。


 0.05%の低い確率で起こる希な事が、ある日突然、何の前触れもなく、息子の身におこってしまった。一方、コロナ渦ではあったけれど、感染者数が減り、医療現場の逼迫が停滞していた時で、救急隊の出動や、病院の受け入れが、待機する事なく、すぐに対応して頂けた。学校の近くに、消防署があった事もラッキーだったし、先生方や、友達が、躊躇う事なく全力で助けて下さった事も、当たり前の事ではないだろう。学校で倒れた事も、不幸中の幸いだったと思う。息子に関わって下さった全ての方々が、誠実で、懸命に治療して、助けて下さった事。息子自身が持って生まれた生命力の強さと、運。これらの、一つでも、欠けていたら、今、息子は生きていないだろう。これは、0.05%に匹敵するくらいの奇跡だと思う。

 こんな事が、私達、平凡な家族に起こった。これは、何かのお告げなのだろうか? もし、何か、メッセージが含まれているのなら、その使命を果たしたい。そうしないと、バチが当たるかも知れない、また同じ様な事が起きてしまうかも知れない、と日々思っている。それで、私は、何をしたら良い? 何をするべきなのか? 解らないけれど、思いつく事を実行してみた。その内容を以下に報告致します。


<ハルが通っている学校に、以下の事を改善・お願いした>

   (これは12月14日に校長先生に渡した手紙の内容の一部です)

・グランドにAEDを設置して欲しい

(ハルが通っている学校は、グランドが校内から離れた所にある)

 回答→グランドに設置する事は無理な為、グランドに近い部室がある箇所と、     

    校内の三階教室付近に、新たにAEDを設置する

・教師は、グランドに出る時は、携帯を持参して欲しい。

 回答→学校の携帯電話は、台数が少ない為、教師個人の携帯電話を持参する。

・学校でのAED教育を推考して欲しい。

 回答→生徒に関しては、保健体育で、心肺蘇生の単元がある。

    教師に関しては、今後、近くの消防署の方に来て頂き、心肺蘇生の講習を受

    ける事にします。


 校長先生から、この様な回答を頂いた。改善を検討し、実行して下さった事を、ありがたく思う。もし、この体験記が学校・教育関係者、スポーツクラブや運動に関係する方々の目にとまったなら、今一度、安全に関して、確認をして頂きたいと思う。特に、学校で水泳をする時は、教師はAEDと携帯電話をプールサイドまで持参して欲しい。


WPW症候群の判断基準について

 インターネットでWPW症候群に罹患されている方々の記事を読むと、「職場の健康診断で発覚した」「小学校の健康診断で発覚した」と、様々だった。通常ならば、小学1年生で行う学校での心電図検査で発覚する筈だと思っていたが、住んでいる地域によって、その判断基準が違う様だ。私が住んでいた○○市は、WPW症候群を「異常」とは見なしていなかった様だ。検査の結果に地域差があるなんて、こんな健康診断って意味があるのだろうか? 息子が、小学2年生のスイミングスクール入会時の健康診断でWPW症候群と診断された時、私は、○○市の教育委員会に出向き、息子の小学1年生時に撮った心電図検査の波形図をとりよせして、当時の心臓主治医に見て頂いたが、ハッキリと、WPW症候群の波形は出ていた。正常か異常かの判断は、コンピューターと医師がするシステムになっているそうだが、両方とも正常と判断していた。

 多くの人に問いたい。「あなたのお子さんの心臓は、大丈夫ですか?」「学校で行う心電図検査での心電図の波形を、確認した事がありますか?」「学校での心臓検診は、どんな心臓の異常を調べる検査なのか、あなたは把握されていますか?」「心電図検査の結果基準に地域で違いがあるのなら、他の検査にも違いがあるのではと思いませんか?」と。

 息子は、小学2年生のスイミングスクール入会時の健康診断でWPW症候群が発覚した。もし、それを行っていなかったら、今回心肺停止するまで、WPW症候群に罹患している事を、親も本人も知らないでいただろう。死亡した場合、その死因すら解らず、私達夫婦は、毎日「何故?」と、苦悩に満ちた生活を送り、自分達や誰かを責め続けていた事だろう。

 そこで、学校で行う心電図検査について、様々な所に質問をしてみた。その内容と回答を記します。


<○○市の市民からの提案投稿フォームへ投稿>

 11月19日午後、私共の息子(高校1年生、16才)が、体育の授業中に心肺停止となり、病院へ搬送されました。息子が病院に到着した時、心臓は動いていて、自己呼吸もしていたそうですが、意識や反応がない状態だったそうです。駆けつけた時に見た、変わり果てた息子を見て、言葉も希望も失いました。

 直ぐに、脳低温治療を始めて頂き、HCUの医師やスタッフの皆様の、懸命なるご尽力のおかげで、23日の夜から、徐々に意識が回復し、現在は、容態が安定している状況です。

 息子が倒れた時、体育の先生や、学校医の先生が、心臓マッサージや、AEDで蘇生を試みて下さったそうです。クラスの友達も、息子を助ける為に、尽力して下さったそうです。息子が生還できたのは、この迅速な措置のおかげでもあると思っております。けれども、倒れたのが、もし、登校中や、違う場所で、この様な迅速な処置が出来る人がいなかった場合、救える命も救えなかったと思います。

 人命救助の講習を受けた事がある人は多々いると思いますが、一回受けただけでは、実際に行動に移す勇気はわいてこないと思います。

 そこで、医学の知識がある市長様にお願いがあります。○○市の小学校・中学校・高校生に、AEDを使用した人命救助の授業を行う様、義務付けをお願いしたいと思います。誰もが、当たり前に、普通に、人命救助が出来る人になって欲しいと願って、この嘆願書を出させて頂きました。

 さらに、もう一つお願いがあります。

 息子には、WPW症候群と言う持病がありました。○○市は、小学1年生の時に、健康診断で心電図をとって下さいますが、その時、息子は、正常と判断されました。けれども、小学2年生の時に入会した、一般のスイミング教室での健康診断で、WPW症候群であり事が発覚しました。おかしいと思い、○○市の教育委員会に問い合わせて、1年生の時の心電図の波形データーを取り寄せて頂きましたら、WPW症候群の反応が出ておりました。これは、医療ミスではありませんか? 中学1年生の時の心電図検査でも、正常と出ておりました。息子の様に、判断ミスをされている子供が、何人いるのでしょうか? ○○市は、小学1年生と、中学1年生の時に行う心電図検査に、多大なお金を使っていると思いますが、この様な結果で、良いのでしょうか?

 息子と同じように、この時の検査結果が間違っていて、異常があるのに気がつかないまま、病気になる子供がいるのではないでしょうか?

 どうか、この問題を、軽く見ないで、きちんとした調査、対応をして頂きますよう、お願い致します。(2021年11月24日)


<回答>

 このたびは、ご意見をお寄せいただきありがとうございました。

 11月24日にEメールでいただいた件について、次のとおりお答えします。

〇AED等を使用した人命救助に関する授業について

 児童生徒を対象とした心肺蘇生法やAED使用(模擬人形やAEDデモを含む)の実施を伴う授業については、体育科、保健体育科の時間等で行われています。

 学習指導要領改訂により、高等学校学習指導要領では「心肺蘇生法などの応急手当を適切に行うこと」、中学校学習指導要領では「心肺蘇生法などを行うこと」と明記されました。

 児童生徒、教職員も含め、心肺蘇生法等の応急手当を取り上げることにより、健康・安全に関する基本的な技能を身に付けることができるよう今後も進めてまいります。


〇心電図検査について

 お子様が授業中に心肺停止となり、救急搬送されたとのこと。命に関わる重大な事態となり、大変ご心配であったことと思います。

 受検時(小学校1年生)の心電図原本については、保存年限が経過しているため、一般的な心臓検診(心電図検査)の流れについて回答させていただきます。

 児童生徒の心臓検診(心電図検査)は、本市教育委員会と○○市医師会(以下「医師会」)で契約を締結し、医師会が各検診機関(現在5機関)に委託し実施しています。担当区の心電図検診機関が心電図検査を実施し、結果については各区の医師による判定会を経て、異常なし・要精密検査受診と区分されます。一次検査で心電計が波形を読み取り、境界域(異常)の心電図の欄に「WPW症候群の疑い」と印字された場合でも、心電図の波形その他、医師が総合的に判断し、異なる診断結果や精密検査不要となるケースもあります。

 今回のご意見については、関係者が集まる会議などで共有し、今後の精度向上に努めてまいります。(2021年12月22日)


<公益財団法人日本心臓財団のHPのセカンドオピニオンへメールで質問する>

(ハルが倒れた一連の経緯を記した後)今回のこの体験で、何故、学校で行う心電図検査で、見逃されてしまうのか?「正常」と判断されるのか? と言う疑問を持ちました。WPW症候群を病気と判断しないのでしょうか? WPW症候群は、自覚症状がある人もいれば、ない人もいるそうです。自覚症状がある人は、自分で気を付ける事が出来ると思いますが、ない人は、自分の疾患に気がつかず、いきなり心肺停止になる事もあり得ると思います。それでは、集団検診が意味のない無駄な事になりませんか? WPW症候群以外でも、見逃されている病気はないのでしょうか?

 WPW症候群は、1000人に数人の確率で罹患されている人がいると言われていますが、きちんとした検査結果があれば、もっと数字は高くなると思います。

 今回、息子は、学校の先生方、救急隊の方々、医療従事者の方々のお力で、一命を取り留める事ができましたが、今後、誰かに、この様な事が起こらない様にする為に、小・中・高での、集団健康診断の項目の見直し、誤診をなくすなどの徹底を、学会等に働きかけて頂きたいと思い、投稿させて頂きました。


<回答>

 こんにちは、公益財団法人日本心臓財団です。

 まず初めに、大きな後遺症なく回復されたとは申せ、大変なご心配とご苦労があったかと思います。心からお見舞いを申し上げます。また、その心労を乗り越え検診の精度向上と同じ病気を抱え不安に思っていらっしゃる患者さんやそのご家族を慮っての前向きなご提言をいただき感謝申し上げます。それを踏まえまして、専門医より疑問点について回答させていただきます。

 文献や研究方法により異なりますが、WPW症候群の患者さんにおける突然死は0.05%未満とされてきたものの、近年の研究では従来考えられていたより多いらしいことがわかりつつあります。しかし、WPW症候群の方の中でも特に危険性が高い方を選び出すことは困難で、定期的に受診いただき24時間ホルタ心電図やイベント心電図、運動負荷心電図などを繰り返し、リスクの高い方を選んでアブレーション治療を行うのが通常です。

 ではなぜWPW症候群と診断された全員に予防薬を服用していただいたりアブレーションを実施しないのか、と疑問に思われることと思います。それは、アブレーションは入院しなければできない高額の治療であるからという理由よりも、むしろアブレーション治療の合併症で生命に関わったり一生回復できない重篤な合併症もありうるので、特に(治療しなければ)危険性の高い患者さんを選んで実施すべきとされているからです。また予防内服も、連日服用しなければならない煩わしさだけでなく、稀に却って有害な場合もあるので無症状の場合には避けた方が良いとされています(日本循環器学会ガイドラインなど)。これらの理由により、もともと無症状なWPW症候群の頻拍発作の場合には、何時生じるか予測できない(一生、不整脈が生じないことも多い)ことから、無症状であることを数年確認すれば「管理不要」と判定して定期的経過観察を終了してもよいとするのが通常です(日本小児循環器学会ガイドラインなど)。一言で申せば、治療のリスクとメリット、無治療を選択した際のメリットとリスクを秤にかけて上述のような推奨がなされているとご理解いただければ幸いです。

 しかしながら、心電図判定の精度を上げる努力を惜しんではならない点についてはご指摘の通りで、関係者一同、肝に命じて若手医師の教育に力を注ぐ決意を新たにしたことと信じます。最後に、もしかすると診察室での医師の言葉が足りず、若干の誤解があった可能性も気になります。一般の方々が理解される「正常」という表現と、検診における「異常なし」「管理不要」という判定結果に関する定義や「心配ありません」という表現には、往々にして差がありうることを回答者も感じることがあります。回答者自身も検診や日常診療で、なるべく言葉を尽くしてご説明する努力をしていますが、少し時間がたつと正確な説明をお忘れになったりお父様とお母様の間で理解の内容が異なることは珍しくありません。先日も、「今年の心電図では昨年までと異なりWPW症候群特有の波形(デルタ波)がありませんが一時的に見えないだけです。来年も必ず受診してください」とご説明したのですが、ご自宅へ帰られた保護者の方が「正常になったと言われた」と説明された例を経験いたしました。こうしたことが起きないよう医療側も言葉をつくして参ります。

 いずれにせよ、胸が張り裂けるような思いをされたご家族の思いを貴重な反省材料にして、関係者一同、より精度の高い心電図検診システム構築に努力して参ります。

以上です。改めてご家族の皆様のご健勝をお祈りいたします。どうぞお大事になさってください。


<息子が通っている高校の健康診断を行っている医療施設>

 12月6日に、WPW症候群の波形が出ているが、正常となっている理由を問い合わせし、後日文章で頂いたもの。

<回答> 

 検診当日の心電図検査にて記録した波形では、WPW症候群の所見をわずかに疑う波形記録が認められますが、既往歴・現病歴の情報と健診当日に使用した受診票にも、既往歴・現病歴の記載がなかったため定期健康診断におけるスクリーニングとして、正常範囲内と判断いたしました。


 お忙しい中、回答を下さった校長先生・団体・企業・役所の方々に感謝致します。この質問と回答が、誰かの目に止まり、何かの役に立つ事を願います。

 また、回答を下さった医師や、ネット等の記事を読むと、WPW症候群に罹患している方すべてに、カテーテルアブレーション治療が適しているとは言えない様なので、ご心配な方は、主治医としっかりと相談して頂きたいと思う。

 どんな病気でも、検査結果に地域差がある事はおかしいし、症状がなくても、軽くても、自分や家族が罹患しているかどうかは、やはり知っていた方が良いと、私は思う。そして、様々な回答を頂き「何故、生まれて直ぐに、心電図検査をしないのだろう? する事によって、乳幼児の突然死が防げるのではないだろうか?」という疑問も沸いてきた。私が知る限りでは、一般的には、聴診器をあて心音をチェックするだけの様な気がする。新生児に心電図検査をしても、小さすぎて、あまり意味がないのだろうか?


 私は、今でも、毎日、ハルが無事に帰宅するまで、気持ちが落ち着かない日々を送っている。スマホの居場所確認アプリを何度も確認したり、何かの時にはすぐに駆けつける事ができる様に、遠出はしないで、大きな予定は入れない。そして、ふっと「もしかしたら、これは、夢なんじゃないか? ホントは、ハルは死んじゃって、それを受け止める事ができなくて、私はずっと昏睡して夢を見ているんじゃないか?」と思う事もある。あの心肺停止の電話を頂いた日から前に進めていないのかも。

 でも、ハルは、違う。友達との楽しい予定を入れたり、英検を受けたり、進学の目標を立てたり、未来に向かって進んでいる。そんな姿を見て、これこそが、現実である証拠なんだ、と思う。

                               2022年4月完


 第一章から始まり、とても長い文章になってしまいました。わかりにくい箇所や、必要ない部分も多々あったかと思いますが、この様なつたない文章を読んで下さいまして、ありがとうございました。


<追記>

 ハルが倒れる前の夜、黒い服を着て、家の中を彷徨っていたハルの正体は、未だに解らないけれど、もう、二度と私の前に現れないで欲しいと願う。

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16才 WPW症候群で心肺停止 みずえ @wpw

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