第14話 重なる想い

 友人と言った時の麻耶の反応にほんの少し罪悪感を感じる威。

地下鉄のホームで、復学した教室での麻耶とのあの感覚。

微妙に重なる何かを知ることが威の囚われているものをも認識出来ると思える。

自分の心を少しでも軽くしたいが為に麻耶に近づこうとしている、それ故の罪悪感か。

ただ山本には嫌悪感を抱いていた。

透けて見える山本の性根が下劣だと感じた。

そのような男に麻耶を触れさせたくないという思いが湧き上がっていた。

今日は何とかやり過ごせたが、山本は又何かを仕掛けて来るだろう。

暴力で来るのであれば間違うこと無く対処をすれば良い。

痛みにはもう慣れた、物理的な痛みなら。

実のところ”ヤンチャ”をしていた時期がありストリートファイトも苦手では無いが、事故前のように動けるようになるにはまだまだ時間を要する。

最もそのような対処をする程愚かでは無い。

それに山本もそこまで愚かでは無いだろう。

麻耶を貶めた様に陰湿な事を仕掛けて来るだろう。

山本達を排除する案はいくつかあるが、どこまでやるかだろうと考えていた。

そんな威の少々険しい表情に戸惑いながらも自分の置かれた現状を変えてくれる、とも思う麻耶。

「この後少し時間を頂けるかしら」

今持ちうる最大限の勇気を出して尋ねる麻耶。

その麻耶の眼差しは威の罪悪感を既視感に変える。

いつかの美樹のあの眼差し。

幼い威を守ると言ってくれた美樹のそれに重なる。

「良いけど、あいつらをあまり刺激しないよう○○図書館で待ち合わせをしよう。柊はすぐに向かった方が良い。僕はあいつらの様子を確認してから向かう」

ほんの少し間を置いて威が答える。

真っ直ぐに麻耶を見つめる威の顔が近くにある。

今、二人の中の何かが変わった事をお互いがその表情の中に見る。

その日は山本達が何かをしてくる様子は無かった。

図書館に着くと威は麻耶を探す。

窓の近くのテーブルで、姿勢良く本を読んでいる麻耶が一瞬美樹と重なる。

すぐに声を掛けられず麻耶を見ていた。

はっと、我に返り自問する。

自分が麻耶に関わるのは自分が救われたいが為なのか?

彼女は自分を救ってくれるのか?いや、こんな自分が彼女に助力する資格があるのか?

自己満足かあるいは欺瞞か、傲慢なのは自分自身か。

それなのに麻耶から目を逸らす事が出来ず見つめている。

顔を上げた麻耶が威を見つけ軽く会釈をする。

それが合図のように向かい合った席に座る威。

「ここ、目立つから場所変えましょう」

そう言うと麻耶は海外文学の作者母国語版がある棚の方に来る。

「ここあまり人が来ないの、椅子もあるし小声で話せば気付かれないわ」

確かに入り口からも受付からも死角になっており人もいない。

椅子と言うより上方の蔵書を取るための足場のようだが。

「ちょっと待って」

と言うとハンカチを敷くのはちょっとキザだなとも思い、その足場をポケットティッシュで拭く威。

それに麻耶を座らせ自分は少し離れた棚から足場を持ってくる。

「あまり人がいないからこれ持ってきても良いかな」

独り言のように呟き麻耶の隣に並べて座る。

少し大きめに息を吸い、ふうと吐き出すと麻耶が

「今日はありがとう。…私のこと、誰からか聞いたでしょ」

「噂話をね、それが全てとも事実とも思っていない。本当のことは君の中にしか無いから」

ああ、思った通りの人だと麻耶は感じた。

そう思いたいだけかもしれないとも認識していたが威に問いかけてみる。

「私から話そうか?」

「いや、山本の態度を見れば想像付く。それに君が抱えているものはそれじゃ無いだろ」

やはりこの人は…言葉にすれば少しは自分が楽に……

麻耶の機微を察したのか

「少し時間考える時間をくれないか。自分の気持ちに向き合えていない」

先程の自問に戻る威。

出した答えを麻耶に伝える

「初めて君と出会った時、自分と似た翳りを感じた。君のそれは家族を亡くした時に咎を負って苛まれている事じゃ無いか?…僕の事を少し話そう、君に余計なものを背負わせることになるが良いかい」

即答はせず威の眼を見つめしばらく間を置く麻耶。

麻耶が威に感じたシンパシーを知りたい気持ちはある。

しかし自分に受け止めることが出来るだろうか?

いや、互いに背負ってしまったものを分け合うことができるものならば…。

現状から抗う事を決意したのだから

「聞かせて下さい」

威に眼を真っ直ぐ向けたまま答える。

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