違うこと、違わないこと
「というわけで、メニューを決めたいと思います」
例によってカウンターの上に、私は紙を広げた。けど、向かいに座るフィンとカイは首をかしげている。
「メニュー?」
「姐さん、メニューって、なに? です?」
「え? メニュー、ないの?」
メニューとは。事前に提供するモノを決めておいて、それを紙に書いて掲示したり、各テーブルに置いておいたりするのだと、二人に説明する。そしてその中から、お客さんに食べたいものを選んでもらうのだと。
「いいね、それ」
フィンが頷いて、カイが感心したような顔になる。
「お客さんが食べたいものを選べるんですね」
「こっちも出すものを決めておけるから準備に手間取らない。きみ、頭いいんだな」
「ほんとにメニューがないんだねえ」
「ないねえ。聞いたことないよ」
そっか。そうなのかー。ロケーション・ギャップ?
説明がてら、こんな感じかなと、それっぽいものを書いてみる。サラダと、スープと、デイジーさんがよく作ってくれるサンドイッチや、焼いた肉なんかも。
「でも、あんまり種類が多いと大変だから、スープとサラダは固定にしましょうか」
「そうだね。ドレッシングを選べるといいかも」
「さすがフィン」
「ジェシカが持ってきてくれるサラダが最高でね」
「はいはい」
スープ、サラダ、それにパン。メインは魚か肉。デザートはいるだろうか? そのあたりはデイジーさんや、木材加工所のマチルダさんに聞いた方がいいかもしれない。サンドイッチの場合はサンドイッチとスープでセットだろうか。
そういえば、デイジーさんが出してくれる肉や魚を、私は特に気にもせずいただいていたけれど、あれはなんの肉で、なんという魚なんだろう。それに買ってくるのも、どこから?
「仕入れなら、牧場に相談に行けばいいよ。です」
カイが言う。
「お城の東側、湖と農業区域の間が牧場になってるんだ。出すものを決めたら一緒に相談に行きましょう。湖で魚も捕ってるから、たぶん一緒に相談できるよ」
「ケリー夫妻が仕入れをしていた、贔屓の牧場があったから、そこが話が早いと思う。きみは家でその人たちの名前を確認しておいて」
「わかりました」
そこで二人とはいったん役割分担でお別れである。私はメニューの検討。フィンはカイに接客の仕方や、会計を教えている。その後、二人はテーブルに使うクロスや、食器なんかを買いにいってくれた。
私の方はメニューをざっくり決めたら、デイジーさんとマチルダさんに相談である。
翌日、フィンやカイと共にケニールの町で食材の買い出しをして、試作に励む。
試作はけっこう大変だった。というのは久しぶりの料理に、精霊たちが大はしゃぎだったのだ。
「火! 強い! もうちょっと弱火で!」
「ぼんぼん、もやさない?」
「ちょろちょろ、くらいでお願い」
ほかの精霊もそんな感じで、氷の精霊には食材を冷やしすぎないように、風の精霊には、強く吹き込まないようにと、あちらこちらで指示を出す。
そして困ったのが調味料だった。なにしろ、この世界には塩とこしょう、そして砂糖と酒くらいしかない。
「醤油が、ない!」
むーりー。醤油と味噌と米がないと無理!
しかし、ないものはない。各所に聞き込みをして、果実酢があることはわかった。なので、果実酢と油、塩を混ぜてドレッシングができたし、マヨネーズもなかったけど、鶏的な卵はあったので、油と果実酢、塩を混ぜて、それっぽいものができた。
「へえ、おいしい。マヨネーズ? 野菜と合うね」
「こんなどろっとしたドレッシング初めて見た。あ、そもそもドレッシング自体初めてです。おいしい!」
フィンとカイはなにを出してもおいしいおいしいと食べてくれる。それが嬉しくて、たまに涙が出そうになった。
「けどなー、醤油ほしいなあ」
「ないものはないし、なくても僕らは困っていない」
フィンが肩をすくめる。まあ、そうなんですけど。元からないのだから、求める人などいない。
だからって諦めることはできない。まだまだ、調べていこう。
「出すものはこんな感じかな」
結局、最初に決めたものとほぼかわらない内容になった。そもそも人数がいないから品数は増やせないし、まずはシンプルで基本的なものを、という方針だ。
「メニュー表? は、これでいい?」
私がざっくり書いたメニュー表を、フィンがきれいに清書してくれた。字がきれいでありがたい。それっぽい絵まで入っている。
「最初にきみが描いていただろ」
「描いたけど」
こどもの落書きみたいな絵をね。それが器用なフィンのおかげで、ちゃんとしたメニューができあがった。
「机の数分と、壁に貼る大きいもの。あともらってきた黒板にも書いておいたから」
黒板は店の外に立てかける用らしい。私が厨房で試行錯誤しているうちに、店がちゃんとしている。
少し前に搬入された机と椅子はきれいに並んでテーブルクロスがかけられている。食器は棚に並び、カウンターの隅にはお会計用の領収書がおかれて、その下の引き出しにはお釣り用の小銭が用意されていた。
「じゃあ、明日は牧場に行こう」
そう言って、フィンは自分の家に、私とカイは二階に帰る。
「楽しいですね」
「うん。すっごい楽しい」
カイの言葉に頷く。とても、楽しい。もう少しで、店を開けるのだ。
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