口に入れるものを選ぶ

 よく晴れた朝。フィンとカイと私の三人で、お城の東にある牧場へとやってきた。

 以前訪ねた木材加工所のさらに先まで歩く。大きなお城を左に見ながら日当たりのよい湖畔まで、それなりにかかる。


「遠いわ」


「きみは軟弱だな」


 フィンは呆れたように言いつつ、目の前にある開けた草地を指さした。


「ここがケニールの牧場だよ」


「わ、広い」


 柵に囲まれた草地には牛と羊がうろうろしている。

 たぶん、牛と羊だ。少なくとも、見た目は。草地の遙か先には大きな平屋があって、たぶん牛舎とか羊舎とか、そういうのなのだろう。


「豚はいないのね」


「うん。凶暴だから、王都では飼育してないね」


「凶暴?」


 豚が? 牛の方が暴れそうなイメージだけど。


「もっと北の、アルラウドの方が豚の飼育は盛んだよ。あと西のコナハトでも多少は育ててたはずだけど、レギスタではあんまり聞かない」


「ふうん」


 当たり前と言えば当たり前なんだけど。国や地域によって育てているものが違うんだ。青森ではリンゴ。沖縄ではサトウキビ。たぶんそういうことだろう。


「鶏は?」


「鶏は王都では育てていないけど、レギスタの各地で飼育してるよ。需要が王都では牛と羊の方が多いから」


「なるほど」


「あと、鶏は餌の用意がちょっと大変だから、王都では育てない。牛とか羊は雑草を刈るのにも使うから」


 いろんな事情があるのね。私の隣でカイも感心したように聞き入っている。


「フィンは詳しいのね」


「ジュニアスクールで習うからね」


「面目ない」


 それもきっと、私が小学校の社会科で習うようなことなんだろう。つまりフィンの昔の教科書を借りれば、もうちょっとこの国の、この世界の常識を身につけられるのかもしれない。


「でもきみ、まだ文字が読めないだろ」


「そうでした」


「順番にいこう。まずは文字の読み書き。それが安定してきたらキンダークラスのテキスト。その後にジュニアスクールのテキストを貸すから」


 先が長い。けどフィンの言うとおりだ。知識はすっ飛ばせないのだから、順番にやっていくしかない。




「ところで、ここ入っていいの?」


 柵に沿って歩きながら中の様子をうかがう。ひたすら牛と羊が歩き回ったり、うたた寝したりとのどかな風景が続いている。


「もうちょっと行った先に門があって、呼び鈴がある」


 フィンが言うとおり、すぐに柵が途切れて門がついていた。門のところに大きなベルが下がっている。

 ベルから下げられた紐を揺らすと、中から音ではなく光と風の精霊が飛び出して、牧場の奥へと飛んでいってしまった。


「すごい」


「なにが?」


「精霊が、って、見えないのね」


「ああ、そういうこと」


 大きい音がすると牛や羊が驚くから、音を鳴らせない場所では精霊が伝達をするんだよ、とフィンが教えてくれる。

 はえー。世の中いろんな仕組みがある。さっきから、あれもこれも感心しきりだ。




「いらっしゃい。フィンと、あなたがアリスね。そしてカイ。ようこそ、カワード牧場へ」


 私が目を丸くしていると、牛と羊の間から大柄な女性が出てきた。


「こんにちは。よろしくお願いします」


「あらあら、フィンはあんなに小さかったのに、しっかりしちゃって」


 女性は笑顔でフィンの頭をぐりぐりなでた。フィンは照れくさそうに逃げようとするが、がっちり捕まっていて逃げ出せずにいる。


「それにしても本当にジェシカちゃんそっくりね。ケリーさんのお店をまたやってくれるんでしょう? 楽しみだわ」


「初めまして。アリス・ケリーです」


 頭を下げると、彼女はニコニコと頷く。


「はい、私はアメリア・カワードです。よろしくね。卸しの相談は私と娘で請け負っているから、話を聞きましょう。こっちよ」


 アメリアさんについて、牛舎と羊舎の間にある小屋へ向かう。中は事務所になっていて、フィンと同じくらいの女の子が書き物をしていた。


「この子はアン。私の跡継ぎよ」


「初めまして。アリスです」


「初めまして」


 アンはぺこりと頭を下げて、すぐに目を落とした。


「人見知りで、引っ込み思案なのよ。悪い子じゃないわ。旦那に似て物静かなの。アン、こっちへ来て。ケリーさんとのお話、あなたも参加してちょうだい」


「はい」


 アメリアさんに促されてアンは立ち上がる。私たちが勧められた席に着くとお茶を出してくれた。


「じゃあ、なにがどのくらい必要かしら?」


 アンが席に着くのを待って、アメリアさんが話し始めた。フィンがウィンクするので、私も頼みたいことを話し始める。




「うんうん。うちにとっても悪い話じゃないわ。むしろ大歓迎ね。でもこれ、採算とれるの?」


 一通りのお願いを述べるとアメリアさんは首をひねる。


「ある程度は初期投資だと思っています。もうちょっと市場調査というか他のお店も見てみたいんですけど」


「他? うち以外の牧場とも話を?」


 アンが低い声でつぶやく。


「そうではなく。他の定食屋さんとかカフェとか」


「ないよ」


「え」


 アンのそっけない返事に、思わず変な声が出た。ない? 他に飲食店が、ない?


「あら、知らなかった? あなたが前にいたところではいくつもあったの?」


 アメリアさんも驚いたように声をあげる。横にいたフィンを見ると、


「言うの忘れてたけど、ケリーさんのお店はケニール唯一のお店だったんだよ」


「あーそう」


 そうでしたか。それはそれは、市場独占的な?


「だから、おいしいものがまた食べられることを期待してるわね」


「うちの牧場の肉は、間違いないから。おいしいもの作ってね」


 アメリアさんが笑顔で言って、横のアンが大きく頷いた。マジすか。




 その後三人で牧場内を見学させてもらい、牧場の主であるローリーさんに挨拶をした。


「またケリーさんとこの飯が食えるのかい? そりゃ楽しみだ。頑張りなさいよ」


 と、人のよさそうな笑顔で応援をもらう。

 カワード一家に別れを告げて、私たちは再び銀枝亭へと向かった。

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