第9話 朝焼け
⒐
午前三時半。夜中の中の夜中とも言える時間、私たちは車に乗り込んだ。夜にしては、そんなに涼しくない。
お盆休みや正月ならともかく、八月の末にこんな時間からお出かけをする人はいない。
道路は空いていて、私たちの為だけに存在しているかのようだ。
途中、コンビニに寄って、手持ち花火と飲み物を買った。静也さんはブラックコーヒーを飲みながら運転をした。私はカフェオレを選んだ。
「ブラック、いつから飲めた?」
今のところ、最低でもミルクか砂糖、どちらかが入っていないと飲めなかった。
「うーん、高校生くらいかなぁ」
「はやいね」
「そんなんで大人にはなれなかったけどな」
高速に乗っても、車はあまりいなかった。たまにトラックが横切ると、こうして世界は支えられているんだなと思った。
何となくつけたラジオからは洋楽が流れていて、洒落た空気は眠たくなりそうだったので、オフにした。
夜中のドライブは、地面とタイヤが擦れる音、エンジン音、風を切る音、そういうのがよく聞こえた。
「しずか、寝ててもいいぞ。ちゃんと安全運転するから」
「うん」
寝ないよ。
こんなに楽しいことをしているのに、寝るなんて勿体ないよ。
真っ暗闇にポツポツと浮かぶ街灯は、さっきまでは白色だったが、ある地点からオレンジ色のものに変わった。
外にも常夜灯はあるんだな。
静也さんは、私にとっての常夜灯だった。
暗闇が怖くて眠れない日に、優しい光をくれる。眩しすぎずにそっと寄り添ってくれる光。
私も静也さんにとっての常夜灯に、なれただろうか。
トンネルをくぐると、すぐに海だった。
日の出より三十分早い到着。私は車の中でサンダルに履き替えた。
外に出ると、磯の香りがした。
「海、初めて来た。こんな匂いなんだね」
「へぇ、海初めてなんだ。ちなみに磯の香りは大まかに言うとプランクトンの死骸が原因らしい。これは日本特有で、ハワイや地中海では海藻やプランクトンが少なく、あんまり匂いがしないそうだ」
静也さんは急に先生スイッチが入ったのか、雑学を披露した。
「それ、彼女の前でやっちゃダメだよ、引かれる」
「マジか。引かなさそうな人頑張って探すよ」
「一生独身でいたいの?」
静也さんは、ひでぇ、とスニーカーで砂浜を蹴った。
墨色だった空が段々、明るいネイビーに変わってきた。
もうすぐ日の出だ。
二人で砂浜を散歩した。
「私ね、朝焼けが嫌いなんだ」
足を止めて呟くと、静也さんはガードレールにもたれかかって続きを待った。
「朝日って希望の象徴でしょう。キラキラして、昇るにつれて明るくなってさ」
明けない夜はない。必ず朝は来る。それが励ましになる人のことが私は信じられなかった。
明けて欲しくない夜ばかりで、朝は憂鬱だった。
「夕焼けは好きだった。落ちていく太陽は近くに感じた。おかしいよね、同じ太陽なのに」
人間ってのは、感情を何かのせいにしたがる。
涙は雨のせい。
憂鬱はくもりのせい。
空虚は快晴のせい。
とっくに分かってんだ。何のせいでもない。
感情はいつだって、自分の中にしか存在してない。
そのことが苦しくて、苦しくて堪らないから。
徐々に静也さんの顔が鮮明に見えるようになった。
振り向くと、水平線で丁度半円になった太陽がいた。
「今、朝焼けが嫌いじゃなくなった」
海が光を反射して、キラキラしている。このキラキラには見覚えがある。結さんと一緒に遊んだ時に買った、オレンジのアイシャドウ。夕焼け色だと思ったけれど、朝焼け色でもあったんだ。同じ太陽だからね。
朝日の前で、私たちは手持ち花火をした。
朝日を反射する海の輝きを、具現化したみたいだった。
どんな大きな花火大会で見る花火より、贅沢で綺麗だった。
家に帰ると、静也さんはすぐにパタリと寝た。私はまだ眠らずに、一心不乱に画面を彩った。はじめに透明水彩で描いてみたが、納得がいかなくてガッシュで塗りつぶした。やはりこっちが性に合う。
大まかに色を乗せてから、細かい描画をしていく。黄色とオレンジと水色とグレーと白、混ざりあって出来る形容しがたい色。
気に入らない所は何度も上から描き直す。平筆を垂直に持って、力を入れずに小刻みな横に動かす。すると、波と花火が誕生した。
描き切ると、一気に眠さが増した。
残すは最後のページだけ。
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