第11話 答えを出さなきゃ
⒒
その日は、いつものように二人で夕飯を食べていた。
「ねぇ、静也さん。そろそろおかえり言って欲しい人できた?」
「どうして?」
「やっぱり、私なんかじゃなくてさ、好きな人とただいま、おかえりって言い合えた方が今よりも嬉しいんじゃないかって思うんだよね」
静也さんは黙って私の目をじっと見つめた。しばらくして、ようやく口を開いた。
「しずかは、お父さんと暮らしたいのか」
私の言いたいことを読み取ってくれたみたいだ。思った通りに。
「……うん」
「そうか。 短い間だったけどしずかと暮らせて楽しかったよ」
「うん」
自分から言い出しておいて、分かってはいても静也さんの物分りの良さに鼻の奥がツンとした。本当は、このままがいい。もっと静也さんにおかえりって言いたい。大人になっても一緒にいて、おじいちゃんの分まで恩返ししたい。でも、それは駄目なんだ。
静也さんがありふれた、それでいて切実な幸せを手にできる方法は一つ。結婚だ。親子とも兄妹とも言えぬような曖昧な関係ではなく、ちゃんとした家族を作れる方法。きっと静也さんならできるはずで。私が去るいい機会なんだ。
「大沢さんと、仲良くできるといいな」
「うん。仲良くするよ。ていうかもう割と仲良いよ」
私は今、上手く笑えてるかな。あの時みたいに嘘がバレないか内心ドキドキだよ。静也さんは見破るのが上手いからなぁ。
「キリのいい冬休みから、お父さんの所に行こうと思う。残りの期間、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
相変わらず静かな笑顔がそこにあった。あの時のように綺麗で、残酷だと思った。
「もう、いいかな」
すっと笑顔が消えていった。
「今から俺、駄々をこねるけど全部、独り言だから」
くしゃりと静也さんの顔が歪んだ。シワひとつないまっさらな紙が丸められたみたいだ。
「しずかにおかえりって言って貰えるのが、嬉しかった」
うん。私も。
「しずかが、本物の家族と暮らせること、応援したいのに、行って欲しくないと思ってしまう自分が嫌だ」
私はそんな静也さんが好きだよ。
普通にしたいことをすればいいのだと前に彼は言った。どうしたら、私は正しいのだろう。ずっと、考えていた。静也さんの平凡な幸せを願って離れることも、彼を縛っている意識のまま一緒にいることも、間違いであり正解だ。答えなんてない。何を選んだとしてもエゴなんだ。
国語のテストと一緒で。全部、出題者のエゴ。
でも、答えを出さなければ正解になることすらない。
私が幸せになって、静也さんも幸せになって、そうしたらまた、今度は孤独を人質に取らなくても私たちは他愛のない話で笑い合えるはずだ。私たちはもう、そういう段階までお互いを癒せたんだと信じている。
そうでしょう?
ちゃんと子供になった次は、ちゃんと大人にならなきゃ。
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