第2話 染み入る

 授業が終わると、麻耶は早々に帰宅した。

黒板横に掲示してある時間割を確認し、威も帰宅しようとしていたが女生徒から声を掛けられる。

「妹尾さん、柊さんと何か話していたよね」

会話と言える程言葉を交わしてはいないのだが。

黙ったままの威に

「柊さんが誰かに話しかけるなんて無かったから…ある事あって彼女、排他的になってしまって」

語尾がくぐもっている。

「ここではちょっと理由を話せないけど…少し時間を頂いても良いかしら」

断ることに不自然なことはないのだろうが、柊というあの少女の事が何故か気になる。

迷っている事に気づかれたのか

「図書室で待ってて下さい」

と言い残し、返事も聴かずに自分の席に戻ってしまう。

柊との合い言葉のような掛け合いに、お互いの何かが触れた感覚はあった。

それが何なのか気になっていた。

特に用事も無く、図書室に行くことにした。

教室を出ようとすると数人の女生徒に声を掛けられる。

威に興味を抱いた女生徒がアプローチを掛けて来たようだが、半ば無視をし振り切る。

初日でもあった為か、しつこく付き纏う女生徒はいなかった。

図書室に行くとまだあの女生徒は来ていない。

とりあえず雑誌でも見ていようかと棚を見るとクリニックマガジンが置いてある。

そういえば兄貴と美樹姉えが交互に購入し読んでいたなと、思わず手に取って悲しげに微笑する。

目立たない席に着きページもめくらず見つめ、記憶の中に有るシーンに寄りかかるよう眼をつむる。

どれくらいそうしていただのだろう。

妹尾さんと呼びかけられて眼を開く。

「突然なのに時間を頂いてすみません、山下小夜子と言います。お話したいのは柊さんのことなのですが…私バトン部に入っていて以前柊さんと一緒に活動していたの。なのにあの時、何も出来なかったから」

その後、柊麻耶について話し出す。

県内でもトップレベルの進学校とは思えない低レベルの話が語られる。

頭が良いだけに陰湿なものであったろうと、数時間のことだが柊麻耶を見ていて想像出来た。

「何とかしたいのだけど私には、私たちにはどうしたら良いか判らない。その資格も多分無いから」

小夜子はそれきり黙っている。

威は今日一日の教室での生徒の様子を思い浮かべる。

柊麻耶は自分たちが加担してしまったと言う罪悪感にさいなまれる存在となっているのだろう。

柊麻耶についてはそれだけではない違和感があった。

それは本人のみが知ることだろう。

不確かで不完全な情報からの判断はしかねる。

「僕には君に、君たちに資格が無いとは思わない。どうして良いか判らないとは言い訳にしか聞こえない。自分の気持ちを正直に伝えれば良いじゃ無いか?」

その後に続けたい言葉はあったが、今はそれだけしか言う事は出来無い。

山下小夜子が何を威に期待しているのか、何故威なのか尋ねるつもりもない。

自身の罪悪感を軽減したいだけのような感もある。

小夜子は涙目で席を立ち、図書室から出て行った。

「柊麻耶か」

声にしたことに戸惑う威。

威の中に柊麻耶という少女の何かが染み入る。

実感としてはまだ無いが地下鉄のホームで会ったあの時に、何かが動き始めていたのかもしれない。

ピンクのiPodをバッグから出すと、電源を入れることなくただ見つめる。

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