第3話 航の恋

 麻耶と兄の航(わたる)は2歳違いだ。

誕生月は同じで兄の航は数年に一度誕生日会を開催するが、麻耶はしない。

母子家庭という経済的な問題では無く、自分の友達を航に会わせたくないだけだった。

年が近いことも有り、航はよく麻耶を遊びに連れて行っていた。

妹思いでいつも気に掛けて、どんな時も麻耶のペースに合わせてくれていた。

航のわんぱくな友人もそれに合わせてくれるのは、誰が見ても可愛いと思える麻耶の容姿も関係あることは間違いない。

成長し、可愛いから可憐という表現に変わった麻耶に声をかける男子は多かったが、麻耶は誰とも付き合う気は無かった。

父親を亡くし、兄に父性を求めていたのかもしれないが、兄の航といる時こそ一番安心感を得られるからだ。

それでもいつか、兄よりも興味を引く男性が現れて恋に落ちて行くことを夢見ている自分もいた。

そんな日常が変わったのは麻耶が中学3年生、兄が高校2年生になった頃だった。

「航兄い、何してるの」

「うん?ああ、由美がBACK NUMBER良いって言うからこいつに落としていたんだ」

そう言って黒色のWALKMANを麻耶に見せる。

「由美って、航兄い彼女出来たんだ」

内心、穏やかでいられない自分を悟られまいと努めて平静を装う麻耶。

「あ、しまった。お袋にはまだ内緒な」

「へえ~、いつ頃から付き合っているの」

航に彼女が出来たことに全く気付かなかった事が何か悔しかった。

「中学の後輩でさ、部のマネージャーになってくれて色々話している内に何か良いなって」

照れている様子がお互いに好意を持っていることを語っている。

「今度紹介してよ」

嫉妬の様な気持ちは全く無く、単に妹としての興味から言葉にした麻耶だった。

「そのうちにな」

「どんな娘、可愛い感じ?」

「部員だけじゃ無く、校内でも高倍率。美人タイプだな」

自慢げに言う航。

「美人なんだ」

「まだ高一だからこれからってとこだけどね、それに周囲の目を引く素養は十二分に有る」

県内でもトップの進学校に通うのだから、聡明な女性でもあるのは間違いないのだろう。

「航兄いにそこまで言わせる人、早く会いたいな」

邪な心など微塵もなく素直にそう言える自分に、兄からの卒業を実感させた。

「だからそのうちにな」

曖昧な返事をするのは、航自身が由美にとって特別な異性になっている自信がまだ無いのかもしれない。

二年生でサッカー部の司令塔を任される程有能で信頼もされており、背も高く通り過ぎる女子が振り返るルックスである航とはお似合いのカップルに違いないと麻耶は想像していた。

少し寂しい気持ちがあることは否めなかったが、由美という女性に会うのを楽しみにしている気持ちに偽りはなかった。

航の中学の後輩と言うことは麻耶の先輩でもあるのだが、由美という美人タイプの人っていたかなと思い返してみたがそれらしい人は思い当たらない。

明日にでも友人の美穗に聞いてみようなどと考えていた。

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