第4話「機械義肢」②

   ■□■


 ジャンは情報屋だ。形のないものに価値をつけ、値段に納得した者に売る。基本的に、無料奉仕はしない。だがしかし、のちの見返りの方が大きいと判断すれば、嬉々として捨て値でさばいてしまう。

「う、あぁ……」

「……い、てぇ……」

 通りの片隅で、三人の男がうめいていた。もとから崩して着用していた野戦服はぼろきれ同然となり、装備は奪われ、階級章も取られ、中には履いていたブーツまで持って行かれて裸足になった男もいる。

 当然、懐にあった金もない。

 普段なら、宿舎の当番に少しばかり駄賃を握らせて夜間外出から堂々と帰宅していたのだが、賄賂用の小銭すらなかった。

 明日の朝、点呼までに戻らなければ非番とはいえ叱責を受けるだろう。その際には装備品の紛失も問われる。その経緯を報告すれば、分厚い始末書を書かされた挙句に減給だ。

 結果は見えていた。だからこそ動けないままでいる。手当も受けられずにうずくまっているより、正直に話して上官から罵倒された方がマシなことはわかっていたが、複数人から殴られ目元を腫らした顔で戻るのが嫌でこうして路地裏に潜んでいる。

 時刻は、間もなく夜明け。

 濃紺の幕に覆われた空の端が、ほんの少しだけ白みはじめる。

 そして、嫌なことを先送りにしていた彼らは、追撃を受けることになった。

「いたぞ」

「ティエン、えらい」

 少し離れたところで上がった声に、ひとりがゆるゆると顔を上げる。ランプを持った人影と、もうひとりがこちらをのぞき込んでいた。

 夜明けを目前にした空を背景に、黒い人影が二人分。

 どうして放っておいてくれないんだ、といらだちがこみ上げるも、相手がどうやら声からして女性と踏み、彼らは即座に逃げ出したりはしない。どうせ、飲み屋で尻でも触られたことの意趣返しにでも来たのだろう、その程度。

 女のくせに生意気だ。

 いっそ、こいつから宿舎に入れてもらえるだけの金を奪ってやろうか。

 互いの間に無言のまま、凶暴な共通意識が芽生える。

 ランプを持った女は背は高いが、それだけだ。銃や剣で武装している様子もない。こちらもかなりの痛手を被っているが、三人で囲んで壁にでも追いつめてやればすぐに泣きわめくだろう、と痛む身体に鞭打って立ち上がる。

「おっ、なんだ、こいつらやる気か」

 ランプを持っていない方が前に出てくる。華奢な少女で、髪も肌も衣服も何もかもが白い。服の裾にちりばめられた装飾と瞳がランプの光を反射し、燃えるような色を浮かべた。

 子供のくせに、とひとりが若干ふらつきながらも殴りかかる。あくまで殴りかかっただけで、拳を振り上げれば、自分の胸くらいの身長しかない子供はひるむと思ったのだ。

 だというのに、倒れたのは男の方だった。

 子供の拳を腹に受け、悲鳴も上げられずに悶絶する。

「……ふむ、切り裂くのはどうかと思って打撃にしてみたが、それでも強すぎたかな」

 白い少女は純白の袖に包まれた手を掲げて首をかしげた。もがいている男を馬鹿にする様子もなく、単純に力加減を誤ったことについて考えているようだ。

 この、と今度は二人がかりで少女へ飛びかかるも、寸前で足を止めた。

 否、強制的に止められる。

「お、止まったな。よし、いいぞ」

 二人は喉元に突きつけられた刃を見て顔色をなくす。それは薄く広い刃物で、少女の手から直接伸びていたのだ。

 ひゅう、と呼気を漏らしながら、男たちは刃物を振りかざす少女の全体像を初めて視界に入れる。

 排他的なまでの白さを帯びた容貌、そして、鋭くとがった足先。

 刃物と同化しているようにしか見えない両腕。

 これは、なんだ、とひとりがうめく。

 おかしい、おかしいだろう。

 人間じゃない、とひとりが言いかけるのを消すように、背の高い女が無遠慮に割り込む。

「あーティエン、刺すとか斬るのは駄目だよ」

「なんだ、グロリア。やはり駄目なのか」

 こんな状況にも関わらず、どこかのんびりとした様子を見せる女が少女の後ろから顔をのぞかせる。

 黒髪で、女性にしては背は高いが、顔立ちも物腰も柔和で、およそ荒事に向いているようには見えない。

 だというのに、女と異形の少女、その組み合わせに三人は同時に同じ記憶にたどり着く。

「トラヴァース少佐⁉」

 あれ、と女が小首をかしげる。その名前が出たことが至極意外だとばかりに、ぼんやりとしたランプの明かりを揺らしながら硬直する男たちの顔をのぞき見る。

「私の顔を知ってるってことは、元部下だったりする?」

 けど、覚えがないなぁ、とこぼす女の口調も態度も、どこまでも気楽そのものだ。

「覚えてないくらいド新人か、下っ端だったんだろう」

 白い少女が刃物を引くと二人は尻もちをつき、女たちに見下ろされる格好になる。

 グロリア・トラヴァース。

 彼女は二年前までハミオン陸軍補給部隊の隊長だった。

 補給部隊はいくつか存在していたが、中でも技官出身、しかも女ということで、多少の注目と多くのやっかみを集めた存在だった。たかが物資を運ぶ係のくせに、と侮られていたのだが、その補給線が狙われた際、彼女は自ら兵士と機兵を指揮し、敵軍すべてを文字通り掃討したのだ。

 三人の男たちは当時、少女が言ったとおり入隊したばかりだった。そして二年前のあの日、ゲリラに囲まれ援軍が来るまで数日という絶望的な状況の中、切り裂くように敵影を薙ぎ払ってこちらへ向かってくる小隊をただ見つめていたのだ。

 件の女隊長は、状況が見えないからと自ら最前線に立ち、異形の少女を連れ、立ちはだかるゲリラを容赦なく殺していった。

 補給部隊に配置されている機兵は基本的に運搬と護衛役で、戦闘能力、それも敵兵に向かっていくような作戦には向いていない。だというのに、彼女はそれらを手足の延長とばかりに操る。大型機兵でゲリラを踏みつぶして肉片に変え、運搬作業用に数だけは多く配備されていた虫型の小型機兵に爆弾を取り付け四方へばらまく。

 突撃してくる爆弾に人間の四肢ははじけ飛び、血と体液は砂地に染み込んでいく。

 ゲリラは全滅したわけではないが、約半数が身体の一部を失うほどの重傷を負った。

 戦える者が半分残っていても、ゲリラ側はまだ生きている負傷者の救助に追われて態勢を崩してしまう。

 女隊長の狙いは相手の命を奪うことではなく、爆撃や地雷などで細かく負傷者を増やし、ゲリラ側に回収させることで、通常の作戦が展開できないようにすることだった。もちろん、負傷者救助にやってきたゲリラもまた、個別に狙撃するのも忘れない。

 四肢を失ってもまだ生きているゲリラ兵をわざと見通しの良い場所へ放置し、助けに来た者を撃つ。救助者もまた、足や腕といった死ににくい個所を狙い、もがき苦しむ者を助けに別の兵士が現れたら、同じようにする。

 その繰り返し。

 仲間を助けようと出てきたゲリラが何人も犠牲となり、最初の負傷兵を中心に新たな死体が積み上がっていく。そんな光景が彼女の指示の下、あちこちで展開していたのだ。

 彼女は狙撃用機兵に、標的が目標内に入ったら撃て、と指示しただけ。作戦としては地味だったが、最後、折り重なって怨嗟の声を上げているゲリラ兵を大火力で殲滅した女隊長の冷徹さに、守られたはずの味方陣営すらその容赦のなさに震えた。

 上層部は女隊長を二階級特進させ、彼女は少佐となる。

 それから間もなく武装蜂起が終結し、部隊が再編成され三人は他部隊へ移された。女隊長は退役したと聞き及ぶも、直後に恨みを持った先住民に殺されたといううわさが立つ。

 けれど、あの女は生きていた。

 否、生きていたことは問題ではない。

 そんな女が自分たちに何の用なのだ。

「君たちが、機械義肢を売った犯人で間違いないかな」

 声音には、確認ではなく断定する意思があった。この女は、自分たちがあの先住民から四肢を奪って小銭に変えたことを知ったうえで声をかけてきているのだ。

「グロリア、どうする」

「そうだねぇ」

「何なら、四肢を切り落としてもいいぞ」

 少女が両腕の刃物をちらつかせる。

 ランプの光を受けた器物に、男らは声も出せずに震えることしかできない。

「我は守り刀だが、斬るのも上手い」

 こつ、と少女が踏み出した足先が地面を叩く。少女の足は膝から下に向かって細くなり、針の上にでも乗っているような不安定な下肢をしている。

 この少女も義肢なのだろう、と男たちは昼間に蹴り飛ばしたスコルハの子供を思い出す。あの子供の機械義肢は軍のものだったが、少女の特殊な形状は、軍でも外でも見たことのない形状をしていた。

 機械義肢の型は多種多様。なるべくそれとわからないよう、人工皮膚の質感にこだわったものもあれば、機能優先で異形と見まがうばかりの形状もある。眼前に立ちはだかる少女の足は白銀に輝いて美しいが、およそ歩くのに向いているとは思えない。

 それなら、逃げきれるのではないか。

 幸い、男たちがいる通りは路地裏だが行き止まりではない。少女たちがふさいでいるのと反対側へ走ればいいだけのこと。一人の腰が浮き、二人三人と続く。

 けれど、少女はその奇妙な足とは裏腹に素早い動きで跳躍し、男たちの頭上を飛び越え退路をふさぐ。

 白銀の刃が、今日の最初の陽光を受けて輝いた。

「やはり、斬るか」

 全員、悲鳴も上げられない。一人は失禁した。


   ■□■


「キーンくん、迎えに来たよ」

 早朝、かららん、とドアベルを鳴らしながらグロリアが店内へ入ってくる。

「キーン、おまえはおつかいもまともにできないのか」

 その後ろに続く白い少女は容赦のない言葉を浴びせてくる。ジャンの店で出された朝食を食べていたキーンは、無言でサンドイッチを口に入れることしかできなかった。

 だがグロリアは昨日、帰らなかった件は大して気にしていないようで、ジャンと世間話をしつつ袋に入っていた書類を手にする。泥まみれになった書類を一瞥すると、何てことないように言った。

「帰ろっか」

 キーンはどう答えていいのかわからず、ただ口内のものを飲み下すだけ。

「朝早くからご苦労さん」

 何か食うか、とジャンが問うも、グロリアは片手を振る。

「ていうか、小姐、(シヤオチェ)キーンを甘やかしすぎじゃね?」

「あー、うん、子供扱いするのはよくないってわかっているんだけどね……」

「ジャンもいい勝負だろ」

 ティエンに突っ込まれ、早朝にもかかわらず、キーンにいろいろ食べさせようと用意しいたジャンの手が止まる。

「まあなぁ、あいつ、俺の持ってくる菓子を美味そうに食うからつい、な」

 餌付けしてしまう、と本心を露呈するも、当のキーンはサンドイッチを飲み込むのに忙しく、まるで聞いていなかったが。

「あと、私も小姐、って年齢じゃあないよ」

 嘆息するグロリアに、ジャンは話題を変えてくる。

「そうそう、御本家の方がキナ臭くなってきてな、いま調べさせてる」

「……いつもありがとう」

「まあ、俺も無関係ってわけにはいかないからな」

 ううむ、とグロリアとジャンはうなり声を上げる。

「無関係になりたいけど、育ちはどうにかなっても、生まれは選べないしね」

「言えてる」

 はー、と重いため息が重なるのだった。


   ■□■


「キーンくん」

 ジャンの店を出た途端、かかった声にキーンは戸惑う。

 昨日の口裏合わせだが、書類を取りに行ったはずが、店主の勢いに負けて日雇い店員をやっていたことになっている。だがしかし、真実はハミオンの兵士に難癖をつけられ機械義肢を奪われるも、店主の情報網によって取り戻すという大騒ぎだったのだが。

 せっかく隠せているのだから黙っていることにしたが、そうなると言葉につまる。グロリアのことだから、まだ腫れている顔には気づいているだろう。

 何も言い返せず、何も行動を起こせずにいると、彼の拾い主であり雇い主でもある女性は、ただ笑って手を差し出す。

「手、つなごっか」

 白く、やわらかく、何の傷も瑕疵もない手を掲げ、彼女は困ったように眉尻を下げる。

「なんで……」

「いいからいいから」

 ひょい、と何でもないことのないように、金属がむき出しの手を取られる。機械義肢は残った神経を使って腕や指を動かすが、体温までは伝えない。

 金属の手に、ぬくもりなんてない。

 それでも、なぜかつかまれた指先を温かいと感じてしまう。

 夜が明けたばかりの薄明るい空の下、ぶんぶんと大きく腕を振りながら歩く。キーンは振りほどく理由を探せずなすがままになっていた。

「また手袋を買わないとね。今度一緒に行こうよ」

「……別に」

 また、ということは、手袋をなくすような何かがあったことは察しているのだろう。それでも正直に何があったか伝えることができず、思わずぶっきらぼうに返してしまうも、そこに白い少女が割り込む。

「うらやましいな。我もやりたい」

「ティエンは……まだもう少し先かなぁ」

 キーンは黙ってティエンの袖をつかむ。袖の中に、人体らしい五指の感触はない。どこをつかんでいいのかわからない、棒のような腕。

 それでも、離したりはしない。

「これでいいだろ」

「思っていたのと違う」

「わがまま言うな」

 三人は動き出した町の中、他愛もないことを言い合いながら帰路へ着くのだった。

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