第15話 手紙ー静也side

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『静也さん。お誕生日おめでとうございます。お元気ですか。

 私の誕生日は七月だから、変わりなく十三歳のままです。とはいえ中学二年生になりました。でもこれも特に、変わりはないです。このまま変わらない日々の延長線上を生きていたらいつの間にかおばあちゃんになっちゃいそう。そのくらい、平和な日々を過ごしています。私は読まないで、と言ったけれど、果たして静也さんはこの手紙を読んだのでしょうか。』






『お誕生日おめでとうございます。

 中三になって、先生達が受験、受験、と口うるさく言います。

 面接の練習も始まりました。気が早いと思いませんか。ノックの回数だとか、座る時の足の運びだとか、そんなことが評価に影響するんだったら、テストで他よりいい点を取ろうと思います。たったそれだけで人間性を決めつけられるの、馬鹿らしいです。おっといけない、せっかくの誕生日に愚痴が……

 ともあれ、受験、頑張りますので応援よろしくお願いします。』






『お誕生日おめでとうございます!

 高校でも美術部に入りました。中学はブレザーだったけど、高校は選択制になりました。ほとんどの人か私服を着てくるので、私も私服で通っているのですが、制服がいかに楽だったかを知りました。毎朝選ぶの面倒くさいです。』






『ハッピーバースデー!そして結婚おめでとう!

 結さんから、ご結婚のことを教えてもらいました。

 静也さん、そして奥様。お幸せに。』





『お誕生日おめでとう

 私の方は高三になりました。美大を受けるため、毎日毎日石膏像とにらめっこです。 悔いのないようにやってきます。』





『お誕生日おめでとうございます。

 大学生活は課題に追われ大変ですが楽しくやってます。』







『お誕生日おめでとう。

 待ってます。』

 

 × × ×


 しずかから誕生日に届く手紙は、年々文字数が減っていった。反比例して、同封されたポストカードの画力は上がっていた。

 

 ポストカードは毎年四枚ずつ入っていた。

 四季で分けたと言うには、季節感のない絵もあった。

 

 しずかが描くのは、日常を切り取った絵だ。買ったばかりのスニーカーや散歩で見つけたお気に入りのベンチ。モンブラン。雪が積もったポスト。


 色使いは大胆で、彼女の絵は日常と非日常の狭間みたいだ。

 それは俺と彼女が過ごした日々にも似ている。

 しずかは俺よりもずっと、大人だった。

 ちっとも似てなんかなかった。


 諭されていたのはいつも俺の方で、教師なんて名ばかりだった。笑ってしまう。

 彼女が置いていったスケッチブックも、ポストカードと雰囲気は大体同じだった。終盤の二ページは異彩を放っていたが。

 

 他は一ページにつき一つのモチーフを描いていたのに、その二枚はがっつり風景画だった。

 思い切りのいい繊細さはこの頃から彼女固有の才能だ。

 細かい作業を勢いをつけてやるものはなかなかいない。

 しずかはそれをやってのける。絵に関わらず、そういう人間なんだ。


 彼女は買い物に行くと画材選びには付き合わせるくせに、俺の前では絵を描くことはなかった。彼女にとって、絵こそが手紙なのだろう。このスケッチブックも、ポストカードも、彼女から紡がれた言葉なのだ。

 

 最後の一ページを眺める。

 夜の屋上へと続くあの階段に街灯が付いた、不思議な絵。

 海へ向かう道で、この街灯を何本も通り過ぎた。

 行きに真っ暗闇に浮かんでいた灯りは、帰りには辺りが明るくなってその存在を潜めた。


 あれから七年。


 俺は恋人を作り、結婚をした。期待に応えようと思った訳でも、周囲を心配させないために結婚した訳でもない。

 恋をしたのは、小学生以来だった。

 もしも小学生の頃の淡い憧れを恋とは呼ばないのだとしたら、初恋、ということになる。

 

 ただ、好きな人と家族になりたいと思った。

 思考を捏ねくり回すよりも先に、そう思った。

 

 自分でも驚いた。父と母が死んでいるところを発見する夢を、何度も見た。夢だけどあれは、実際に起こったことだった。


 両親が死んだことよりも、自分が置いていかれたことに、俺は絶望していた。もう、取り残されるのは嫌だった。

 あの日、朝焼けを見つめる彼女の顔は晴れやかで、別れの時はすぐそこなのだと悟った。

 その為の儀式なのだろうと勘づいていた。


 寂しかった。 一緒に過ごした生活は、心地よかった。しずかが父親に会いに行った日曜日はいつも、置いていかれた気分になった。 いつまでもこのままでいたいと願った。


 それは依存なのだと、しずかは拒否をした。それでもいいと思った自分を恥じた。まだ十三の少女は強くて逞しかった。


 そうして彼女は、一歩先へと踏み出していったのだ。

 二十歳になった彼女は、どんな風に成長しているだろうか。

 彼女の父親から、しずかは今家を出たと、連絡があった。

 俺は寝ている妻を起こさないようにそっと、玄関のドアを閉めた。


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