さあ、店を始めよう

 牧場とのやり取りをした数日後。さっそく納品だといってカワード牧場からいくつか品が届いた。


「えーっと今回は試供品も含めているので、感想をください。なるほど」


 頼んでいた肉類の他に、ソーセージやハムなどの加工品も入っていた。サンドイッチを作るのに、自分で用意するより手軽で良さそうだ。


 ここ数日で試作を重ねたパンにハムと、やはりケニールの町の外れにある農業地帯から納品してもらったレタス(的な葉野菜)を挟んでみる。マヨネーズと辛子も塗って、サンドイッチ! できた!(もちろん辛子もなかったので自分で作った。畑の隅にからし菜が生えていたので譲ってもらった)


「フィン、カイ! 味見して!」


 銀枝亭のフロアにいるフィンとカイに声をかけてカウンターにサンドイッチを並べる。ついでに煮込んでおいたスープに焼いたソーセージを入れて出した。


「いただきます!」


「良い匂いだ」


 カイはさっそくサンドイッチにかぶりつき、フィンはゆっくりとスプーンをスープに差し込む。


「どうかしら」


「うまいです! さすがです姐さん! なんかピリッてします!」


「それがアクセントになっていておいしいけど、これなに?」


「辛子よ。この間、畑でもらってきたからし菜の種をすりつぶしたものね」


「初めてだけど、おいしいと思う」


 それから二人は静かにサンドイッチとスープを平らげた。よかった。口にあったようだ。

 おいしいって言葉はなんて嬉しいんだろう。




「ところで、なんでケニールには他に飲食店がないのかしら」


 皿が空いたところで、二人に聞いてみる。先日、カワード牧場で聞いてから気になっていたのだ。


「そんな余裕がなかったからね」


 フィンが皿を重ねながら言う。


「少し前までレギスタ国は魔王軍と戦っていたから」


「魔王?」


 そんなファンタジーな。でも妖精がいるんだから、魔族とか、そういうのもいてもおかしくないわね。


 フィンの説明は続く。何年にもわたって続いた魔王軍との戦いは勇者の登場によって終わりを告げた。それがここ二、三年のこと。だからレギスタ国は復興がようやく終わりつつある状態で、飲食店まで手が回らない。


「ちなみに王都の中に農業地帯、工業地帯、それから牧場なんかがあるのはそのせいだよ。町と町の間は魔族に襲われるからね。なかなかやり取りが難しかった」


 そして勇者とその仲間たちは、今でも魔王軍の残党退治のために各地を旅して回っているということだ。


「たまに王都にも顔を出してるみたいだけどね」


「ふうん」


 でも、じゃあ、なんでアダムス金物店と銀枝亭はこんなに町の外側にあるんだろう? 町の外は魔族に襲われて危険なんだよね?


「うちについて言えば、精霊の力を借りるためっていうのと、ある程度なら自衛できるからだよ。ケリーさんたちはそもそもケニールの人じゃないから、魔族とのつながりを疑われて、最初は町に入れてもらえなかったんだよね」


 フィンはこともなげに言うけど、それって結構大変なことでは?

 カイが眉を下げて口を曲げる。


「自衛ってどういうこと? フィンさんは魔族と戦えるの? です?」


「死なない程度に追い払うくらいだね」


 相変わらず軽い調子でフィンが言う。


「親父と兄貴は精霊が見えるし話せるから、精霊に力を借りて剣や銃で追い払う。俺とお袋はできないから、魔族が嫌う音や煙が出る護身用の装置で追い払う」


「かっこいい」


「すごいわ」


 その手の護身用の道具はうちの主力商品だったからね、とフィンは笑った。


「勇者が魔王を倒しちゃって、あんまり売れなくなっちゃったけど、それでも町と町の間を移動するなら最低限の護身道具は必要だ。この店も開店前に魔族が嫌う音響装置をつけておこう」


「それ、高い?」


 かっこいいけど、けっこうお値段がするのでは? あれこれ準備を進めていくうちに、懐が不安になってきたので確認する。


「アダムスの店の名前を大きく下げておいてくれたら値引きするよ」


 そう言って笑みを浮かべるフィンは商人の顔をしていて、それは彼の母親のデイジーさんはもちろん、木材加工所のマチルダさんや、牧場経理跡継ぎのアンにも似ていて、私は思わず吹き出した。




 かくして、銀枝亭再開の準備は概ね整った。

 メニューはすべてアダムスさん一家や、ウディ木材加工所、カワード牧場の人たちに味見をしてもらい、ケニールの人の口に合うように調整した。




 フィンは会計を手早く行えるように小銭や小銭を入れる引き出し、領収書なんかを揃えている。

 カイはフィンやデイジーさんに敬語と接客を教わり、お盆の持ち方やメニューの内容を必死に覚えた。

 私は、同じ味を再現できるようにレシピをまとめ、厨房の精霊たちと調理と片付けを繰り返し、できる限り手際よく動けるように練習した。




「明日、ついに再開です」


 再開前日の夕方。私とフィンとカイの三人は、いつもどおり銀枝亭のカウンターに並んで腰を下ろしていた。

 店の中はピカピカに掃除されている。私がやってきたときの廃墟同然だった様子はみじんもない。窓は修理され、カーテンは新しく付け替えた。


「ドキドキします」


 カイはそわそわと手元のグラスをなで回している。中身の冷たいハーブティーはとっくになくなっていて、何度目かわからないおかわりを入れている。


「まあ、なんとかなるよ。最初一週間くらいは、たぶん知り合いが顔を出してくれる。本当に大変なのはその後だから」


「経験ある?」


「ケリーさんたちがそうだったんだよ」


 フィンは遠くを見た。たぶん彼の目には在りし日の銀枝亭と、そしてジェシカの姿が映っている。

 だって、ねえ。この人、私の名前を呼ばないのよ。きっとこの姿を彼女以外の名前で呼びたくないのだ。


「よし、じゃあ今日は早めに終わりましょう。疲れちゃったわ。カイ、帰ろう」


「はい、姐さん」


「明日は八時だよね」


「うん。お願いね」


「まかせて。それもこれも、あの娘のためだ。じゃあ、また明日」


 フィンはひらひらと手を振って店を出て行った。私とカイは厨房から裏手に回り、階段を上がる。




「おやすみなさい、姐さん」


「はい、おやすみ。カイも明日からもよろしくね」


「もちろんです。僕は飯と宿の恩は忘れないのです」


 カイは拳をぐっと握って見せて、それから自分の部屋へ戻っていった。

 私も寝よう。きっと明日は忙しいから。

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