自称女神の言うことには
「わたしはジェシカ。女神であるわたしが、体を失ったあなたに、わたしの体を貸してあげます」
「なんて?」
死んだ? どゆこと? 女神?
目の前の女の子、ジェシカは見た感じ十代後半だろうか? さらりと流れる金髪は背中ほど、水色のワンピースは膝を隠している。色が白くて、目は明るい水色。お人形のようにかわいらしい女の子。そんな子が満面の笑みで私を見つめている。
そしてここはどこだろう。真っ白で、ジェシカ以外は誰もいないし、なにもない。なんなら自分の体も見えない。
「えっと、ごめん。ちょっと整理させていただいても?」
「もちろん。順を追って説明しますね」
鈴のような声でジェシカが言う。
「あなた、アヤカ・オリノはいつも通り、朝起きて、家族にイライラしながら仕事に行った。そしてため息を吐きながら帰る途中で、車にひかれた。整理できた?」
「ろくでもないわね」
「ええ、ろくでもないの」
ジェシカはかわいらしく微笑む。ろくでもない家族とろくでもない生活の末に、ろくでもない死に方をした。
ああ、ほんとに、ろくでもない。乾いた笑いが口から漏れる。
「でもね」
ニコニコとジェシカが続けた。
「そんなろくでもないあなたにも、良いことがあったって、いいじゃない」
なぜだか、少し怒っているように聞こえた。ジェシカの顔は微笑んだままだし、声だってかわいらしいままなのに。
「ジェシカ?」
「だから、わたしの体、貸してあげる。えっと、貸してあげます。やってほしいことがある、のです」
ゴホンと咳払いをしてジェシカは私を見た。その様子が、虚勢を張っているようにも見えてかわいかった。
今更だけど、ジェシカは娘の彩世と同じくらいの年頃だ。あの子が最後にこんな風に私を真っ直ぐ見たのはいつだろうか。死んだ後に考えても、遅い。
だからせめて、目の前にいるジェシカの顔を真っ直ぐに見る。
「やってほしいことって?」
「店をね、開けてほしいの」
「お店?」
彼女の話はこうだった。
ジェシカの両親は食堂を営んでいた。ジェシカも看板娘として日々手伝いに励んでいたけれど、ある日強盗が店に押し入り、両親もろとも殺されてしまった
「なんだけど、親切な人、神様? の助けでね、神様的力をお借りしたわたしは、このようにわたしの体を使って、店を再開してくれる人を探していたのです。それがあなたよ」
「なんで」
なんで、私なのだろう。私はなんでもないおばさんで、日々をため息にまみれて生きていただけなのに。
「わたし、おいしいごはんを作れる人を探していたの。その中で、アヤカの作るごはんが、とてもおいしそうだったのよ」
ふわりとジェシカが微笑んだ。私はなにも言えなかった。作ったごはんをおいしそうだなんて言われたのは、いつ以来だろうか。
「そう、見えたの?」
「見えたわ。ほかほかのごはんが湯気を立てていて、魚がこんがりと焼けていた。サラダの野菜はシャキシャキと張りがあって、スープも良い匂いがしたの。おいしくないわけ、ないじゃない」
涙が出そうだった。体がないから、実際には出ないのだけど、それでも目頭が熱くて、言葉が出ない。
「あのごはんを、もっと多くの人に食べてほしいの。だから」
「わかった」
涙をこらえて、かわりに頷いた。私の作るものを喜んでくれる人がいるのなら、いくらでも手を貸したいと思ったのだ。
「私でよければ」
「ありがとう!」
ジェシカの顔がぱあっと輝いた。そして白い手が伸びてくる。
「じゃあ、お願いね。わたしはジェシカ。ジェシカ・ケリー。覚えておいて」
「え、ちょ、待って」
「おイモのスープ、作ってね。」
ところで店って何料理の? 親切な人とは? あなたそれ、女神じゃないわよね? いろいろ聞く前に、私の意識は再び沈んだ。
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