第3話「機械義肢」①
第二話「機械義肢」
機兵回収から数日後、キーンらは拠点にしている場所へ戻っていた。
住居にしている実験都市ハミオンはユージン大陸内にある都市の中でも技術開発が著しい。大陸横断鉄道を敷いたのもハミオンになる。ただ技術革新の合間に取りこぼされる者も多く、貧富の差が激しい。
百年ほど前、沿岸部に到達した集団がはじまりになる。入植者は当初、先住民であるスコルハを警戒し、都市全体を壁で囲んでしまう。けれど時代が変わり、スコルハが脅威でなくなってからは、鉄道の駅舎がある壁の外の方が発展し、内部は取り残されつつある。
昼過ぎ、キーンは都市の外周部に近い区画を歩いていた。このあたりは商店が多いため、日のあるうちは人通りもあり雑多な空気が流れている。キーンの目的は買い物ではなく、とある飲食店だった。
角にある店の外観は、白い外壁と淡い緑色のドア。若干ペンキのはげかけたドアには「準備中」の札がかかっていたが、キーンはためらわず中へ入る。
からんからん、とドアベルの澄んだ音が響く。
店内は明かりが落とされているため薄暗い。窓から入る陽光に浮かぶのは、カウンターと二組のテーブル。壁面の棚にはずらりと酒瓶が並び、キーンが何とはなしにラベルの字を目で追っていると奥から青年が出てくる。
「すんませんねぇ、ランチは終わっちまって……って、キーンか」
首肯すると、情報屋のジャンは座れと示してきた。
この店は表向きは地元民向けの酒場を経営しているが、裏ではユージン大陸の情報を集め、内容を依頼者に提供する情報屋になる。機兵に関する仕事を回してきたり、案件に必要な裏を取ってもらうことも多い。
酒場の営業は日が暮れてからだが、昼間も格安で美味い食事を提供する店としてにぎわう。今はちょうどそのランチが終わり、夜の営業までの休憩時間にあたる。その時間に会うことは事前に約束していた。
ちょっと待ってな、と言って一度店の奥へ引っ込んだジャンは、すぐに封筒とバスケットを持って戻ってくる。
「これ、この間のやつの明細な」
封筒の中から書類の束を出し、カウンターに並べる。
キーンは書類に視線を落とすも渋面になる。機兵回収屋の屋号であるアルストロメリア社の名前は読めるが細かい字と数字の羅列に戸惑う。ただ金額欄はわかる。一番大きな価格はシュギョク型の買取額で、細かく値段が上下しているのが大量にあった人型のようだ。
「お、読めるようになってきたか」
「少しは……」
実験都市と呼ばれるここでも、一般民衆の識字率はまだまだ低い。自分の名前を書くのが精一杯という者がほとんどだ。キーンもグロリアから習ってはいるが、渡された本をすらすら読み上げられる日はまだ遠い。
それでも、仕事に使う用語程度は読めるようにと努力はしている。シュギョク型が高く売れたことを示すと、ジャンは目を細めて笑う。
「上等上等。けど、こっちはグロリア個人宛の報告書だから、おまえが先に読むのは駄目だぞ」
言って、もうひとつ軽く封をした封筒も渡される。
今日のキーンの用事はこれで終わりだ。持参していた肩掛けの袋に片腕で苦戦しながら封筒を入れていると、カウンターにバスケットと瓶が置かれる。
「どうせ昼飯食ってないんだろ」
目線でバスケットを示され、かぶせていた布を取ると中にはサンドイッチがあった。野菜と肉がパンからはみ出している。これは、と問うも、ジャンは座れと言って瓶の栓を開けた。中身は炭酸飲料らしく、泡の弾ける音がかすかに聞こえてくる。
言われてみれば、朝に軽く食べただけだった。それでも飢えるほど空腹は感じていないが、男の顔を見るに、どうやら食べるまでは帰してもらえないらしい。キーンは椅子に座ると片手でサンドイッチをつかんで口にする。
野菜から垂れてくるソースをこぼさないようパンをかじり、肉を咀嚼しているとジャンがじっとこちらを見ていることに気がつく。
「なに……」
「まだ腕、直んねぇのな」
ジャンも同じ瓶を出してくると、カウンターにもたれながら話しかけてくる。指摘されたとおり、キーンの左腕は手首のあたりで断裂していた。腕だけではない。右足も損傷個所を応急処置しただけで、穴は開いたままになっている。
口の中はサンドイッチで埋まっているのでうなずきだけ返すも、ジャンは眉をひそめる。
「なんだ、今回の払いはかなり色つけたつもりだったけど、賞与が出なかったのかよ」
「……グロリアが、ついでに四肢を全交換するとかで悩んでる」
あー、とジャンが片手で顔を覆う。
「お嬢さんの凝り性にも困ったもんだねぇ」
「俺はいらないって言ったんだけどな」
でもなぁ、と言いながらジャンはキーンを手招きした。請われるままサンドイッチの残りを口に入れてから立ち上がる。カウンターから出てきたジャンが隣に並び、自分の手を水平にかざしてキーンの肩や頭に置き、何かを確認するとうなずいた。
「おまえ、また身長が伸びてるぞ」
にかっと楽しそうに笑う。
もちろん金属の四肢は伸びないが、生身の部分は成長する。特にキーンのような十代はまだまだ伸び盛りだ。
「今はよくても、来年にはその義肢、合わなくなりそうだな」
「また交換するのか……」
身体の成長はいいが、交換にかかる費用が上乗せになるのが悩みの種。機械義肢は指の動きまでほぼ生身の状態を再現できるが、その分高価だ。
「そう悲観すんなって。そうだ、グロリアが義肢のことで俺んとこに相談に来たら、身長のこと言って、今回は修理のみにして全交換は半年後くらいに考え直せって言っとくわ」
半年延びたところで焼け石に水だが、要はその間に資金を貯めるなり他の手段を考えるなりしろということなのだろう。
「とにかく左手と、右足だったか。早く直してもらえよ。それじゃあ日常生活も不便だろ」
「……別に」
キーンにしてみれば、四肢がないのが常態だった。ここまで機能性の高い義肢があるのもこの二年の話なので、なくなると困るが維持できる金がないのなら致し方ない。
「ま、とにかく金に困ったら言えよ。それなりに稼げるやつを紹介してやっからよ」
それか中古の義肢を探してやる、と矢継ぎ早に言ってくるので、キーンはごちそうさまでした、と無理やり話をさえぎって店を出る。
だがそこでジャンに首根っこをつかまれ、土産だ、と菓子の入った袋を渡される。それも肩掛け袋の中へ押し込むと、少しばかり右足を引きずって通りを歩き出すのだった。
■□■
昼過ぎとあって買い物客は多い。すれ違う何人かがキーンの髪と肌に顔をしかめ、手首がない機械の腕に驚くか憐れみの目を向けてくる。
ハミオンは比較的、スコルハへの差別は薄い場所になる。市民登録さえできれば建前上は平等。それを知って集まってくる者も多いが、だからといって全員が安定した居場所と職を得られるかというと、そんなことはない。
街のそこかしこに路上生活する赤い髪が見える。
同時に、周囲を暇そうに歩く兵士の数も多い。
クアール武装蜂起が二年前に集結したのち、軍備は縮小の一途をたどっている。大幅な人員整理も行われ、その機会に退役した者も多い。だが一番数の多い下級兵士は辞めて地元へ帰ったところでろくな働き口もないため、軍籍に居座り続けようとする。
上層部にしてみれば、緊急の案件がない期間に大規模な軍備を抱えていてはそれだけで金も物資も消費する。なのでタダ飯食らいの下級兵士はなるべく削りたい。代わりに人型機兵を代替にしようとするも、反発の声が多く入れ替えは上手くいっていない。機兵ごときに居場所を奪われてはならないと、内部で小競り合いが繰り返されている。
その犠牲となっているのが、代替品となるはずだった機兵だ。
崩れかけた廃屋の一角に、近隣住民が不要となった物を捨てる場があった。そこに倒れ伏す、錆びている人型機兵。表面加工もされていない、ただ二足歩行するだけの大量生産品だった。
それでも軍用品なので、本来なら通りに転がっていいものではない。だが管理もなっていないのか、回収される様子もなく雑草がその姿を隠しはじめていた。
人間の方を使え、というアピールのために破壊された機兵。そんなものがそこかしこに転がっている。見世物にするのはまだいい方で、中には機兵を他所へ流して利益を得、上層部にはしれっと紛失届を出している者もいる。
ジャンが、近ごろハミオン軍の兵士が軍の備品を持ち込み、買い取れとごねる件が増えた、とこぼすほど。
ぎり、と奥歯を噛む。
ただの鉄くずとして放棄されている機兵を見るたびに、キーンの胸中はざわつく。だが胸をかきむしろうにも、掲げた右手、手袋の下に隠したそれが機械仕掛けなのを思い出し息を吐く。
そんな、人間らしい仕草をしたところで、何の意味がある。
重たくて冷たい機械義肢など、望んで得たわけではない。
勝手にすげ替えられただけ。
キーンの中に暗くよどんだものが満ちていくも、それが想起される前に背後から大きな手が突き飛ばしてきた。
完全に不意打ちだった。かろうじて右手を出して顔を地面に叩きつけることは免れたが、起き上がる前に複数人がキーンを囲む。上から見下ろしてくる男たちは、全員がハミオン軍標準装備になる深緑色の野戦服を身につけていた。
男たちは下卑た笑みを浮かべている。中には酒瓶を持ってふらついている者もいた。倒れたキーンに通りの真ん中に突っ立っているなんて邪魔だ、と言って蹴り飛ばし、転がして人気のない路地裏へ追い込んでいく。彼らの足の間から通行人が遠巻きにこちらをうかがっている様子が見えたが、誰もが視線をそらし、立ち去った。
暴行を受けている子供が、赤い髪をしていたから。
ハミオンではスコルハも平等とあるが、建前でしかない。部屋を借りるのにも保証人が必要で、働き口も工場労働者がせいぜい。給与も元からのハミオン市民より低くなる。
そして、居場所を機兵に奪われそうになっている兵士にしてみれば、スコルハの子供なんて憂さ晴らしにちょうどいい玩具だ。
硬くて厚いブーツの底で何度も蹴られ、酒瓶で殴られる。動く右腕で頭をかばっていると、ひとりが腕の硬さと異音に気がついた。
こいつ、と腕が引かれ、手袋と服で隠していた機械義肢があらわになる。
男たちは、少しばかり気勢をそがれたようだ。
機械義肢は発明当初は戦場で負傷した兵士が失った手足の代わりに使うものだったが、この十数年で技術が広まったことで価格も大幅に下がった。そのため、一般民衆でも装着率は上がってきている。
それでも、まだ十代半ばの子供が四肢すべてを機械義肢に換装しているのは、かなり珍しい部類に入るだろう。
男たちの手で両腕どころか靴を脱がされ、壊れかけの四肢を路上にさらされるも、キーンはただ転がっていた。怒りや痛みよりも、自分の身体の下に隠すように下敷きにした袋の方が気になる。預かっている書類は封筒に入っているので、多少折れても読めるはず。ジャンにもらった菓子は、無残な状態だろうが。
早く飽きてどこかへ行け、と顔を伏せてうなっていると、一人がキーンの腕を取り、ある方向にひねった。
がきん、と音がして、右腕は接続部からきれいに外れる。途端、神経接続が失われた義肢はだらりと垂れ下がり、上腕は球体関節人形のようにつるりとした接続部品があらわになる。
「これ、軍用品だぞ」
ひとりが声を上げる。
知っている。キーンの四肢はハミオン軍が開発したものだ。従来品より軽く丈夫で、何より義肢自体が壊れても容易に換装できる仕組みになっている。生身と義肢の接点になる神経接続部さえ無事なら、最悪、弾丸飛び交う戦場でさえ、同じ型の腕を拾ってくれば即座に付け替えることも可能だ。
量産品というより、より汎用性を持たせた実験機。
そんなものを子供が装着しているのを見て、男たちは顔色を変える。おそらく、さまざまな憶測が飛び交っているのだろう。
くそ、とキーンの腕を外した男が悪態をつく。何やら頭上でわめき散らしていたが、結論として、こちらがなぜそんな義肢を持っているのかといった事情は無視することにしたらしい。
それでもただ逃げ帰るのには性に合わなかったようで、キーンは新たに蹴りを入れられたのち、機械義肢はすべて持って行かれ、そのまま路地裏へ放置されるのだった。
■□■
路地裏に転がされたキーンは、見上げた空の狭さに嘆息する。
同時に、身体中が痛む。不幸中の幸いで、兵士たちは嫌がらせ以上の暴行は加えなかった。なので骨が折れたり、内臓が傷ついている様子はない。それでも四肢が失われたので起き上がれなかった。男たちは、キーンの義肢を売り飛ばす、と吐き捨てていく。
もう一度、息を吐く。身体が痛い、痛むところが熱い、触れている地面が冷たい。
そう、ずっと、床にはいつくばっていた。
四肢がなかったから。
正確に言えば、もっと昔には、ちゃんと五指のそろった生身の手足があったのだ。
全部、切り落とされた。
最初に左腕。次に右腕、左足、最後に右足。ここから切断すると印をつけられ、肉を切られ、骨を折られた。
切られたあとは切断部に何本も管や機械部品をつけられた。常に神経が刺激されるため、痛いのか熱いのかもわからなくなる。
頭の上で、脳への負荷が、あの実験体は、廃棄か、と熱のない言葉だけが行き交う。
誰もキーンを見ていない。
ここにあるのは、新しい義肢を試すための部品でしかない。
人間でもなければ、機兵でもない。
ただの、試作品。
「お、いたいた」
軽薄な声に、キーンは目線だけを動かす。
気づけば狭い空は茜色に染まり、斜陽を背中に受けた人影は目を細くして笑う。
「……ジャン」
そうですよー、と情報屋は相変わらず声も態度も羽のように軽い。
動かなければ、と思うも、短くなった四肢では重い頭を支えられず、上手く起き上がれない。もがいていると横合いから腕が伸び、抱え上げられた。
ジャンは抱えたキーンにまっすぐ視線を合わせる。緑色の瞳が金色の瞳を見据えた。
「ったく、そういうときは、僕を助けてください、だろ?」
荷物のように持ち上げられても、キーンは抵抗することもできず身を預けるしかない。
「おめーみたいな見かけの子供が兵士に小突き回されてるって聞いてな。探しに来たが、当たりだったみたいだ」
むう、とキーンは口をとがらせる。助けられたことが不満というより、どう返していいのかわからなかっただけ。ありがとう、とすぐに言えたらよかったのだろうが、そこまで気を回せるほどの余裕はなかった。
それでも、この腕が自身を放り出すことをしない程度には相手を信頼していた。
■□■
どこへ連れて行かれるのかと、存外たくましい腕に揺さぶられながら通りを目で追うと、すぐに答えが出た。
ジャンは自分の店へ戻ってくると、正面ではなく裏口から入り、そのまま二階へ上がる。階上は部屋というより物置で、その一部に押し込めるようにしてベッドや棚があり、一応人が暮らせる区画になっていた。
「すまねえな、グロリアのとこに送ってやりてえが、これから店がかき入れ時なんだよ」
耳を澄まさなくとも階下の喧騒が聞こえてくる。店に出ている従業員だけでは手が足りないのだろう、何度も店長、と叫ぶ声がした。
ジャンはキーンをベッドに寝かせると、持ってきていた布で雑に顔をぬぐって毛布を口元までかけてくる。
「あとで飯持ってきてやるから、大人しく寝てろ」
「や、その……」
もぞ、と動こうとするキーンを上から押さえ、ジャンは笑う。
「いいか、今日は店が忙しい。だから俺は偶然、おつかいに来ていたキーンを手伝いに呼んだ」
もう一度寝てろ、と言って、ジャンはキーンの赤い髪をかき回すと出て行った。階下では店長登場、と盛り上がる声が響く。
はあ、とキーンは毛布の中で嘆息する。
多分、というか、絶対、この件を隠そうとしているのだろう。
キーンの保護者である、グロリアからも。
棚に隠され半分しか見えない窓の向こうの空は紺色に染まりつつある。今日のキーンの仕事はジャンのところから報告書を受け取ってくるだけ。その程度なのに、日が暮れても帰ってこない。そうなれば、彼女は確実に探しに来る。慌てて、走って、ティエンも引きずって。
キーンは登録上、今年で十六になる。ハミオンでは成人と認められる年齢で、親の承諾なしに結婚も借金もできる。だというのに、グロリアはキーンを歩き出したばかりの幼児のように扱うのをやめない。その過保護ぶりはティエンもあきれて小言を口にするほど。
だからこそ、今日の一件は露見したくない。
キーンにしてみれば、拾ってもらった上に書類上とはいえ保護者となっているグロリアにこれ以上迷惑はかけられない。それなのに、兵士に因縁をつけられ機械義肢を持って行かれました、なんてことになれば卒倒するだろう。
とはいえ、義肢を盗られたことは隠し通せない。店の手伝いと称して隠れていても、事態を伏せられるのは一日が限度だ。
どうしたものか、と眉間にしわを寄せるも、厚い毛布に包まれていると次第にとろとろとした眠気がやってきて、キーンは引きずり込まれるようにして眠りの中へ落ちていくのだった。
■□■
その後、ジャンは約束通り合間を縫って水や食事を持ってきてくれた。といっても、腕がないのでカップを取ることも、匙を持ち上げることもできない。なので雛鳥のように口を開けて放り込んでもらう。
ジャンは給仕係を嫌がることなく勤めながら、何てことないように言った。
「グロリア、来たぞ」
だろうな、と小麦と肉の煮込みを噛む。肉はやわらかく、野菜も味が染みている。とろみのでた小麦が胃に染みた。煮汁もキーンの舌では材料に何が使われているのかわからないほど複雑な味がする。ここは酒場だが、料理目当てに来る客が多いのもうなずける出来栄えだった。
「キーンはどうしたってわめくから、さっきの説明して、いまは出前を届けさせに行ってる、明日の朝には返すって言ったらとりあえず引き下がったぞ」
うぐ、と喉を鳴らすとすかさずジャンが水を出してくる。水はいらないと身振りで示すと残りの煮込みを口に詰め込まれた。
「まあ、心配すんなって。今日はもう寝ちまえよ」
歯も磨いてやる、とにやけ顔でブラシを出してくるので、もしかするとこの男は嫌がっていないのではなく、むしろ楽しんでいるのではないかといぶかしむ。
人の手を借りなければ何もできない状態なので、ジャンが世話をしてくれるのはありがたい。だが何というか、少しばかり落ち着かない。グロリアはキーンをひたすら子供扱いしてくるが、ジャンは手際よく奉仕しつつこちらを甘やかす。
「いや~それにしても、さっきは俺が見つけてよかったな。俺以外だったら今ごろおまえ、死体になってたかもよ」
スコルハの子供は金なんて持っていないと相場が決まっているが、それでも盗るものがないとなれば腹立ちまぎれに命を奪うような輩もいる。キーンが倒れていたのはハミオンでもそこそこ治安がいい都市部だったとはいえ、何事にも例外はある。
機械義肢を持って行かれたのは痛手だったが、兵士らはキーンの持っていた肩掛け袋には目もくれずに行ってしまう。預かった封書は袋の中に入ったまま、ベッドの脇に置かれている。ただやはり、袋に入っていた焼き菓子はつぶれて砕けていた。ジャンはそれを取り出すと、気にするな、とキーンの頭をなでたり金の飾りを揺らす。
「そう落ち込むなよ。明日、別の菓子をやるから」
菓子が食べられなかったからふてくされているのではない、と訴えようとするも、階下でジャンを呼ぶ声がする。時刻は深夜帯にさしかかり、店の喧騒も収まりかけていたが、店長はいつでも忙しいようだ。
ちょっと行ってくる、と席を外したジャンだが、すぐに重そうな袋を抱えて戻ってきた。
「キーン、寝るのちょっと待て」
見ろ、と大仰な仕草で麻袋を開けると、そこにはキーンの奪われた四肢が入っていた。見間違いではない。手首から先がない左腕も、穴が空いたところを応急処置した足もそのままだ。
「なんで……」
思わず呆けてしまうと、ジャンはしてやったりとばかりに笑顔を見せる。
「俺の職業、情報屋だぜ」
あ、と声を上げてしまう。そうだ、グロリアもこの男から仕事を請け負ったり、依頼に必要な情報を買っている。キーンが暴行を受けた件も、その情報網を経由して入ってきたのだろう。
探してくれたのか、と驚愕と感嘆に目を丸くしていると、キーンの反応にジャンは苦笑を返す。
「半分本当で、半分嘘だ」
キーンがあまりにも感動した様子なので、いたいけな青少年に恩を着せるのはどうなのか、と言い訳しながら種明かしをしてくれた。
「おまえの義肢を盗った連中な、最近、このへんの飲み屋でちょいとおいたが過ぎてよ。役人に突き出す前に溜飲を下げたいって連中が両手の指の数はいたってわけだ」
ジャンは顔なじみから、機械義肢のスコルハの子供が路地裏に転がされている、と聞いてすぐにキーンのことだと気がつく。同時に目撃情報から犯人のめぼしもついたので、彼を回収がてら、素行の悪い兵士らに腹を立てている連中に事態を言い触れ回ったのだ。
「義肢が見つかったのは、その過程だな。あいつら、すぐ近くの廃品回収屋にこれを持ち込んだんだよ。で、店主に引き止めてもらって、その間に集まった連中に今ごろボコボコにされてんじゃねえの?」
さらにジャンは、兵士らは子供の機械義肢を奪って酒を買う小銭にしようとした、などと話を大げさに盛った。被害を受けていた近隣の店も、ジャンのところに出入りしているスコルハがいることは知っている。
先住民に抱く感情はそれぞれだが、それでも子供を、しかも四肢に不具合のある弱者を狙う行為に皆の中で怒りが噴出した。
「けど、俺は成人だぞ」
孤児なので年齢のはっきりしないキーンだが、それでも書類上は成人。なので悲劇のネタにされるのは少しばかり癪だったが、それで義肢がすべて戻ってきたのだから、ひとまず納得することにした。
気持ちを切り替えようとしているキーンに、ジャンが袋から出した腕を突きつける。
「腕、つけてやるよ」
「……右腕だけやってくれたら、あとは自分でする」
「遠慮すんなって」
そして言葉通り、まだ痛む身体を押さえつけられながら四肢を接続され、今度は機械義肢の神経接続時に発する刺激にもだえるキーンだった。
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