第22話「大陸の目」⑦

   ■□■


 限界だとばかりに、洞窟の天井が崩れだす。足もとにも亀裂が走り、次々と大きな地割れが口を開いていく。あたかも、全員を奈落へ引きずり込もうとするかのように。

「逃げるぞ、走れっ!」

 ジャンが呆けて座り込んでいたキーンの頭を叩き、引きずるようにして立ち上がらせる。走れ走れ、と背中を叩かれがむしゃらに足を前に出す。

 肩ごしに振り返ると、グロリアはティエンに戻るよう声をかけていた。だが干将が動かないらしく、ティエンも戸惑っている様子だ。

 地面が揺れ、人の頭より大きな石が降ってくる。

 呆然とするティエンにグロリアは叫ぶ。

「ごめんねっ!」

 グロリアは謝罪の次に、ある言葉を放つ。

 途端、干将のできあがったばかりの身体が大きく揺らぐ。反射的に手を出したティエンだったが、両手は何もつかむことができなかった。

 干将の身体がぼろぼろと、乾燥した粘土細工のように崩れていくのを止めることができず、愕然とするも、グロリアが叱咤する。

「絶対に作り直すから! 今は本体だけ持って! こっちに飛んでっ!」

 驚愕に目を見開いたままのティエンだったが、それでも両手で干将の刀身をつかむと扶桑の上から飛び降りた。とがった足先で器用に着地、そのまま走り出す。

「グロリア、ひどい、ひどい、残酷だ、あまりにも……ひどいぞ」

「あああ、本当にごめんねえ」

 ひどい、ごめん、という応酬が背後で続いているのを聞きながらキーンも走り出す。すぐ後ろにジャンがいるが、頭を動かすと、振り返るな、と怒鳴られた。

「声がしてりゃついてきてるってことだ。あの状態の間に入ろうなんて考えるなよ」

「……考えたくもない」

 今はとにかく逃げるのが先決だった。

 それでも一度だけ振り返ると、巨大な眼球がまばたきをしながらゆっくりと遠ざかって行くところだった。立ち去るのか、消えて行こうとしているのかはわからない。

 石橋の上にいた顔のない女は、そのまま立ち続けている。

 おそらく、永遠にこの場に在り続けるのだろう。

 歪曲した道を抜け、すぐにふたつの異形は見えなくなった。

 あとはひたすら足を前に出すだけ。ジャンの「走れ、走れ、走れ」という声に急き立てられる。

 天井、壁、大地、あらゆるものが、少しずつ崩れはじめる。終わりのない地震。それは激しさを増していくだけだった。

 縦穴までたどり着くと、必死になって階段を駆け上がる。幸い、縦穴の地盤はしっかりしているらしく、崩壊に至るまでにはまだ猶予がありそうだった。揺れに注意しながら、一段ずつ慎重に、なるべく早く登って行く。

「くっそ、結局こうなるのかよ。地の底で生き埋めとか洒落になんねーぞ」

「グロリア、確かに我は干将と会えた。だが、だが、これは、あまりに……」

「ご、ごめんねえ……結局、みんなを巻き込んじゃったわけで……」

「俺は一応、自分の意思で来たつもりだが」

 それでも駄目だ、とジャンが叫ぶ。

「だいたい、二年前にキーンを助けたのも、そのあとも、とにかくおまえはやることなすこと全部中途半端なんだ」

 振り返っている余裕などない。彼らが走り抜けていく端から地面が消え失せていく。落ちた瓦礫は、地の底へ飲み込まれていった。

 安全な場所などどこにもない。それでも生きるために足を前に出し、死の恐怖から逃れようと関係のないことを叫ぶ。

「キーンの頭に虫がわいてるのに、仕事が忙しいからって俺が用意した薬を使わず悪化させたの誰だよ。おかげでキーンは丸坊主になる羽目になったんだぞ」

「あのときは、四日も音信不通でごめんなさいっ。キーンくんの面倒見てくれてありがとうございますっ!」

 そんなこともあったな、とキーンは過去を思う。引き取られた当初、キーンの健康状態は死んでいないだけだった。栄養失調、打撲や裂傷の未治療による悪化。身体には虫がわき、様子を見に来たジャンがその惨状に悲鳴を上げた。

 怒声とグロリアに対する恨み言を吐きながらキーンの髪を刈り、身体を丸洗いにして包帯などを変え、薬を塗ってくれた。

 あとで、処置のためとはいえ丸刈りにしてすまない、と謝罪されたが、不具合のある四肢では患部に薬をつけることもままならなかったので、むしろありがたかった。

「俺がキーンの髪飾りを見つけてきたときも、ちゃっかり自分の手柄にしやがって」

「それは、ごめん」

「……まあ、あのころは、まだ俺も個人を上手く記憶できなかったから」

 説明されたところで、理解できたかどうかは怪しい。

「飯食わせてくれって、キーンを店に置いて行くな。いや、おまえの出す食事以下のものを食わせる方がかわいそうか」

「グロリアのも、食べられるぞ」

「腹が膨れたらよくて味は二の次なのは、戦場飯だけでたくさんだ」

「あれ、ジャンが軍を辞めた理由って……食料事情?」

 もしかして、とグロリアがつめ寄るも、ジャンは否定しなかった。

「じゃあ、食堂やってるのも、美味しいご飯が食べたいからとか?」

「それは違う。あそこは元は居抜き物件なんだ。調理器具とかも込み買ったんだ。拠点が欲しくて選んだが、集まる連中と腹が減った時にいろいろ作ってたら、店を出したらどうかって話になってな」

 それが今や、料理の方が評判の店になってしまった。

 上手くいかないものだ、とジャンは若干不服そうだが、キーンとしては、薄暗い路地で情報屋をやっているより、前掛けをつけて新商品開発にいそしんでいる方が似合っているのだが、と心の中で指摘するのだった。


   ■□■


 崩れゆく洞窟から命からがらどうにか逃れ、外の空気に触れたキーンたちは疲労で動くこともできず、そのまま地面に横たわった。

 身体に、地下空洞が崩壊していく振動が響いてくる。洞窟はその崩落が出口近くまで達して埋まってしまい、周囲には砂埃が立ち上っている。

 外につないでいた馬たちはおびえているが、綱を切ったりはせずその場にとどまっていてくれた。

 洞窟へ入ったのは昼頃だったが、戻ってもまだ日は空にあった。ずいぶん長い時間を過ごしていた気がするが、実際には数時間程度のことだったのだ。

 それでも疲労でしばらくは動きたくなかった。

 いや、とキーンはかぶりを振る。終わったことで、不意に思い出されるものがある。それが身体を重くしていたのだ。

 ゆっくり起き上がると、近くにいたグロリアもならって身を起こす。頬の裂傷は血は止まっているようだが、痛むのか笑う顔がぎこちない。

「キーンくん、お疲れ様でした」

「なあ、俺はそんなに信用できないか?」

 え、とグロリアが戸惑ったように動きを止める。キーンの言っている言葉の真意を探ろうとしてくれているのだろうが、キーン自身も己の感情を上手くまとめられないでいた。

 ぐちゃぐちゃになった情緒のまま、浮かんできた言葉を吐き出す。

「……俺は、かわいそう、なのか?」

 機械義肢にされた。処分のために戦場へ放り込まれた。

 それでも生きている。

 生かされている。

 手を伸ばしてくれた彼女は、そんなキーンを力不足だとばかりに置いて行ってしまう。

 それぞれの事情を聴いた今となっては、当然だと納得できる。それでも、明かりの消えた家を前にしたときの空虚さはまだ忘れられそうにもない。

 ただ、あのときすべてが明かされていたとしても、ジャンという他者の手がなければこの場所に到達することもできなかった。しかも、来たところで何もしていない。

 話してもらえなかったこと、役に立てなかったこと。無力感が両肩へのしかかってくる。相対しているグロリアは、ひとりで解決しようとし、ひとりですべてやってのけたというのに。

 これなら大人しく、ジャンの店の手伝いをしていればよかった、と嘆息する。

 余計なことをしてしまった、と後悔と自己嫌悪で顔を伏せるも、肩に手が置かれた。

「ごめんねぇ……キーンくんを信用できなかったんじゃないよ。私が自分を許せなかった……ううん、心のどこかで、君に罰して欲しかったのだと思う」

 罰、という単語にキーンは顔を上げる。

「なんで俺がグロリアに罰を与えるんだよ」

 えへへ、と彼女は力なく笑う。

「本当に、私の勝手な思い込みなんだよ」

 そのまま膝立ちで近づいてくると、グロリアはキーンの砂まみれになった髪をなでる。髪飾りは、爆風の中にあってもどうにか引き千切れずにあった。

「帰ろっか」

 その言い方も、笑顔も、ハミオンで見たそれと何も変わらなくて、キーンは思わず出された手を握るのだった。


   ■□■


 帰路、馬車はごとごと揺れながら荒野を進む。

 メレネロプトは大陸中心部の乾燥地帯に存在している。そして鉄道の設置を拒否しているため、移動は徒歩か馬車だ。周辺に小さな集落もなくはないが、旅人に対してあまり友好的でない土地柄のため、立ち寄って助力を乞うことは難しい。

 道中は道に迷ったり方向を見失うことはなかった。メレネロプトは閉鎖された国だが、物や人の動きがあるおかげでかろうじて道がある。整備されたものではなく、行き過ぎる者たちが踏み固め、目印を置いているおかげで、ほぼ砂漠と化している景観の中でも現在地や向かう先を見失わずに済んだ。

 馬の脚は遅かったが、幌付きの馬車なので直射日光がさえぎられた中、歩かずに移動できるだけでもかなりありがたい。

「……これで、大陸の外へ出られるようになったのか?」

 キーンは雲ひとつない蒼天を見上げ、独白じみた言葉をこぼす。

「うーん、どうだろうねえ。あ、試しに船を出してみようか」

「俺は絶対に行かないぞ」

「グロリア、早く干将の身体を作ってくれ」

 途端に狭い馬車内が騒ぎになり、キーンの疑問は先送りになってしまう。

 道中、メレネロプトを経由するのを避けたため補給ができなかったが、川沿いを進むことで水には困らなかった。運が良ければ水辺に集まった獣を狩ることができ、二日後には彼らは大陸間鉄道の発着駅がある都市までたどり着くことができたのだった。


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 そこからの旅路も変わらず安泰。鉄道の遅延はあったが難なくハミオンへ戻ることができた。黒の一族から追手がかかるかと思いきや、それもない。

 キーンはいつ、地の底から巨大な蛇がはい出して来るのか気が気ではなかった。けれどハミオンは相変わらず雑多でせわしなく、遠く離れたメレネロプトで起こった地震騒ぎすら届いていない。忙しさのおかげですぐに蛇のことは忘れ、安眠を手に入れるのだった。

 ジャンはハミオンへ帰った途端、また精力的に働きはじめた。命がけで手に入れたメレネロプトの品々や情報を売りさばき、そこそこ儲けたらしい。だが黒字で新メニューを考えると言って、新しい食材に手を出しているので、やはり情報屋はやめたほうがいいのではないか、と思ってしまうキーンだった。

 戻って十日ほどしてから、別でメレネロプトへ探りを入れていた件が判明したらしく、昼の提供が終わったジャンの店で情報公開となる。

 先に話を聞いていたらしいグロリアが、頬に手を置いて世間話のように告げる。

「どうやら夫くん、姉の死とか、ほかにもいろいろ隠していた件が明らかになってかなり微妙な立場に追い込まれたみたい」

 へえ、としかキーンは反応できない。グロリアも大して関心はないらしく、むしろこれで自身を利用しようとする者たちがあきらめてくれたら、と息を吐く。

 メレネロプトの崩壊自体は考えていたほど大規模ではなかったらしく、壊れた個所の復旧作業がはじまっている。外輪街の住人も壁の穴から突入することもなく、静かに周囲を取り巻いたままでいるという。

「で、肝心の私が壊しちゃった大陸の封印だけど……結論から言えば、影響はまだよくわかりません。まだこちらに外洋へ出られるような船がないから試しにも行けないし。それと、燭陰は地上へ出てこなかったけど、元いた鍾山へ帰ったのか、今もこの大陸に身を潜めているのかは不明です」

 事が大陸規模なことに加え、グロリアたちも、大陸を囲んでいるという巨大な蛇の姿を実際に目の当たりにしたわけではなかった。

「けど、まー、すぐに疫病が蔓延とか、そういうのはなさそう。人類滅亡にならなくてよかったよ。さすがに、そうなったらその……責任は取れないので……」

 ふへぇ、とグロリアは力なく笑う。洞窟で受けた頬の傷はほとんど治ったが、それでもまだ傷口が痛々しい。

「そもそも、疫病発生っていう事件自体が捏造だったのかもな」

 片付けの終わったジャンが前掛けを外し、テーブルの向かいに座る。その手には飲み物と軽食があり、手早く並べられた。すかさず肉に手を出そうとしたグロリアの手をジャンは容赦なく跳ねのけると、キーンの前に突き出す。

「捏造、ってジャンは思っているのか?」

「隕石が落ちてきて、そこから発生した未知の病原菌のせいで人類が死滅しかけるっていうの、どんな三文小説だよ」

「だが、我は隕鉄で打たれた刀だぞ」

 ティエンも場へ混ざり、発言する。

 隕石が落ちてそこから疫病が発生する。それを鎮めるため、隕鉄を含んだ金属で作られたのが、干将と莫耶になる。自らの存在理由を否定された刀剣は、無表情のまま静かに抗議してきた。

「おまえの成分までは否定しねえよ。けどなんつーか、どっちかといえば、人類大移動の方便に使われた気がすんだよ」

「疫病は嘘じゃないだろ。スコルハはそれで何十万人と死んだ」

 百年前、入植者らが持ち込んだ病により、多くのスコルハが犠牲となった。このあたりの経緯は入植側も自らが起こした悲劇を肯定し、記録も残されている。

 そうじゃねえ、とジャンは手を振る。

「その件は、ユージン大陸の先住民から見て、入植者が持ってきた病原菌が未知だったってことだろ」

 入植者はユージン大陸にはない技術や文化を持ち込んだ。それだけでなく、本来その土地にはなかった感染症を多数連れてきてしまったのだ。

「スコルハは入植者が持ち込んだ感染症で多くが犠牲になった。だがそれらが、入植者が逃げ出す原因になった新種であるとは断言できない」

「まあ、その隕石病って、実際にはどんな症状なのか、当時どうやって治療を施したのか、はっきりした資料は残っていないんだよねえ」

「なら、何で感染症が怖いからって大陸を封じたんだ」

 キーンの疑問に大人二人は腕を組んで悩む。

 そこへ、人の形をした器物が割って入る。

「怖いのは、病気ではなく、同じ人間だとしたら?」

 人間から逃げる。その発想に全員が虚を突かれる。

「えー、でも、住んでいた土地から逃げ出すって、よほどだよ。いじめられてたのかな。スコルハみたいな、外見や文化の違いから起こった迫害とか」

「逆だろ、いじめっ子だったから逆襲されたんだ。威張り散らすやつほど、一発殴れば静かになる」

 ううん、と場にあいまいなうなり声が上がる。

 はっきりこうだという証拠は何もない。互いに憶測を言い合っているだけ。確信を得られるような裏付けは現時点では見つけられそうもなかった。

「じゃあさ、やっぱり別の大陸へ行って確かめてみようよ」

 俺は行かねえ、干将の身体が先だ、とまた騒ぎになる。

 それを横目に、キーンは目の前にある料理を口に運ぶ。スペアリブのローストは香辛料がよくきいていて、骨までしゃぶれるほどに美味かった。

 ハミオンへ戻ってから、日々の仕事をこなし、たまにジャンの店で美味いものを食べ、少し方術や読み書きを教わってから寝て起きて、また仕事。そんな日常が繰り返される。

 燭陰がどうなったのかはわからない。眼球は後ろへ下がったように見えた。封印が解けたことでどこかへ去ったのかもしれない。だがあの目が本当に燭陰のものだったのか、大蛇が本当に大陸全体を囲んでいたのかは、今となっては調べようもなかった。

 つまるところ、ほとんどの人間にとっては何も変わらない日常がこれからも続くのだ。

 だが結論の出なかった会話の数日後、事態は少しだけ動く。


   ■□■


「東の海で、偵察っぽい船が見えたらしい」

 ジャンは報告書を前に渋面を作るも、対照的にグロリアの表情は輝く。

「外の世界に海洋技術があるってことは、生き残りがいるんだ!」

 やったあ、と自身の長身を考慮に入れずに跳ねまわるので、ジャンが叩きだそうとする。

「この事態を引き起こした張本人がお気楽だな。百年前、俺たち入植者がスコルハを追いやったが、今度は現住民となった俺たちが新たな入植者の存在で苦境に立たされるのかもしれねえんだぞ」

 封印の効果が本物なら、この大陸は百年もの間、外部から隠されていた。

 もしかすると、他の大陸にいるであろう人間たちは、ある日突然確認された新大陸を前に、歓喜、あるいは恐怖しているのかもしれない。

「世界にしてみりゃ、俺たちの方が異邦人だ」

「じゃあさ、こっちから出向こうよ。ユージン大陸全体は脅威とみなされるかもしれないけど、個人個人なら、交渉できるかもだし」

「気楽に言うな。そもそも、引きこもっていた俺らに、外海へ出られる船舶技術なんてねえだろ」

 入植者は海を渡ってユージン大陸へたどり着いた。だがその航海も決して安全なものとは言いがたく、ほとんど難破寸前で到着した集団もあったという。

 同じような言い合いを繰り返している二人を前に、キーンはぽつりとこぼす。

「けど、外にも誰かが生きて暮らしているっていうなら……俺は見てみたいな」

「ほお、いきなり言うじゃねえか」

 大陸西側のスコルハを探しに行かなくていいのか、と言われると、キーンは返す言葉を見失う。

「それは、その、探しには行きたい」

 本音だったが、ハミオンでの生活が当たり前すぎて、それらを置いてまで荒野へ出て行くほどの気概はまだなかった。

 やはりあのとき、川を渡って少女を追いかければよかったか、と後悔に肩を落としていると、ジャンが髪飾りごと頭を引っ張って起こしてきた。

「意地悪い言い方してすまねえ。行きたくなったら行けばいい」

 ただし、夜逃げは駄目だ、と念押しされる。

 そんなことはしない、と言うも、すでに一度、勝手にメレネロプトへ行こうとした前科があるのでジャンは、どうだか、と鼻で笑う。

「まあ、外にも面白そうな情報や食材は多いだろうし、いずれは大陸外で商売するのもありだな」

「いいぞ、許す」

「なんで刀に指図されなきゃなんねーんだよ」

「干将はまだ動けないからな。運ぶ手が欲しい」

 ティエンは布に巻いた干将を常に持ち歩いている。グロリアに毎日のように新しい身体を作れとせっついているが、メレネロプトの地下にあったような良質の扶桑がここでは手に入らないらしい。

 雌雄の刀剣が手をつないで通りを歩くのは、まだ先になりそうだった。

「……せめて情報収集とかに期待してくれよ」

「まあまあ、みんなで行こうよ」

 今度は一緒だよ、とグロリアはまばゆい笑顔を見せる。

 キーンは、勝手に俺をまとめるな、とまた騒ぎになっているジャンたちを見て笑う。

「行きたいな」

 ユージン大陸の他にも大陸があり、そこで暮らす者たちがいる。

 そのことを想像すると、キーンは気分が高揚してくるのを感じた。

 何が起こるのか、何が待ち構えているのか。

 わからない、けれど。

 旅立ち日は近い。


【終】

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