第16話 再会
⒗
今日は私の、二十歳の誕生日。世間的に成人したことになる。実感はないけれど。あれから七年。成長期という成長期はなく、けれど毎年着実に伸びた身長は百六十七センチとなった。女にしては背が高い方だ。化粧も覚えて、大人に近づいたようで、そうでもない。
多分みんな、そんな感じなんだろう。ね、おじいちゃん。
零時を回ると、何人かの友達からお祝いのメッセージが届いた。お決まりの四人、中学や高校の友達、大学の友達。
四人の中で、中山のメッセージは最後に届いた。付き合っているというのに。多分零時丁度から準備してたけど気恥ずかしくなって、三十分遅らせたのだと思う。かわいいやつ。
あとでからかってやろう。
さっきコンビニで買った缶ビールを開けると夜と朝の合間の静寂に、プシュッという音が響く。年齢確認で保険証を見せたら
「おめでとうございます」
なんて言われちゃって、浮かれているようで恥ずかしかった。しょうがない、約束だから。一口飲んで、墓石の上に乗せた。
「うわ、苦っ」
まじで苦い。
めっちゃ苦い。
不味い。これはコーヒーみたいに慣れてくもんなのかな。絶対に慣れないだろうという自信がある。コーヒーだって、ブラックが飲めるようになってもカフェオレのが美味しいことにいまだ変わりはない。大人になれる気配がない。ああ、そういえば、ブラックが飲めても大人になれないと静也さん、言っていたな。
こうしてお墓の前に立つと、いつだって言葉は浮かんでこない。
言葉はいつも脳内をぐるぐる、ぐるぐる周回しているのに、言葉にしようとした瞬間に、どっかに消える。
私は今日も生きてるよってそれだけを毎回言う。脳ににUSBを挿して思考を保存出来たらいいのに。でもおじいちゃんにはこれで充分だから。
私はお墓に背を向けた。そうすると、言葉は帰ってくる。父さんとの暮らしも、大学生活も、楽しいよ。あれから新しい友達もできた。大学は有名なとこじゃないけど、一応美大に受かって、やりたいことできてる。それから、それから……
柄杓と手桶を水道近くの元の場所に戻して、申し訳ないけれどとても飲めそうにないビールを流した。
スマホを確認すると五時過ぎで、来た時よりもいくらか辺りが明るくなっている。
海で見たのよりも、白くて爽やかな朝日だった。スカイブルーと黄緑色の空はやがて夏の色濃い青空へと移り変わっていくはずだ。
入口の階段に近づいた所で、誰かが座っているのが見えた。こんな時間に、こんな場所にくる人が他にもいるんだな、とか。男の人っぽいから警戒した方がいいかな、とか。でもあの人全然動く気配ないぞ、とか。考えながらも足は少しずつ座り込んだ人の方へと向かった。
本当はもう、誰がそこにいるのかは分かっていた。
その人は、私の足音が近づくと組んでいた腕を解いて、立ち上がった。墓場独特の静けさと、朝日の強い光を纏って、彼は振り向いた。
「やっぱり、ここにいたんだ」
その顔は得意げで、意地悪そうで、私の事なんかお見通しって言いたげで、頬には水滴が伝った跡があった。彼がどんな色の涙を流したのか、私にはお見通しだった。
ちゃんと大人になってから会おうと思っていたけれど、道の途中で顔を合わせることに翳った感情はない。それなりに日々、胸を張れる生活をこなしてきたんだ。
「どうしてここが分かったんですか」
あの時みたいに聞いた。嬉しさが隠しきれなくて、語尾が弾んでしまった。
「分かるだろ。と言いたいところだが、時間は大沢さんから聞いたよ」
「父さん、世話焼きだな」
私がちょっとうんざりした声でいった。
「父さんは世話焼きになるもんなんだよ」
「お子さん、無事に生まれるといいね」
「あぁ」
私の母親の事があるから、楽観的にはなれなかった。静也さんの大事な人が、これから増えるかけがえのない宝物が、無事でありますように。
「大体、『待ってます』なんて言う割に、日時の詳細が無いのはどういうことだよ」
静也さんは呆れた声で言った。
「あぁ、それはだから、連絡待ってますってことだよ」
本当にそういう意味だった。だから今日、会えるなんてびっくりしている。
「しずと二番目に酒飲むのは俺だろ。今日しかないじゃないか。許さないって言ってたのに。」
「あれ、本気にしてたんだ」
てっきり冗談だと思っていた。
「するだろ。ま、いいや。二十歳おめでとう」
「ありがとう、静也さん」
あなたのおかげで、こうして立ってるよ。
あなたが泣いたところを、私は見たことがない。
だけど、あなたがずっと泣いていたことを、私は知っている。
今、あなたが心のままに泣けていることに、数えきれない意味を感じている。出会えたことは運命だなんて言わない。これっぽっちも信じていない。
たまたま出会った私たちは、自分の意志で今、ここにいる。生きている。
残念ながら、世の中には自分ではどうしようもないことは存在する。
どうしようもない、世の中だから。
絶望することもある。絶望ばかりかもしれない。それでも、捨てたもんじゃなかった。暗い場所じゃないと気付けない、微かな燈火がそこにある。きっと誰にでも、その光は灯る。
せめてそうであって欲しい。
朝焼けと常夜灯 新田理志 @2ttamasa4
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