星の日、精霊の生まれる場所

「ねえ、ぬし。きこえてる?」


「きこえてるう?」


「んえ」


 それは、ある朝のことだった。いつものように起きて、銀枝亭の厨房で朝の仕込みをしようとして――呆けていた。


「ごめん、ぼーっとしてて」


「ぬし、てーきゅーびしないの」


「ほしのひに」


「にんげんは、ほしのひに、てーきゅーびってしてる」


 ぼんやりとコンロの前に立つ私に、炎の精霊と光の精霊が話しかけている。のだけど、なんの話をしているかわからない。ほしのひ?


「?」


 なんのことだろう。首をかしげているとフィンがやってきた。


「おはよ。ずいぶん疲れているみたいだけど大丈夫?」


「おはよう。あのね、精霊たちが『にんげんは、ほしのひに、てーきゅーびしてる』って言うんだけど」


 そう伝えると、フィンは目を丸くした。この人がこんなに驚くの珍しいな、なんてぼんやり考えていると、今度は変なうなり声をもらした。


「うっわああああ。僕はバカか。バカだ。いや、ごめん。本当にごめん。そりゃそうだ」


「え、なに」


 よくわからないけど、フィンがテンパっているのはわかる。彼は頭を抱えこんでしまった。


「掃除終えましたー。って、あれ、どうかした? しました?」


 顔を出したカイもフィンの様子を見て首をかしげる。そこで私が精霊に聞いたことを教えると、カイまで、


「あー、そう、ですね」


 と困ったような顔になってしまう。


「なに?」


「ほんとにごめん。君に言うの忘れてたんだけど、定休日を作ろう。星の日は入りが良いから、その次の日とかに」


 うん? 定休日? あ、てーきゅーびって定休日、休みの日のことか!


「そうだね。あーそっか。忘れてた。休みの日、なきゃダメだ。で、えっと、ほしのひって言うのは?」


「ティルナノーグ島で使ってる、えっと、日付の分類っていうのかな。七種類あるんだけど」


 曜日のことかな?


「七の日で一週間、それを四回で、だいたいひと月。星の日、光の日、火の日、水の日、木の日、風の日、土の日で七日間。だいたい精霊の種類がつけられてる」


 闇の精霊の分はないんだけど、とフィンが言うと、冷蔵庫の後ろから闇の精霊たちがぬるぬると出てきて、


「おれさまは、すべてのこんげんなので」


「しゅうにいちどで、おさまるうつわではない」


「どこにでもいて、どこにもいないのだ」


「わはは」


 となにやら自慢げな様子だ。


「なるほど?」


 フィンの説明と闇の精霊の説明の両方にとりあえず頷く。


「今日は火の日で――夜は休もう。半休。週半ばだからそんなに客入りもないし。んで、明日は臨時休業。いいね?」


「はい、いいです」


「カイは?」


「わかりました」


 じゃあ昼だけ頑張ろうとフィンが言って、バタバタと厨房を出て行った。

 私も頭を振って、頬をはたく。


「よし、スープを温めよう」


「じゃあ俺はサラダを用意しますね」


「ありがとー」


 いい子かな。いい子だったわ。朝の仕込みがほとんどなにもできていないことに気づいたカイが手伝ってくれて、なんとか営業は間に合った。家での食事の用意を手伝ってもらっといて正解でした。





 その日の営業を無事に終えて、ともかく今日は休むようにとフィンに言われる。


「わかりました。明日は?」


「昼ごはんを終えたら店に集合。定休日を決めるのと、営業時間の見直しをしよう」


「はい」


「じゃあ、今日はお休み」


 フィンを見送ってから私とカイは二階に上がる。カイが譲ってくれたので先にシャワーを浴びて、夕方になる前に私はベッドに倒れ込んだ。




「わお」


 起きて時計を見たら、次の日の昼近かった。起き出すとカイも起きたところのようで顔を洗っている。


「おはようございます、姐さん」


「おはよ。ちゃんと休めた?」


「はい! ちょっと寝過ぎちゃいました」


「私も。ごはん食べたらお店に行こうか」


 適当なサラダをパンに乗せて、せっかくなので目玉焼きとチーズも乗っけてもしゃもしゃ食べる。たくさん寝たからか、すごくおいしい。

 カイもお腹を空かせていたのかトースト二枚にあふれんばかりにサラダやハムや、あれこれ挟んで、さらに牛乳もがぶがぶ飲んで満足そうだ。


「「ごちそうさまでした」」


 おいしかったとか、食べ過ぎたとかいいながら片付ける。たぶん、私はこれを夫や娘とやりたかった。




「定休日を設けます」


「異議無し!」


「必要だと思います」


 昼下がりの銀枝亭。やってきたフィンと三人でお茶を飲みながらカウンターで話し合う。


「昨日も言ったけど、日の巡りは星、光、火、水、木、風、土の順番だ。君が精霊から聞いたように星の日を定休日にするところが多い。星の日は精霊があまり活動的じゃなくなるし、教会が祈りの日にしてるからね。木材加工所とか、牧場、商店がそうだね。だけど、そこで働く人たちが休みに食べにきてくれることが多いから、僕らが星の日に休むのはもったいない。僕らの休みはその翌日、光の日にしよう」


 フィンの説明にうんうんと頷く。きっと図書館の休みが月曜日みたいなものだろう。けど精霊の活動? 教会?


「けど僕らは人数も少ないし、週に一度の休みだと疲れちゃうから風の日の昼も休みにしちゃおうか。理由は風の日とその次の土の日は星の日が休みだから夜にエールを飲みにくる人が多いからだよ」


 なるほど花金。違うか。というか今も花金って言うのかしら。とっちらかる思考を抑えて口を開く。


「ごめん、精霊の活動と教会について詳しく」


「僕も詳しくはないんだ。精霊は星の日に産まれ、星の日に星に帰る。だから星の日は精霊も大人しくなるし、休まる精霊のために祈りを――っていうのが教会の教えなんだね。ただうちは信徒じゃないし、ちょっと前から教会の教えは廃れ気味だから、これ以上の説明はできないんだ」


「そっか。ありがとう」


 この世界にも宗教があるのね。そりゃそうだ。とはいえ私もなにか特定の宗教に傾倒したりはしていない。ザ・日本人なのだ。正月もお盆もクリスマスも、なんであれ分け隔て無く接するタイプです。


 それから、とフィンは大きな紙を出してきた。


「これね、暦」


「こよみ」


 カレンダーだ。見た感じ、だいたい知っているものと変わりはなさそう。


「今はここ」


「十月の頭」


「そうそう。君が来たのが八月頭。ずいぶん気温も下がってきた」


 そう言われればそうだ。来たときは半袖に一枚羽織るとちょうどいいかな、くらいだったのが今では長袖を着てちょうどいいくらい。


「これから冬になるからもっと寒くなる。そろそろ暖炉の用意もしないといけない」


「お店に暖炉ないね」


「うん。だけどこの店は厨房のコンロから床下に管をつなげてあるんだ。今はその管に栓をしてあるけど解放すれば下から温められるんだよ」


 まさかの床暖房! すごいなあそういえば二階のリビングにも暖炉があった。薪とかがいるのかな。


「二階の暖炉の手入れもいる?」


「うーん、いらないかも。お店を温めれば二階もそれなりに温かくなるはずだよ」


「そっか。じゃあそれで足りなかったら相談するね」


「うん」


 フィンが持ってきたカレンダーはくれると言うので厨房に貼っておくことにした。

 それで今日はおしまい。さっさと帰って休むように言われて二階に上がる。昼前まで寝ていたのに、まだ夕方なのに、もう眠い。


「カイ、今日は先にシャワーどうぞ」


「ありがとうございます」


 なんとかシャワーまで持ちこたえたけど、それでもシャワーの後にはベッドに倒れ込んでしまった。


「おやすみ、ひとのこ。われらほしからしゅくふくを」


 きらりきらりと光が舞う。


「うん、お休み」


 誰だろう。精霊らしいけど、知り合いだっただろうか。考える気力もなくまぶたが落ちた。

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