子供を拾いました
木片を運び続けること一週間。ようやく床の残骸がなくなり、ついでにぼろきれと化したカーテンも外した。
「新しいカーテンと、掃除用具を買いに行こうか」
「どこに?」
「城下町ケニールに」
ついに行くのね。この世界に来て一週間とちょっと。アダムス金物店と銀枝亭の往復しかしてこなかったけど、ついに町デビューしてしまうのね。大丈夫かしら。田舎者だと笑われなりしないかしら。
「そんな気負わなくても。そもそも、ここも一応ケニールの町の中だからね? 外れも外れだけど」
苦笑するフィンに並んで、町に向かう坂を下りる。
今日の私は生成りのブラウスに緑色のロングスカート。掃除には向かないけれど、ジェシカの服がそんなのばっかりだから仕方が無い。極力装飾のないものを、毎日選んで着ている。
「服、変じゃないかしら」
「ジェシカの服が変なわけないだろ。俺の天使だぞ」
「そういうことを言ってるんじゃないのよ」
一週間、共に過ごしたことでフィンもだいぶ砕けてきた。というかジェシカに対する推し心を隠さなくなってきた。好き、というか崇拝? 推し――なのかしらね。恋とか愛どころではない重みを感じるけど、正直私には関係ないので聞き流している。フィンもそのあたり割り切っているのか、私のことはジェシカによく似た親戚の認識でいるらしい。たぶん。
並んで歩くこと数分。両脇を木立に囲まれた緩い下り坂を進んだ先に、町があった。
「人がいっぱいいる」
「首都だぞ。国の中で一番人が多いところだ」
フィン曰く、レギスタの国のモノはまずケニールに集まる。それから辺境の町や村へと送られているのだそう。
「どうやって? なにで? 電車とかある?」
「デンシャ? なんだそれ」
「線路を敷いて、その上に車を走らせるのよ」
「そんなものはない。でもそれ、いいな。親父に作ってもらおう。城への納品が楽になる」
フィンはエドワードさんをなんだと思っているのだろう。なければ作る。電車も?
ちなみにこの一週間の間にお風呂はお願いした。出世払いと、アダムス家の家事手伝いで支払中だけど、大きいモノだし、アダムス金物店はいそがしいので、完成までもう少しかかりそうだ。
「じゃあどうやって品物を運ぶの?」
「まあ、だいたいは馬車だな。地域によってはロバとか」
話を戻すと、フィンが道の先を指さした。確かに馬が荷物を引いている。ファンタジー小説みたいだ。
「まずはカーテンだな。こっち」
フィンにくっついて行くと、リネン類が山のように積まれたお店があった。
「かっ、かわいい!」
そこには、よだれが出そうな程かわいらしい布がこれでもかと積まれていた。
山はいくつかあって、タータンチェック、無地、ストライプ、水玉に幾何学模様。チェックでも線の太さや数、そして色も何種類もある。
「いらっしゃい、フィン。あら? あなた」
「こんにちは。この子、ジェシカの親戚なんだよ」
私が布に目を奪われている間に、フィンはお店のおばちゃんに軽く説明をしている。異世界から来たのかもしれないことは言わないようにとフィンから言われているので、私は笑顔で会釈だけしておく。
「そうなのかい。ケリーさんのお店をねえ。カーテンにはこのチェックだったね」
おばちゃんがひょいと取り出したのは、白地に青と赤の線が入った大柄なタータンチェックだった。触らせてもらうと、見かけより薄いのに全然透けない。
「素敵な布ですね」
同じモノにしようか悩む。そのときふと違う布が目に入った。
「これ、かわいいですね」
ピンクのシンプルなストライプだった。白地に細いピンクの線が引かれている。
「それも清潔感があっていいわ。でもカーテンとしては薄いわね」
「じゃあ、こちらを重ねたらどうでしょう」
別の山から布を出す。濃い無地の灰色だけど、裾に大ぶりなレースのような模様が入っている。
「あら、いいわね。カーテンを閉めたときに下からレースが見えてもかわいいし、まとめたときにレースを舌から見せてもかわいいわ」
「素敵です!」
フィンがサイズを言うと、おばちゃんがサクサクと切ってくれた。切れ端はノリで処理してくれたので、あっという間にできあがる。
「さっきのチェックは、テーブルクロスにしたいなあ」
「じゃあ、テーブルが用意できたらまた買いに来よう」
おばちゃんにお礼を言って店を出る。その後は掃除用具のお店や洗剤のお店を回って、必要なモノを買い集めた。
「大荷物になっちゃった」
「うちの分も買ったからな」
掃除道具は銀枝亭で使う分だけでなく、アダムス家で必要な掃除道具も買っている。それらを買ってくる代わりに、銀枝亭で使う掃除道具代もデイジーさんからもらったのだ。
来たときと同じように、二人で歩いていると足下にぽたりと水が落ちた。
「あ、雨」
「急ごう」
荷物が多くて、なかなか走れない。それに帰りは上り坂になっているので急ぐのは結構大変だった。
それでもできるだけ早足で銀枝亭へと戻る。
あともう少しでお店、というところでフィンが立ち止まった。
「どしたの」
「店の前に誰かいる」
視線を追うと銀枝亭の軒下に子供がうずくまっていた。
「知ってる子?」
「知らない。でも、たぶん」
言いかけるフィンを置いて、子供に近づく。
「ねえ、なにしてるの」
「――っ」
顔を上げた子供は汚かった。顔は黒くて、服から飛び出した手足は棒きれのよう。髪もべとついている。
「ここの人?」
子供がかすれた声で言う。
「ええ。私はこの店の店主。あなたは、そこでなにをしているの?」
「ご、ごめんなさい」
子供はふらふらと立ち上がって、よろけながら町の方へと歩いて行く。
首をかしげていると、追いついたフィンが耳元でささやいた。
「あれは、スラムの子だ」
「スラム?」
そういうの、あるんだ。私は店の扉を開けて、持っていた荷物を放り込む。そして子供を追いかけた。
よたよた歩く子供はすぐそこにいたので、腕を掴んで声をかける。子供は目を丸くして振り向いた。
「あなた、行く先はあるの?」
「えっと、ない。ない、けど。どこか軒下に」
「学校とか行ってる? 仕事は?」
「な、ない」
子供は、おびえたように首を振る。
「あらそう。じゃあ、うちに来なさい」
「え」
「はあ?」
子供が目を丸くし、追いかけてきたフィンが声を上げた。
「何を考えているんだ! 自分の世話すら出来ないのに」
「世話する相手が出来たら、私もしっかりするかも?」
「犬猫じゃないんだぞ!」
フィンはとても怒っているらしい。初めて見る剣幕だけど、私も引くわけにはいかない。
「だって他人事じゃないもの。私だってフィンが見つけてくれなかったら、こうなっていたかもしれない」
そう言うと、フィンは困った顔になってしまった。きれいな顔が歪んでしまって申し訳ないけど、引けない。
「どちらにしろ、店をやるなら人手がいるわ。この子を綺麗に洗って、手伝ってもらえばいいじゃない」
子供を見ると、目をきょどきょどさせて私とフィンを見比べている。フィンはわざとらしく、大きくため息を吐いた。
「はいはい、わかりましたよ。きみを拾っちまったのが運の尽きだ。まったく。ちゃんと世話するんだよ」
「はーい。じゃあ、おいで」
銀枝亭に戻り、買ってきたぞうきんを絞って子供の顔を拭く。その間にフィンがカーテンを取り付けてくれた。
「俺はその子を洗ってくるから、きみは掃除用具を俺の家に届けてくれ。ついでに昼ごはんももらってきて」
「私が洗うよ?」
「あのね、子供とは言え男だぞ。それをジェシカにそっくりなきみと二人きりにするわけいかないだろ」
「あー、そう」
キリッと言い切るフィンに気圧されて、私は店を出る。
(心配しているのは私ではなくジェシカに似た顔っていうのがもうね)
なんかもう、フィンのためにはジェシカ本人が自分で店を再開した方がイイ気がしてきた。それができないから、こうなっているのだろうけど。
アダムス金物店でデイジーさんに事情を説明すると、すぐに昼ごはんを持ってきてくれた。
「まったく。二人ともしょうがないのねえ」
そう笑って渡してくれたお弁当箱は三つ。きっとお腹を空かせているだろうからと、デイジーさんは笑顔で見送ってくれた。デイジーさんのものであろうお弁当箱は、他の二つと併せてずっしり重く、そして温かい。
店に戻っても誰もいなかったので、二階に上がる。
「戻ったよー」
声をかけながらリビングに向かうと、ぶかぶかのシャツを着せられた子供が、所在なさげに立っていた。フィンは台所で水をくんでいる。
「きれいになったわね」
「そりゃあ、こすったからな」
たしかに、子供はそこかしこ赤くなっていた。けど汚さはほとんどない。
「ねえ、きみ、名前は?」
子供をダイニングテーブルにつかせて、弁当を渡しつつ聞く。子供はちょっと口ごもってから
「カイ。カイ・フィリップス」
と、名乗った。
「ふうん。カイね。私はアリス・ケリー。そっちはフィン・アダムス。私たち、今定食店の準備をしてるから手伝ってよ。ちゃんとお給料は出すから」
子供、カイは困ったように固まってしまった。
「アリス、一気に話しすぎだ。困っているだろう。とりあえず、食事だ。腹を空かせたままじゃダメだ」
「それ、ジェシカが言ってたの?」
「他に誰が言うんだ」
ぶれないフィンの返事に、思わず吹き出した。
カイはやはりおなかが空いていたようで、渡したお弁当を一気に食べてしまった。
「あの、ありがとう。ございます」
「あのね、食べ終わったら『ごちそうさまでした』って言って」
「ごちそうさまでした」
「よろしい」
三人分の弁当箱を回収すると、フィンが洗い物をかってでてくれた。
「きみは、その子にいろいろ聞きたいんだろう」
「うん。ありがと」
カイをリビングのソファに座らせて並んで座る。
「カイは何歳?」
「わかんない。たぶん十くらい」
「フィンー、レギスタは何歳から働かせていいのー?」
「決まってないー」
「じゃあ問題ないわね」
その後あれこれ聞いた結果、カイは気づいたときにはスラム暮らしだったらしい。名前は同じくスラム暮らしだった大人たちがつけてくれた。時々日雇いで荷物運びをしたり、ちょっとした手伝いをして小銭を稼いでいたと。そういうのが無いときは、雑草やら川で釣った魚で飢えをしのいでいたということだ。
「文字の読み書きは?」
「できない」
「じゃあ、私と一緒にフィンに教わりましょう」
「それ、俺に相談して決めてくれないかなあ」
苦笑しながらフィンがお茶を持ってやってきた。
「いいんだけどね。一人も二人も変わらない」
首をかしげるカイに、お茶を勧める。
「私も読み書きできなくてフィンに教わっているのよ」
「え、それは、なん、で?」
「たぶん、ウチュウジンだから?」
「子供に適当言うんじゃない。ウチュウジンってなんだい?」
あきれた顔のフィンにたしなめられる。そして、彼女は別のところから来た人だから、と説明する。
「この家のゲストルームを掃除しましょう。カイはそこで寝泊まりしたらいいわ」
「そうだな。さすがにケリー夫妻の部屋は広すぎる。じゃあ俺は部屋の用意をするから、アリスはその子に家の案内と、やってほしいことを教えておいて」
「はーい」
フィンはお茶を飲み干すと行ってしまった。私も立ち上がり、カイに家の中を案内する。
けど、カイにやってほしいことかー。なんだろうな?
「あ、掃除。掃除覚えて。私、苦手だから。あとお店が始まったら配膳もしてほしい」
「わ、わかりました! えっとアリス、さん? アリス、お姉さん?」
上目遣いでカイが言う。綺麗に洗われた彼の髪は焦げたような茶色で、瞳も同じく焦げ茶色。窓から差し込んだ光で、カイの瞳がキラリと光る。
「なんでもいいわ」
「じゃあ、姐さん。ありがとう。がんばります」
「うん。よろしく」
こうして、拾った子供はうちの子になった。
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