第6話「欠けた赤獣」②
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襲撃者は子供で、獣のように四肢をついて飛び駆ける。
けれどのちに、その動作は機械義肢の不調や、成長した身体に義肢が合っていなかったため、上手く立てなくなっていたから、ということを知る。
ティエンの力を借りて窮地を脱したグロリアは、ジャンから聞いていた軍人の襲撃犯はこの子供だろうと確信する。
気になったのは、復讐か、殺人狂か。
幸いというか、子供は割と素直で問いかければ答えてくれた。むしろ、なぜ自分を殺さないのか、と、きょとりとした目で見上げてくるので、尋問する側としては若干居心地が悪かったが。
話をした結果、少年の行動は前者の復讐からくるものだった。だがその事情が明らかになるにつれ、よくある、ではすまされなくなる。
彼の四肢は機械義肢。戦場や事故などで失った手足を機械へすげ替え、生き残った脳と神経で義肢を動かす技術。
だが彼の四肢は、不慮の事故などで失われたものではなかった。新型の機械義肢接続実験のため、何の問題もない健康な手足を切り落とされたのだ。
それをやったのは、ハミオン軍のとある研究機関だった。
グロリアも元は技官として軍へ入ったので、広義でいえばそこの研究機関の出身になる。だが部署が異なれば研究内容も異なるうえに、機密の文字が邪魔をして他所が何をしているのかまでは知らなかった。
ただ、漏れ聞くうわさで、軍は先住民を捕らえて人体実験を行っているとは聞き及んでいた。そしてクアール武装蜂起の終結が近くなったころ、逃げるように部署をたたんでしまったことも知っていた。
のちにキーンと呼ばれることになる子供は、そこの被験者だったのだ。
襲撃時のキーンは十二、三歳ほどだったが、記録によれば五歳くらいのころに保護されたあと、政府主導の孤児院から実験施設へ送られる。
そこで過去も名前も消され、番号で管理され、何の瑕疵もない四肢を切り落とされ、冷たく重い機械の身体にされたのだ。
悪名高き第十六スコルハ特別収容所、そこは収容所とは名ばかりの人体実験施設だった。
その目的は、飛び駆ける獅子(ス コ ル ハ)の民特有の身体能力の高さや、ユージン大陸の風土病の研究。抗体やワクチンの製造などであった。
その施設で虐殺されたスコルハの数は数千とも数万とも言われているが、正確な人数はわかっていない。
研究者らは意図的にスコルハを殺したのではなく、生体解剖を含む数々の人体実験を行い、その結果として死に至らしめた。殺すためではなく、あくまで知的探求心を突きつめた結果、屍の山が積み上げられたのだ。
施設で繰り返し行われた人体実験により、スコルハは心身を壊され続け、重度の障害を負った。連行された者はクアール武装蜂起終結後、施設の閉鎖と同時に解放されるも、生存者はほとんどいなかった。
施設側は実験を繰り返して用済みになった被験者を、兵士として軍へ提供したのだ。身体を切り開かれ、薬物に汚染され、耐久実験と称した暴行を受けたスコルハらは、当然、訓練など受けたこともない。立って走ることすらおぼつかない彼らは、戦端が開かれた直後の弾避けとして血肉となり、あるいは地雷原の上を歩かされて粉微塵に吹き飛んだ。
終戦後、収容所から救出されたのはわずか数百人。特に最後の数か月間は戦場へ送られたスコルハは人数すらまともに計上されていなかったため、今もってどれだけの犠牲者が出たのかは不明。末期の雑な移送は施設側の証拠隠滅なのは明白で、キーンが生き残ったのも多くの偶然が重なった結果だった。
子供の事情を知ったグロリアが、それでもキーンを引き取ると決めたとき、周囲は全員反対した。
一度襲ってきたのだから、またすぐに裏切るだろう。同情するならやめておけ。そんな壊れかけ、修理したところでまともに動くはずもない。
他にもさんざん言われたが、グロリアはかたくなに意志を変えなかった。
特殊な生い立ちの子供を引き取ることにはグロリア自身にも躊躇はあった。それでも最終的には強引に話を押し進める。数件の軍人襲撃も死亡者がいないのをいいことに、過去の実験記録を盾にして事件自体をなかったことにしたのだ。
軍も処分したはずの被験者が生きていては都合が悪かったが、すでに軍の外にいる者に抱え込まれていては返して欲しいとも言いづらい。それに記録上、施設へ送られた五歳のスコルハは、直後に病死したことになっている。
ここにいるのは、過去の記録を抹消された、誰でもない存在。
グロリアとしても、いま子供の手を離せば今日が命日になるのをわかっているのに渡せるわけがない。
なので互いの間でこの件に関しては非公開の条件が結ばれる。グロリアは人体実験について口外はしない。あくまでキーンは戦災孤児で、四肢は軍が「善意」で交換したことになっている。軍は定期補修用という名の口止め料を払うことで、被験者を手放すことを決めた。
キーン・アンブロイドという名も、改めてつけられた名前だった。子供の記録は施設へ移送された際に破棄され、部族固有の名前も失われた。グロリアがたずねた際、自らキーンと名乗ったが、それが本名かというと当人も首をかしげるしかない。
あれから二年。紆余曲折はあったがキーンは仕事の相方として働いてくれている。所属は違うとはいえ軍属の技官だったグロリアに対して思うことはあるだろうが、それでも根は素直だ。
身体も大きくなってきたので、また義肢を新調する必要があるだろう。いや、その前に修理が先か。とにかく稼がなければ、とグロリアは帳簿を前に息を吐く。軍からの口止め料はまだあるが、取っておくに越したことはない。
この金は、いずれキーンが自分の道を見つけた際にすべて渡すつもりでいる。
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「グロリア、報告書だ」
ようやく縦になったグロリアは局留めにしていた電報や郵便物を受け取る。そこには、ジャンを経由した報告書もあった。
その報告書は先だって、キーンが兵士に暴行された際に駄目になってしまい一部が判読できなかったのと、追加情報もあったので再発行してもらったのだ。
「あー、ありがと」
二人にはひとまず休んでいてくれと言って、部屋へ戻るとまずは仕事の報告書を確認する。最初の見積もりと相違ないか金額などを細かく確かめるも、特に問題はなかった。
機兵回収屋の業務は順調で、先日の放棄された軍拠点の買取分も、小為替の換金をすませて銀行に預けてある。今回は大量の人型機兵を発見したおかげでかなりの収入になったので、そこはとても助かった。
これで少しは余裕ができる、と肩の力を抜く。
封をされた報告書の方は、しばらくにらんで面倒くささと戦ったのちに手をつけた。
開封し、書面を開き、遠目にながめつつ眉間にしわを寄せ、うぐぐとうなりながら文字列を追っていたが、書面の半ばまで行くころにはグロリアの顔から表情が消える。
「そっかぁ……」
読み終えた彼女は息を吐くと、くたりと机に顔を伏せるのだった。
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数日後の朝、今日は自力で起き上がったグロリアは、キーンに本日の業務を言い渡す。
「キーンくん、今から義肢を交換して来てね。あ、修理じゃないから」
「義肢の交換だって? けど……」
「けどじゃないよ」
グロリアはためらうキーンを上から押さえ込む。キーンは昨日の今日で何を言っているのだと目を白黒させているが、遠慮も容赦もなく追いつめていく。
「昨日、ジャンから中古でちょうどよさそうなパーツが入ったって連絡が来たの。合いそうなら、今日中に交換しちゃお」
数日前までは修理か交換かどうしようかと言ってたところだというのに、急に交換と言い出せばキーンも戸惑うだろう。けれど中古品というものは、ある日突然入荷する。
「なんか、ものすごくいい物が入ったらしいよ。当然、中古だから、新規で作ってもらうより安い」
うぐ、と言葉をつまらせるキーンを、グロリアはこの機会を逃すなとばかりに強く肩を押す。
「費用の問題だったら、例のキーンくん用の積み立てから使うから。それより、早く直さないとお仕事に差し支えるでしょ」
仕事ができない、というのがとどめになったらしく、キーンはしぶしぶとだが立ち上がると、馴染みの義肢装具師の店に行くことを了承してくれた。
「あ、ジャンからお店に話は行ってると思うから、何かあったら彼に聞いてね」
「……グロリアは?」
「ごめん、ちょっと調べたいことがあるから、お店にはひとりで行ってくれるかな」
お願い、と頭を下げてくる向こうで、いつもなら頼まなくともキーンの行動にくっついて行く白い少女は何も言わず、それこそ無機物のように静止していた。
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キーンを笑顔で見送ったのち、グロリアは自室へ戻り大きく息を吐く。
「グロリア」
「ええ、わかってる」
少しばかりいらだった様子で椅子を引いて座る。ティエンはすぐさま彼女の横へ立った。長い袖の下からは刃がのぞき、赤い瞳が炯々(けいけい)と燃える。
グロリアは剣呑な気配を隠そうともしないティエンをなだめることもせず、明後日の方向へ声を発する。
「もういいよー」
声に同調するように、部屋の隅から影が立ち上がる。家具と壁の隙間からはみ出しながら出てきた影は、ぬるりと出てくると人の形をとる。漆黒の袍衫(ほうさん)を着用した者は、だぶついた着物と顔に垂れた布のせいで性別すら判然としない。
グロリアは相手の姿かたちには興味がないとばかりにそっけなく告げる。
「ごめんね、お待たせして」
侵入者は無言で封書を出してくる。机上に置かれたそれに記された紋章を見て、グロリアはこれでもかとばかりに大仰な息を吐いた。
「拒否権、とかはないんだよねぇ……」
爪の先で封書を小突いてみるも、とりあえず爆発とかはしないらしい。ただ、侵入者がまだいることが気になった。
「……帰っていいよ」
無言で微動だにしない姿に、グロリアはもう一度嘆息する。どうやら受け取るだけでは駄目らしい。仕方なく、封を開けて中に目を通す。
「はー、そっかーそっかー」
あははー、とグロリアは乾いた笑いを浮かべる。隣のティエンは書状に目線をやることもせず、侵入者が指の先でも近づけば斬るとばかりに警戒を続けていた。
「やー、まあ、わかってたけど、相変わらず最悪の一族だわ」
はいはい読みました、わかりました、と手を振ると、侵入者はひとまず満足したか、読ませるまでが仕事だったのか、そのまま後退するとまた影に沈み込むようにして姿を消す。
「面倒くさいな……」
それはまぎれもなく、グロリアの本音だった。
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馴染みの義肢装具店は、ハミオン市街の大通りから少し外れたところにあった。
店先には、看板代わりの義手が揺れている。
キーンがハミオンに来てからずっと世話になっているそこのドアを開けると、中には見知った顔が当たり前のようにいた。
「お、来ると思ってたぜ」
ジャンが軽薄そうに手を振っている。カウンターの向こうには店主の息子がいて、机上にはすでにいくつか機械義肢が並んでいた。
「ほれ、この足なんかどうだ。おまえの接続部と同じ型だし、両足ともなんと新古品だ」
訊くと、接続されるはずの対象者が仕上がり前に亡くなったらしい。両足そろって失う羽目になった経緯が少しばかり気になったが、情報屋もそれ以上は調べていないという。
「いらっしゃい。本当に、これはいい出物だよ」
厚い体格をした男が笑顔で出迎えてくれる。彼を店長だと思い込んでいる人物は多いが、実際は奥に引っ込んでいる男の父親が店主だ。
「身長も伸びたんじゃないか。採寸するからこっちにおいで」
ジャンも当たり前のようについてきて、壊れた腕で服を脱ぐのに苦戦しているキーンに手を貸してくれる。あっという間に下着一枚になり、身体中を採寸された。
表に数字を書き込んでいた男は、前の記録と照らし合わせると、ふむ、とあごに手を当てる。
「やっぱり身長伸びてるな。筋肉もついてきたし、いいことだ」
「……交換は、どうなりそうですか」
「心配すんな。義肢を新調するわけじゃない、調整でいけるなら元の義肢も使うから大丈夫だ」
裸の肩を叩かれ、その力強さにキーンはよろめく。金の心配をしているのはお見通しのようだ。
とはいえ店も慈善事業ではないので、回収できる見込みのない客に売るような真似はしない。店側もキーンには戦災孤児の給付金や、軍から義肢整備代が定期的に振り込まれていることをわかっている。
「いい義肢を見つけてきた俺に、特別手当を出してくれてもいいんだよ?」
ジャンの軽口に、店主の息子は子供にたかるな、と釘をさす。
計測の結果、両足と左腕は丸ごと交換することになった。残った右腕は、今の体格に合わせて微調整が施される。
なので一度、機械義肢はすべて外されることになった。キーンの義肢は換装の簡単さを重視した形状のため、外すだけなら工具は不要。以前に路地裏で兵士にやられたのと同じ方法で義肢が取り外される。前回と違うのは、暴力などは当然なく、身体も支えられているので四肢がなくなってもそのまま倒れることはなかった。
とはいえ、機械義肢がなければ立ち上がることも、物をつかむこともできない。
短くなった手足では上手く頭を支えられない。座ることもおぼつかず、ふらつく上半身をどうにか支える。
その肩を、ジャンが押さえた。
「なら、うちに来て昼飯でも食うか」
言われてみれば、すでに日は高く昇っている。朝もグロリアに追い出されるようにしてここへ来たので食事をする余裕もなかった。
キーンとしては邪魔にならない隅の方にでもいさせてもらえばよかったのだが、店主の息子は即座にそれがいい、と言い出す。
「それなら、昼を食べたあとにまた戻って来てくれ」
「よし、なら行くぞ」
言うが早いか、ジャンがキーンを荷物のように抱え上げる。そして店主の息子に裏に手押し台車があると言われ、箱型の荷台に放り込まれたキーンは、まさに荷物として運ばれるのだった。
「何か食いたいもんあるか?」
「別に」
「そういうなって。あ、ついでにちょっと仕入れていくか」
市場に行くぞ、と拒否権なく運ばれ、さらに荷台の中に次々と野菜や香辛料などが放り込まれていく。
店先で世間話をしながら品定めをしているジャンを横目に、キーンは周囲の喧騒をながめる。昼前の時間帯とあって、市場はどこも人が多くごったがえしていた。
たまに、四肢のないキーンを見て驚いた顔を向けられるが、それも慣れたものだ。
「食えよ」
口元に串に刺した肉が突き出される。出されたところでつかむ手がないので、肉の端にかじりつく。燻製肉を薄切りにして少しあぶったもので、噛んでいると塩辛さと肉の旨味が口内に広がる。
少しばかり歯ごたえがあるのでなかなか嚙みきれずにいると、様子を見ていたジャンが目を細めて笑う。
「美味いか? ならこれも試しに店に出してみるか」
言って、ジャンは燻製肉をひとかたまり購入し、次の店ではキーンが見たことない果物を同じようにして口に放り込む。
その反応を見て、ジャンは購入を決めたり店主と産地などで話し込んだ。
いつの間にか味見役になっていたらしい。腹が膨れたら十分なキーンと、食事が評判の店の店主では舌に差がありそうだが、そのあたりは気にしないらしい。というより、キーンに食べさせることで話題を拾い、さらに会話が弾んでいる。
手押し車があるのをいいことに、ジャンの買い物には際限がない。市場を出たときにはキーンは荷物につぶされかけていた。
店へ戻ると、昼の仕込みを終えた従業員らから店長の帰りが遅いと小言をもらってしまう。ジャンは適当に謝りながら手早く買ったものを仕分け、合間に今日の新作だ、と再びキーンの口へいろいろ放り込んでくる。
「こっちも食うか」
「……もういい」
口元へ持ってこられるので食べるしかなく、キーンは水を飲んだあと、腹が重くて本当に動けなくなってしまう。
そこで開店時間となり、キーンは何度も泊めてもらっている二階のベッドで休みつつ、階下の喧騒を聞いていた。
「よーし、戻るぞ」
客足が途絶えたころ、ジャンが顔を出してくる。店は、というと、他の従業員が店長抜きでそのまま夕方からの営業用に仕込みをはじめるという。
「大丈夫だって、ちゃんと今日は最後まで付き合ってやるから」
そういうことではない、と言いかけたところで、またジャンはキーンの口に、おやつだ、と言って細い棒状のものを入れてきた。先ほどたらふく食べたものがまだ未消化だったが、それでもかりかりした食感のパンは甘くて美味かった。
香草パンを細い棒状にして焼き、表面に薄く砂糖をまぶしたものだという。義肢装具屋への差し入れも兼ねているらしく、荷台に放り込まれたキーンの腹の上に同じものが入った袋が置かれた。
「……これ、美味いな」
「甘いけど、酒にも合いそうだろ」
まあおまえに酒はまだ早いが、と髪をかき回される。キーンは短い腕を使ってどうにかして細いパンを落とさないよう口に運ぶ。
行ってくる、と店を出ようとしたジャンは、従業員から前掛けをしたままだと指摘され、苦笑いを浮かべながら一度店の中へ戻る。帰ってくると、手には濡れタオルがあり、苦戦しながらパンを食べ終わったキーンの顔をぬぐって砂糖のつぶを落としてくれた。
そうしてまた手押し台車でキーンを運びながら来た道を戻る。途中、酒が足りないからと配達を頼んだりと、休む間もなくよく働く。
ジャンの本職は情報屋のはずだが、こうしてせわしなく動いている姿を見ると、食事処をやっている方が性に合っているのではないかと思う。
だが路地にさしかかると、暗がりにひそんでいた者から何か耳打ちされる。
「……そうか、わかった」
そうして相手と視線も交わさず金銭をやり取りする姿もまた、ありていに言えばよく似合っているのだった。
■□■
義肢装具店へ戻ったころには、昼どころか少しばかり日が傾きかけていた。
遅くなった、と頭を下げるジャンに、作業場の片付けをしていた店主の息子が苦笑を返す。
「まあ、腹いっぱい食ったんならよかったんじゃないか?」
「……食べすぎた」
荷台から出されたキーンはまた服を脱がされた際に、膨らんだ腹を見て笑われてしまう。
重くなったと冗談交じりに言われながらも台上に軽く身体を固定され、まずは両腕に義肢があてがわれる。ジャンも手伝うと言い出し、両側から器具を持った男にはさまれる。
外すときと打って変わり、キーンの表情は渋い。それを見た二人から、我慢しろ、すぐに終わる、と頭をなでられ、幼児のような扱いにさらに不機嫌になってしまう。
「いくぞ、それっ」
がきん、と金属の噛みあう音が響き、同時に体内に走った衝撃にキーンの身体が跳ねる。ひくり、と台上で身体が浮き上がり、全身を駆け巡る痛みに汗が浮いた。
「……っ、う」
「神経接続時の痛みだけは我慢してくれ」
ほれ、次は足、と同じ作業を繰り返し、また盛大に跳ねるキーンだった。
「立ってみな」
息が落ち着いたころを見計らい、拘束が外された。手を借りながらゆっくりと床に機械仕掛けの足を着けるも、距離感が狂ってしまいふらついてしまう。前より少しばかり目線が高くなった。
「お、急にでっかくなりやがったな」
足が長くなった、とジャンに頭をなでまわされる。成長期と言っても、まだ隣の男に比べると体つきが薄っぺらいのは否めない。ジャンは喜んでいるが、その遠慮のない手つきに、やめろ、と腕を上げ、髪飾りを引っぱってくる手を振り払う。
動かしたいという行動に対し、機械の腕は遅延も動きの齟齬もほぼ感じられなかった。
「お、よさそうじゃないか」
「……動く」
そのまま片足で立つ、手首をひねるなど簡単な動作確認が行われた。指は五指そろって動き、机上のカップを取って移動できる。接続部の痛みもない。
なので交換作業はひとまず終了となる。
「何か不具合とか、痛みが出たらすぐに来るんだよ」
言って、店主の息子は戸口まで見送ってくれた。
本来の店主は奥でずっと注文の機械義肢を作り続けていたため確認作業にすら出てこなかったが、キーンが歩いてドアを開けるのを見届けると、小さく息を吐くのだった。
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「交換だけとはいえ、一日仕事だったなぁ」
「けど、なんで急に交換しようなんて話になったんだ」
「んー? そりゃ、俺がいい義肢を見つけてきたからだろ」
それはそうなのだが、キーンは少しばかり腑に落ちない。
腑に落ちないと言えば、グロリアが一度も顔を見せに来なかった。何かとキーンのあとをくっついてきたがるティエンも不在だ。
よほど忙しいのだろうか。
「まあ、あれだ、払いに困ったら借金をなしにはできねーけど、先方に支払いを待ってもらったり、稼げそうな仕事を紹介するからな」
「これ以上待たせるのはなぁ」
あの義肢装具店にはずっと世話になっている。装着者のキーンがまだ未成年ということで、分割払いの金利もほとんどかかっていないとグロリアは言っていた。
ただ一応、今年から登録上は成人扱いになるため、そこまで甘えるわけにはいかない。
「何か困ったりしたら、言えよ」
わかった、と返すとジャンは満足そうにうなずき、店があるからと二人は途中で別れたのだった。
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「あ、キーンくんおかえり。おっ、背が伸びたね」
戻ると、いつもどおりグロリアが笑顔で出迎えてくれた。何か痛いことはなかったか、とたずね、成長を喜んでくれる。
「これなら来年には私の背を追い越すんじゃないかな?」
「そうなると、また全交換か」
別にいいじゃない、とグロリアは気楽そうに笑う。
こうして改めて彼女が隣に立つと、自分の成長に気づかされる。といっても、出会った当初は身体の成長により機械義肢とのバランスが崩れてしまい、獣のようにはいつくばることしかできなかったので目線が低くなっていたのもあるが。
ただグロリアはキーンが床に伏せていても、立ち上がれるようになっても、変わらず笑顔で視線を合わせてくる。
「キーンくん、もっともっと、大きくなってね」
簡単に言うな、と費用面を考えて渋面になっていると、奥からティエンが出てくる。遅いぞ、と文句を言いながらも外で何があったか聞いてくるのもまた、いつもどおりだ。
そう、いつもと同じ。
だが、少しだけ違うことに、キーンはまだ気がついていなかった。
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