第14話「血統主義」②

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 キーンとティエンはグロリアを迎えに行こうとしたところ、荷造りしている間にジャンに見つかった。

「おまえらの行動なんて、全部お見通しなんだよ」

 昼飯だ、とジャンは持っていたバスケットをキーンに押し付ける。

 そこからどれだけ考えが甘いのかとうとうと説教され、食べ終わるころには降参の手を上げるのだった。

「そもそも、おまえら子供だけで行くなんて無理なんだよ。俺が一緒に行ってやるから早まるな」

「我は子供ではないぞ」

「一応、成人扱い……」

「経験値の差も加味する」

 うぐ、と押し黙るしかなかった。

 キーンらはメレネロプトの正確な場所すら把握していなかった。ジャンから大陸間鉄道はメレネロプトまで通っていないと言われ、そこでいきなり計画が頓挫するくらいには考えが浅かった。

「いいから、任せとけよ」

 それから数日後には出発の用意ができた、と言われる。その間、キーンがしたことと言えば、まだ会社を閉めたことを知らない依頼者たちに説明したくらい。ただ、客の半分は相手がスコルハだとわかると話も聞かずに回れ右してしまったが。

 こういうとき、手紙や電信には人種が出なくてよかった、とキーンは嘆息する。読み書きはまだおぼつかないが、合間にジャンが返信内容に問題がないか見てくれる。ティエンもキーンが読み上げるのを聞き、グロリアの表現ならこうするだろう、と言ってくれた。

 そして、二年暮らした家の戸締りを確認し、彼らはハミオンを出発する。

 行程は途中までは大陸間鉄道で移動し、メレネロプトに一番近い駅に用意していた馬車に乗り替えての再出発となる。

 たったの七日程度でハミオンを遠く離れ、メレネロプトに到着したことにキーンは素直に驚く。数日荷馬車に揺られて尻が痛かったが、キーンらだけではその馬車すら手配できなかっただろう。せいぜい終着駅で途方に暮れたあと、徒歩で歩き出すだけ。

 メレネロプトは位置的にはユージン大陸のほぼ中央に位置する。だがその地域はほとんどが乾燥地帯で半ば砂漠化している。中継できるような村もほとんどない。地理に不案内な子供と、人の営みを理解しない刀剣だけでは難しい行程だった。


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 ほどなく馬車はジャンの言っていた借家へ到着する。

 家は小さい。裏手の厩はあとから増築したらしく、そちらの方が立派だった。裏へ馬車を回し、荷を下ろす。といっても、ほとんどの木箱は空っぽだ。門番に渡した荷物の履歴はでたらめで、木箱の中は当座の食料や必要と思われる備品、そしてティエンだ。

 多少人目を気にしながら木箱を室内へ運び入れる。家の中は短期滞在用らしく、ベッドとテーブル、衣装箱らしき箱。小さめのテーブルに、煮炊きする用の鍋がひとつ。

 運び込んだ箱と、人間が二人、そして木箱から出てきた人の形をした刀剣。それだけで圧迫感を覚えるほどの狭さだ。

「さて、休む前に現状把握と行こうか」

 ジャンはテーブルの上に地図や図面を広げた。大陸全土の地図を示し、ハミオンからここまで移動してきた、と指でたどってみせる。

 ハミオンから大陸間鉄道で都市間を列車で走り抜けた。各都市は入植者の集団がたどり着いた沿岸部に点在する形になっているため、大陸の外周に沿っての移動になる。

 列車は山間部と砂漠地帯を避けて線路が敷かれているため、大陸の中心を直進するより距離的にはかなりの遠回りになる。それでも馬車に比べれば格段に早く安全に大量の人員と物資を運べるとあって需要は高い。

「それで、終着駅から馬車で移動。今メレネロプトの外輪街へたどり着いたわけだ」

「大移動だったんだな」

「我はずっと箱の中だったから、よくわからん」

 ティエンも地図をのぞき込む。馬車同様、列車移動の際も彼女は木箱の中だった。ジャンはあの姿が目立つからであって、決して運賃の節約ではないと言い張っていたが、多少かの存在の不興を買ったらしく、今もにらまれている。

「まあ、ユージン大陸全体でいえば、人間が生存領域にしている都市部なんて、ごくごく狭い範囲だからな。他都市への移動となれば、どこへに行こうとしたって面倒なことには変わりねえよ」

 見せてもらった最新版の地図によると、メレネロプトは大陸のほぼ中央。他の国は沿岸部に貼りつく形で存在し、その周辺に村がいくつか点在している。そして人間が、というより、入植者らが都市と呼んでいる地域は大陸全体の三割にも満たない。それに、メレネロプトより西は未踏領域になる。

 ただそれは入植者側の話で、スコルハは大陸全土に存在している。大陸の西側には太古のままの様式で暮らすスコルハの部族が今も多くいるとされているが、実際に見て来たという話は聞かない。

「入植者は船でやってきた。そんで、到着した沿岸を拠点に発展した。内陸部は砂漠だから、物好き以外はわざわざ行くこともしねえ」

 そこを逆手にとって、自分たちだけの領域としたのがメレネロプトだった。当然、その中心地域にいたスコルハは追い立てられる。

 だがメレネロプトは、他の国とは在り方で一線を画す。

「メレネロプトは血統主義だから、観光目的とかだとすげなく追い払われちまうんだよ。商人だって、中心街に入れたとしても、長居はできねえ」

「そうか。案内ご苦労だった」

 箱から出てきたティエンだが、部屋の狭さと埃っぽさにすでに辟易している様子だった。すぐにここから出て行きたいとばかりに顔をしかめている。

「ここまで人を使っておいて、俺をのけ者かよ」

「我がいれば問題ないだろう」

「何でも暴力で解決しようとするな」

 ティエンはまだ何か言いたそうだったが、実際、ジャンがいなければここまで来られなかった。鉄道や馬車の手配もだが、徒歩での移動となれば、二十日かかってもたどり着けなかったかもしれない。

 だがしかし、木箱につめられていたのがよほど嫌だったのか、ティエンの反抗は続く。

「……情報屋が本業を放り出していいのか」

「俺の稼ぎの心配してくれるわけ? 店なら他の連中に任せてる。それに、ただの観光のつもりもねえよ。メレネロプトの内部状況を知る、それだけでもかなりの金になるぞ」

「我には、おまえの吐く言葉が金銭を得る価値があるとはどうにも思えないのだが」

「そりゃあ俺はいっぱいしゃべる。けど、本当に価値のある内容はタダでは口にしてないからな」

 実のある話を聞きたけりゃ金を払え、とジャンはおどけてみせる。

「つまり、おまえの言っていることは、ほとんどが嘘だということか」

「嘘つきでもいいさ」

「いいのか、それで」

 突っかかってたティエンも一瞬呆けてしまい、勢いを削がれる。その様子に、ジャンは情けない笑みを見せる。

「俺も、計画全部が上手くいくとは思ってねえよ。けど、こっちも旨味があるからやってんだ。メレネロプトは入植時に持ち込まれた文化を継承し続けている稀有な国だ。内部情報だけじゃねえ、調度品や着物ひとつでも、そこそこの値になる」

 門番には納品に来たと言ってあるし、手続き上もそれに沿っているが、実際は仕入れに来たのだという。

「だから、空の木箱ばかり積んでいたのか」

 何か手に入れば空箱につめて帰るのだろう。中を見られたらどうするのだと問うと、今度は仕入れの書類を偽造する、とあっさり返ってきた。

「そういうところは情報屋だな」

「ほめろほめろ。けど、本当の深層部は無理かもしれねえ。増改築が繰り返されて、半ば迷宮化しているそうだ」

 図面の一部を見せてもらったが、キーンには何がどうなっているのかわからない。説明してもらったところ、開発初期にあった基礎の上に別の建造物を建ててはつないでいったらしい。複雑すぎて一度部屋を出たらもとの場所へ戻れなくなりそうだ。

「黒の一族本家が集まっている棟は豪華絢爛らしいが、そっちの内部図面は何も手に入らなかった」

「つまり、肝心なところは空白なのか」

「そうだな。だから明日からは、地味で面倒な情報集めからだ」

 ティエンは部屋から出るな、と先に釘を刺され、少女は口をへの字にする。

「例のスコルハ集めのおかげで、人種差別的な攻撃が少ないのは幸いだな。だから、キーンがんばれ、それと、気をつけろ」

「気をつける?」

「さっきの話な、保護って名目でスコルハは集められるそうだが、他者の手引きを受けたスコルハはその後、二度と見つからないそうだ」

「それって……」

「我にもわかる。めちゃくちゃあやしいぞ」


   ■□■


「何をしているのだ」

 とうとう姉の夫からあやしまれたグロリアだったが、華美な衣装で光り輝きながら、少しばかり悩んで答える。 

「えっと……散財?」

 正確には残されていた姉の着物や宝石類を身に着けているだけで、新しいものをねだったことはない。

「私を姉の代わりにするなら、遺品を使う権利くらいはあると思うけれど」

「着物を汚損したり、飾り物もいくつか紛失しているようだが」

「粗忽者なので」

 扇で顔を隠すと、リキョウが大きく息を吐くのが聞こえた。だが隠れているグロリアの表情に反省という色はない。

「……妻は少なくとも、人形をそこまで粗末に扱うほど粗暴ではなかったがな」

 ああ、とグロリアは少しばかり顔をしかめる。

 彼らの間には、人体を模した破片が散らばっている。破片どころか腕や頭と思しき残骸もあったが、胴体部も含めてきれいに切り開かれていた。

 本物の人間ではなく、機兵だった。その中でも、特に外観が人間に近いように設計された型になる。グロリアがいる邸は人力を尊ぶが、いくらかは機兵が配備されている。その中の一体を彼女は分解し、標本のように細かく並べてしまう。

 本来なら瀟洒な茶器を置くはずの卓は、取り出された細かな部品で埋め尽くされる。

 もちろん、人間ではないので血は流れず、内臓もない。それでも卓に置かれた義眼を見たリキョウは吐きそうなほど顔色を悪くする。

「悪いとは思ったけど、職業病っていうか、中身が気になっちゃって」

 ごめんなさいね、と言いながら、卓に置いてあった分厚い技術書のページをめくる。そこには人型機兵の構造図が載っていた。

「軍の技術開発部でいろいろ作ってたけど、あそこは費用を抑えて大量生産が求められるから、こういった一点物? 受注生産品は見たことなくて」

 分解された人型機兵は女性型で、指先の爪まで繊細に造形されている。動く美術品のような外装は、グロリアの手により無残な姿となり果てていたが。

「っ、意味がわからん!」

 リキョウは大声を出すと即座に背を向け、荒々しい足音を立てながら出て行ってしまう。

 残されたグロリアは、んー、と小首をかしげたあと、すとんと椅子に腰を下ろす。

「まあ、怒るよねえ」

 分解した人型機兵はどう見ても高級品だ。グロリアたちが以前見つけた大量の軍用機兵が何十体買えるか見当もつかない。

 だがおそらく、男の感情は別にある。

「私のこと、イカれた女だって思っただろうな」

 過去の職業についてはある程度調べていただろうが、こんな風に人の形をしたものを何のためらいもなく破壊するほど無分別だとは予想もしていなかったはず。いや、癇癪を起こしてのことなら、女はすぐに感情的になる、と冷笑ひとつで終わらせたかもしれない。

 だがグロリアがやったのは、単純な破壊ではない。人型を細かく分解し、昆虫標本のように並べた。一般的には正気の沙汰とは思えない行為に分類されるだろう。

「それが狙いなんだけど」

 あの男にとって、自分は姉と血を分けたこと以外に何の利用価値もない。だがこちらとしては、ただ利用されるだけでは来た甲斐がないのだ。

 そちらが目的のためというなら、こちらも目的のために使えるものは何でも使うだけ。

 そこで、招き入れた女が理解できない異質な性質を持っていると思い込んで毛嫌いしてもらう必要がある。

 もっとも、本当に嫌われて、もういらないと処分されても困るので、破壊行為はこれっきりにするつもりだが。

「……ていうか、彼は本当に黒の一族なのかな。機兵の構造はともかく、分解された内部から、『あれ』が消えているのにも気づかないなんて」

 人型機兵の中身が気になったのは本当だ。

 ただ目的は、内部からあるものを引きずり出すため。

 そして手に入れた物品は、前に飾り物を壊して取った白い珠と一緒に組み上げて隠してある。

 グロリアは女中すら足を遠ざけてしまった室内で肩を落とすとしゃがみ込む。

 床には半分になった頭部が転がっている。

 なるべく陰惨で残虐な様子に見えるよう分解して並べた自覚はあった。構造への興味はあっても破壊するための破壊は、やはりいい気分はしない。

「……本当に、ごめんねぇ」

 機兵の頭部に頭を下げてから立ち上がると、最後の破壊行為をはじめるのだった。

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