第13話 悪意再び

 翌日、麻耶が教室に入ると妹尾威はすでに席にいた。

数人の女子に何か話しかけられていたが、麻耶が近づくと離れていった。

「おはよう」

威が麻耶に挨拶をする。

教室でその言葉を掛けられるのは何ヶ月ぶりだろうか。

ただの挨拶がこれほど体に染み入るものなのかと不思議な感覚で、心臓の鼓動が威に聞こえるのでは無いかと思う程昂揚した事を悟られまいと

「おはよう」

と返すとすぐに顔を校庭に向ける。

風に揺らぐ木々のリズムが麻耶の心を落ち着かせる。

そのタイミングで威から

「一限目現国だよね、僕の教科書昨年のだから今年の教科書と同じか確認させてくれないか」

と言われ、ああと昨日の担任の話を思い出し教科書を出す。

お互いの教科書をめくりながら確認して行く。

内容は殆ど変わらないが文章が微妙に違うところがある。

「問題は無いとは思うけど、僕の教材が揃うまで一緒に見させてくれる?」

「構わないわ。けど現国に関して言えば教科書は不要かもね」

何ヶ月ぶりかの教室での会話。

それも気になる威と言う男子であるため再び昂揚してくる。

顔が赤らんでいても構わないと威に顔を向ける麻耶。

麻耶の少しはにかんだような笑みに捕らわれ、少し間を置き

「どうして?」

と尋ねる威。

「現国の山田先生、黒板に向かって書いているか持論の解釈を熱弁するタイプだから」

そういえばそんな教師いたなと思い出す威。

「付いたあだ名が活動弁士だっけ」

「ふふふ」

今日はしばらく無かった事が良くある、それも心地良い事が。

誰かと話をして笑うことがどれ程心を和ませてくれるか、これほど実感した事は無かった。

その後、授業の合間の休憩時は威と教科書の確認をした。

この学校に登校してこんな時間を過ごすのは初めてかもしれない。

そう思っていたのだがその日の授業後、あの男が近づいてきた。

山本直樹だ。

「妹尾威君だっけ、柊さんと仲良くするのは辞めた方が良いと思うよ」

ちら、ちらっと麻耶を絡みつくような眼で見ながら言う。

山下小夜子から大体の話を聞いていた威は無視をするつもりだ。

麻耶の方を見ると小刻みに震えている。

それは恐怖からでは無く怒りであろう事はすぐに判った。

何かが威の中にこみ上げてくる。

「誰を友人にするかは僕自身が相手の事を知りながら判断することだ。僕は柊さんと友人になりたい」

威の言葉が麻耶の心に波紋を広げる。

震えは収まりからだが熱くなってくる。

「はあ、こっちは親切で言っているんだが」

山本の傲慢さは十分理解出来た威。

「県内でも高レベルな高校に来ているつもりだったが、ああ、知性と品性は相容れるものだと思っていたが、君を見ていると誤りだったようだな。文言としては相容れないの方がしっくりくる使い方か」

かっとなった山本がいきなり威の胸先を掴み掛かる。

その手を躱し、麻耶にぶつからないよう教室の前方へ腕を掴みながら押しやる。

振り返る山本の顔数センチ手前で手のひらを広げ

「愚かな言動、行動はお互い控えることにしないか」

と威が言うと、分が悪いと判断したのか山本はフンと鼻を鳴らし取り巻きのところに戻って行く。

「ありがとう、でも私に関わらない方が良いと思うわ」

「君と言うよりあの山本と関わりたくないのだけれど、多分ダメだな」

その一言で麻耶は威が誰かから自分の事を聞いたのだと理解した。

先程のような安堵の時間はもう無いのかなと心が沈む。

「ごめんなさい、あなたに迷惑を掛けるわ」

俯きながら声を絞り出す麻耶。

「構わない、無視すれば良いさ。周りから孤立しようが構わない。僕にも訳があってね、このクラスで友人を作る気など無かったから。ああ、君はもう友人だね」

覚悟していた言葉とは違い友人と再度言われ、麻耶は再びからだが熱くなるのを感じる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る