朝と昼と夜と
その後も昼ごはんの時間帯はそれなりに盛況だった。
問題は夜だ。夜の時間帯のお客さんがじわじわと減っている。
「なんでかなー」
基本的に昼も夜も同じメニューである。それがダメなのか?
「フィンはどう思う?」
その日の収入を金庫にしまうフィンに声をかける。
「そうだねえ。夜はエールを飲みたいんじゃないかな」
「えーる?」
なんでしょうかね。
「麦酒だよ」
「ああ、なるほど」
自分が元々飲まないから気づかなかった。エールビール、だっけ。
「それ、仕入れられる?」
「もちろん。町の外れに醸造所がある。近いうちに行ってこよう」
私も行きたかったけど、仕込みがるのでフィンとカイに任せることにした。その間にエールに合うつまみなんかを考えておこう。
「とりあえず何種類か頼んできたよ」
「エールって種類があるのん?」
私の返事にフィンは笑顔で頷いた。そこからフィンのエール講座が始まる。
「いいかい。まずビールには二種類ある。エールビールとラガービールだ。わかりやすく言うとエールはしっとりこっくり、ラガーはさっぱりすっきりだよ」
あー、あれだ。ラガービールはサラリーマンが仕事終わりにプハーッってしてるやつだ。
「地域によって好みが違ってね。レギスタではラガーとわりとさっぱりしたエールが好まれるんだよ。北のアルラウドや西のコナハトではエール、南のマグメルではラガーが人気だってさ」
「なにが違うの?」
「その地域で食べられる食材や味付けの差だね。ラガーはさっぱりした塩系の味と合うから、漁業が盛んなマグメルや、温暖で塩味が多いレギスタで人気なんだ。ってジェシカが言ってた」
そうなんだ。じゃあおつまみもさっぱりしたものがいいのかな。ていうか、やっぱりジェシカ情報なのね。もはや私は突っ込まない。
「エドワードさんはエールと一緒に何を食べるの?」
「親父は干物とかフィッシュアンドチップとか。あとはサラダとちょっとした炒め物のときもある」
「なんでもいいの?」
「たぶん、ちょっと味が濃いといいと思う」
なるほど。それから私はしばらく考えることにした。今あるもので、ちょっとしょっぱくて、ちょっとつまめるもの。いわゆる居酒屋メニュー。
「そうだ、アンが送ってくれた試作品」
冷蔵庫からハムやソーセージを出してきて並べる。ハムはチーズを巻いて爪楊枝で止める。ソーセージは四等分にして卵と炒める。あ、ハムとチーズはフライにもしてみよう。ソーセージはポテサラにしてもいいのでは?
なんて考えつつあれこれ作る。作ったものは昼ごはん代わりにフィンとカイに試食してもらおう。
「と、いうわけで作りました」
「おいしい!」
「うんうん」
二人はもしゃもしゃと食べている。味は大丈夫そうだ。
「おいしいけど、今までのメニューにこれを足すのは大変だから、やっぱり夜はがらっと変えちゃおうか」
「そうねえ。サンドイッチとかは夜は出ないものね」
代わりになにか食事的な……飲み会の締めと言えばラーメンだけど、エールとあうのかはわからない。そもそもこの世界で麺類を見ていない。西洋っぽさあるしパスタ? じゃあスープパスタとかリゾットとかかなあ。
「あ、じゃあ残った野菜やキノコでリゾットを作りましょうか」
「いいねえ。エールの種類で選べるようにできるかな」
「やってみます」
かくして夜メニューを考えた。サラダにポテサラとシーザーサラダ。肉系のつまみとしてハムとチーズの盛り合わせ。これはアンに頼んだらそれぞれ何種類か卸してくれた。あとはソーセージやハムチーズに白身魚のフライ。魚の種類はわからなかったけど、エドワードさんがいつも食べててケニールではメジャーな魚だと言うから良しとする。
でもって締めにスープパスタとリゾット。これはクリームスープとトマトスープを用意しておいて注文を受けたらパスタかライスを入れることにした。
ちなみにこの米は私の知っている米と違った。いわゆるタイ米で、細長い米だ。粘り気が少ないのでリゾットにしてもさらっと食べられて締めにはぴったりだと思う。
「うんうん、いいねえ。ポテサラは昼に出してもいいし、昼ならサンドイッチに挟んでもいい。追加で必要な食材が少ないのがすごくいい」
フィンは食材の一覧を確認しつつ頷いている。パスタとライスは追加で用意したけど、この二つも昼に出したっていいのだ。
「そうですね。パンだと物足りないお客さんもいましたし、メインの肉にパンかパスタかを選べると嬉しいです」
カイが試食のパスタをすすりながら言う。
「ライスはサラダかスープに足してもいいし」
「お米を? サラダに?」
「知らない? この辺りだとよくある食べ方なんだよ」
じゃあ今度母さんに頼んで作ってもらうよ、とフィンはメモを残した。
「よし、来週からこれでいってみようか。今日は二人も疲れただろうから、食べ終えたらおしまい」
「はーい」
「片付けしてきますね」
カイが立ち上がり、ちょっとふらついた。
「私がやるよ」
「大丈夫です。椅子に引っかかっちゃっただけなんで」
首を振ってカイは皿を集める。違和感を覚えてフィンを見ると彼の目の下も黒かった。
(あ、やばいヤツだ)
しかし私が声をかける前にフィンは、
「お先に」
と店を出て行ってしまった。
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