⑫ 霞染の朝








 随分と霧の濃い朝だったような気がする。


 本当なら記憶の片隅に追いやられて、忘れてしまう日常の一コマだったのかもしれない。


 だけれど私は出会ってしまった。

 だけれど私は後悔なぞしていない。


 一昔前に煩く喚き立てて、私をあそこから追い立てたあの者達なら『不吉だ』とか何とか言いながら、“それ”を殺してしまったかもしれない。


 ああ、だからか。

 少し。私に似ているな。なんて失礼な事を微かに思ったのだ。


 私は“それ”に烏滸がましくも名前を付けた。

 我ながら良い響きだと思う。


 あの者達が私を羨ましく思えばいいなんて少し思った。

 追い立てた者が功績を残したのだ、と。

 あわよくば殺してしまおうとした者が、と。


 “それ”はあまりに私には大きなもので。

 あまりに大きく、持て余してしまうようなもので。


 いずれ“それ”が私の手元から飛び立つ時。

 私は酷く安堵を覚えるのだろう。


「おかあさま、ボクはどういきればよろしいのですか?」


「御前は御前の思う様に生きれば良いのだ」


 私のように、ならないよう。

 必死に自分の為に生きると良いさ。


 もしあの者達のように“それ”を殺そうという概念が生まれてしまったら、私がその概念を殺してしまおう。

 もし私の元から“それ”が飛び立つ時には、“それ”が戻って来ないように呪いをかけてしまおう。


「さあ、そろそろ眠る時間だ」


 この灯りの無い静かな夜にいつか“御前”が光を灯す、その時まで。


 私は“御前”を守っていこうと誓った。




END

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