第5話 先は見えないから
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中学に入学し、私は美術部に入った。部員の実力や熱量の差は様々だったが、そこには絵を茶化す者は一人もおらず、のびのびと描くことができた。
誰かと雑談しながら絵を描くのは、一人で絵と向き合っているときとは違う、不思議な感覚だった。
私は遂に、あのスケッチブックに変化をもたらした。一ページ目には、私のベッドが住処となったマヌケなサメを描いた。下手でも、メッセージ性がなくても良かったのだ。むしろ、そういう絵がこのスケッチブックに相応しい。ここに残していくことそのものに、私は深い意味を設けた。
教科が変わる毎に授業をする先生が異なること以外、授業の内容は小学生の頃と大差なかった。ノートを雑な字で書き、さっさと取り終えては窓の外を眺めたり、バレないように筆箱の位置を調整してラクガキをして、持て余した時間を潰していた。
ある日、国語の授業では、返却した定期テストの解説を行っていた。
「ここでは正解はAです。Cも少しは当てはまりますが、最も当てはまるのはA。BとDは、主人公の前後の行動や心情に矛盾が生じてしまいます。最初に切り捨てましょう」
主人公の心情を最も適切に説明したものを記号で選べ、という問題だ。私はこのテストで九十七点を取った。引かれた三点は、説明していたこの問題の分。 国語は大して勉強しなくてもいい点を取れたが、百点を取れることはほとんどなかった。
これは、いわば出題者のご機嫌取りをするテストだ。出題者の意向を汲んで、出題者の解釈に擦り合わせる。今回で言えば、BとDが不正解なのはまだ分かるが、AかCかは、一概にどちらが正しいとは言えないはずなのだ。それを無理矢理正解を決めて、他の解釈は全部間違っていると言ってしまうようなテストを、私は好きになれない。最終的に運に頼るしかない問題など、はっきり言って不愉快だ。
大体、実際の私の思考は前後の行動や心情と、頻繁に矛盾を起こしている。国語のテストにならないくらいに。感情の前では、読解力など役立たずだ。
チャイム五分前になり、国語の先生は平均点や赤点、クラス最高点に学年最高点を発表した。
九十七点。おかげでクラスは、誰だ誰だと騒いだ。
最悪。絶対にバレないようにしよう。私は素知らぬ顔で外を見た。
昼前の太陽の光までもがうるさいくらいに光っている。
視線を机の上に戻すと、私は中山に貰ったシャーペンを手に取り眺めた。四人は今頃、何の授業を受けているのだろうか。
× × ×
春休み、約束通り集まった私たちは、遊園地に来ていた。平日に来たからか、空いてもいないが激混みまではいかず、普通に楽しめそうだ。
「まずはジェットコースター乗ろうぜ」
今にも駆け出しそうなテンションで、よっしーが提案した。
「そんなに急がなくても」
佐田が窘める。
「えー、せっかく来たなら全制覇したいじゃんか」
よっしーは意気込みを語った。
「まぁ行こうぜ」
中山の言葉で、最初に乗るアトラクションへと移動を始めた。
ミヤはジェットコースターに乗ったことがないようだったので、手始めに子供向けのものを選んだ。
コースターはドングリをモチーフに作られていて可愛い。
あまり上下はせず、けれど子供向けと言う割には結構なスピードだ。
ミヤは大丈夫かと横を見ると
「やばい! めっちゃ楽しい!」
満面の笑みを浮かべていた。この後の予定はコースター巡りになりそうだ。
いくつか軽いアトラクションに乗って、昼食前になると、昼食に並ぶ組とファストパスを取ってくる組で別れることにした。
男子女子で別れるのかなと思ったが、グッとパーにしようとよっしーが言ったので、そのようにして組を決めた。
パーを出したのは私と中山で、二人でファストパスを取りに行くことになった。
私はショルダーバッグの中から昨日の夜焼いたクッキーの入った袋を二つと取り出した。
「これ、おばあちゃんにお礼。中山にも、お礼」
それを渡し終えると、私はブルーのリボンがついた、もう一つの小さな袋を中山にも押し付けた。
「こっちは卒業祝い」
無事に渡せて満足した私は、足を止めた中山を置いて、スタスタと歩いた。
「あ、ちょ、まって」
駆け足気味に追いついてきた中山は横に並ぶと歩調を緩めた。
「ありがとう、大事にする」
「中身見てないのに?」
私は笑った。中山は真面目な顔で
「大事にする」
同じ言葉を繰り返した。
昼食を食べ終えると、シューティングゲームをやったり、お土産を見たりしてファストパスの時間が来るのを待った。
パスを取ったコースターは、この遊園地で一番人気で、一番ハードなやつだ。
最初の落下点直前、火山の中でボワッと熱気と赤いライトが光って、これから起こる衝撃を予測させた。どこまでも落ちていくような、長い一瞬の落下が終わると、遠心力に引っ張られるが如くぐるぐると円を描いて高速回転し、軽い落下と浮上を繰り返した。
「またみんなで来よ!」
初めて遊園地に来たミヤは、心から楽しそうにしていた。当然のように未来の話をする彼女は、眩しくて、違う世界の住民に見えた。
自分と彼女の間には透明な壁がある。
先の約束をするのは楽しみが増えるんだ、嬉しいことのはず。それなのに私はどこか空恐ろしさを感じていた。
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