死亡したら異世界で食堂を任されました
水谷なっぱ
序章:ある日突然の死亡からのイセカイ
ひかれて、意識がぶっ飛んで、そして
その日も、朝から彼らは好き放題に言っていた。
「ママー、あたしのリボン知らない?」
「洗面所探して!」
「ママー、コーヒーに砂糖入ってないけど」
「机の上にシュガーポットあるでしょ!」
私、
「なんで? できる人がやればいいんじゃない?」
「ママはしっかりしてるから、ついねー」
なんて言われておしまいだ。十六歳児と四十九歳児が同じようなことを言うの、ほんとにむかつくわね。こいつら私が死んだらどうする気なのかしら。どっちの育て方も間違えたわ。
そんな甘ったれ二人をなんとか家から送り出し、というか叩き出し、すぐに自分も家を出る。
今日も朝ごはんを食べ損ねてしまった。悔しい。お腹空いた。昨晩の残りの味噌汁を飲んできたかったのに。新じゃがで作ったおいしい味噌汁だったのに。
彩世からは、
「えージャガイモ? 婆くさくない?」
智からは、
「なんかもそもそするなあ」
などと不評で残されたけど、ほくほくした、優しい味だったのだ。もっとも、二人が私の料理を褒めることなどないのだけれど。
いけない、またイライラしてきた。空腹と苛立ちを誤魔化すべく、今日の予定を考える。午後に打ち合わせが二件あるので、朝のうちに細かい作業の洗い出しとメールの確認を先にやって、あとは、
「ゴミの日!」
途中でゴミの出し忘れに気づいて家に戻る。うっかり夫に頼むのを忘れたゴミ袋が玄関に置きっぱなしだ。
「ていうか、玄関にあるんだから持って行きなさいよ」
ひとりごちるも、本人に伝える元気はない。以前、
「だって、ゴミの日かわかんなかったし」
などとふざけたことを言われている。うちのマンションは二十四時間ゴミ出し可なんですけどね!
あー腹立つ。舌打ちを堪えて、ゴミを回収してマンションの収集所に突っ込み、再び駅へと向かった。
なんだかなー。電車に揺られながら、ぼんやりと窓の外を眺める。窓には高層ビルとサラリーマン、そしてやつれた私の顔が映っている。あーあー、ひっどい顔。そりゃね、四十も過ぎれば老けるのは当たり前かもしれないけど、それにしてもね。
あー疲れた。口から漏れるのはため息と不平不満、そればかり。嫌になっちゃう。
会社について栄養ドリンクを流し込み、デスクに向かう。ノートパソコンを開くと少し頭がすっきりした。
少なくともここには私をママと呼んで便利に使おうとする人はいない。家族のことを、そう思ってしまうことが、むなしかった。
夜、家に帰りたくなくて、つい遅くまで残業をしてしまった。夫と娘から届いている山ほどのメッセージは見ていない。どうせろくでもない内容だ。
会社を出た途端にため息が漏れた。帰ったらきっと夕ごはんを急かされるのだろう。それくらい、自分たちで用意すればいいのに。
夫と娘は、最低限のマナーとしていただきますとごちそうさまは言うけれど、それだけだ。おいしいともなんとも言われない。当然感謝もされなければ、食べた後の皿を片付けることすら、ろくにやらない。
おかしいな。私、料理するのが好きだったはずなのに。最近はちっとも楽しくなくて、台所に立つのが嫌になっている。悲しい。すごく、悲しい。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていたから、赤信号に気づかなかった。気づいたときにはまばゆい光とけたたましい音に包まれていて、強い衝撃と共に意識が途絶えた。
「はーい、おはようございまーす」
次に目が覚めたときには、なにもない、真っ白な空間だった。目の前にはきれいな女の子が立っている。
「初めまして、アヤカ。死んじゃったあなたに、女神であるわたしの体を貸してあげますね」
そう言って、女の子は微笑んだ。
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