かわたれ星に乞う

キクジヤマト

第1話 地下鉄のホームにて

 桜も開花し、日差しも暖かさを増してきた3月中旬。

総合病院での定期検診を済ませ、威(たける)は医師からの説明を受けている。

「身体の方は問題ないね、リハビリも今日で終わりだね。長期間よく頑張ったね、何か気になる点はありますか?」

「特にありません」

「新学期からは学校にもどることが出来るでしょう。しかし以前のような運動が出来るようになるには少し時間はかかりますが焦らず、無理せず、何か異常を感じたら必ずすぐに診察を受けるように」

「お世話になりました、ありがとうございました」

診察室から出て会計窓口に向かう。

20分程待たされたが会計を済ませた威は最寄りの地下鉄駅に向かう。

ポケットからiPodを出し、RAD WIMPSの”最後の歌” を 選曲し再生ボタンを押す。

ワイヤレスイヤフォンから流れる歌を聴きながら地下鉄のホームに向かう。

今僕が生きているそれだけで幸せだと言うこと…の歌詞の所で目をつむり、片方だけポケットの中に入れた右手を強く握りしめる。

開いた眼に悲しみの影が揺らぐ。

片方の口角を少し上げ、笑ったようにも見えるが悲しみが張り付いて愁え感の方が強い。

階段を降りたところでいつもの乗車口のある方向へターンする。

途端、誰かとぶつかってしまった。


 図書館からの帰り道、地下鉄の車内でワイヤレスイヤフォンをしながら携帯端末を操作している若い男性をぼんやりと眺めていたが降車駅に近づき、WALKMANの選曲をBACK NUMBERの”思い出せなくなるその日まで”に変更してから降車した麻耶は改札口に向かって歩き出す。

涙でうるんだ眼を気付かれないよう下を向き、右手の曲げた人差し指で拭う。

階段に近づき顔を上げた途端、誰かとぶつかる。

「すみません」

「ごめんなさい」

互いに謝り、ぶつかった拍子に二人とも手に持っていた為落とした機器を拾う。

黒色のWALKMANを相手の女性に渡す威。

差し出されたWALKMANを受け取りながら自分の拾い上げたピンクのiPodを渡す麻耶(まや)。

拾った時に眼に入った表示で、少女が黒色のWALKMANでBACK NUMBERを聞いている事と、少女の纏う雰囲気が威の何かに触れた様な気がした。

少女の顔を少しだけ見つめ、もう一度謝り歩き出し乗車口に向かう。


 改札口に向かい歩き始めたが、少年の見た目の印象とはそぐわないピンクのiPodでRAD WIMPSを聞いていた彼の、一瞬見せた表情を思い返し振り返る麻耶。

その彼の後ろ姿が乗降客で少し混み合った風景に消えて行く。

鏡に写る自分を見たような、それでいて乾ききった心に一滴のしずくを注いでくれそうな混沌とした感情に戸惑いを覚え視線をしばらく戻せずにいたが、ふうっとため息をつき又階段に向かい歩き出す。


 新学期が始まり、気の向かないまま登校した麻耶。

朝礼が始まる時刻だが机に顔を預けるようにし、窓際の席から校庭にある花の散りかけた桜を見ていた。

担任の山井が教室に入ってくる。

生徒達は立ち上がり朝の挨拶をして着席する。

一番後ろの席で、麻耶は視線を校庭から離さずにいた。

他の生徒は少しざわつき始めているが気にもとめず、感情を無くしたように校庭から視線を離さない。

整った顔立ちだが、蔭のある印象の少年が立っている。

担任の山井が話し出す。

「今日からこのクラスで共に学ぶ生徒を紹介します。妹尾さん、自己紹介を」

「妹尾威です」

しばらく間を置いても何も話さない威をフォローするように山井が

「妹尾さんは事故で長期入院の為、休学していて今学期より復学することとなりました。

年齢は皆さんより一つ上となりますが早く馴染めるよう協力するように。席は柊さんの隣が空いていたな。ああ、柊さん」

名前を呼ばれ顔を上げ、山井の方に目を向けると先日の少年があの時と同じ表情で麻耶を見つめていた。

「彼女の隣が君の席になる。教科書等間に合わなかった教材なんかは届くまで彼女と共有して下さい」

昨年のものが有り、それほど変わってはいないだろうから特に問題は感じないが。

それよりも柊という女子の、あの時と同じ雰囲気がやはり威の何かに触れる。

席に着くまでの威を男子生徒とは違う興味で女子生徒の視線が追う。

それらとは又違った思いで麻耶は威を見つめていた。

威が席に座ると、何も無かったかのように視線を校庭に向ける麻耶。

しかし先程とは異なり、何も見ていない。

授業が始まると目線は前を向くが威の醸し出す雰囲気が気になり授業内容は頭に入って来ない。

ふと威の方に視線を向けると授業内容を丁寧にノートに取っている威が麻耶に顔を向ける。

「黒色のWALKMAN」

一言呟くと再びノートに視線は戻る。

「ピンクのiPod」

合い言葉かのように呟き返す麻耶。

手を止めること無く授業内容をノートに書き続ける威。

その後は麻耶も授業に集中する。

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