➇ 意図せぬ束縛
「おはよう、紅茶にする? 珈琲にする?」
目が覚めて聞こえた声に私は舌打ちをした。
窓を見遣れば、広がる草原に目眩がした。
「白湯でいい……」
「珈琲ね! 分かったわ」
人の話を聞け、クソアマ。
そう毒突いてみても、漂ってきた珈琲の香りを嗅いでしまえば、脳はもうそれを飲む事を決定してしまうのだけれど。
外はむさ苦しいぐらいに晴天だ。
キッチンからは、珈琲の他に食べ物の匂いもする。外で食べようだなんて言うに決まって――
「今日は天気も良いし外で食べようね」
ほら、見たことか。
私が嫌そうな顔をするのもお見通しだ。
そしてそれを華麗に無視するまでが一連の流れだ。嗚呼、うんざりする。
「文句垂れても結局付き合ってくれるものね」
「付き合わないと絶妙に下手な嘘泣きを披露するだろう」
「何 か 言 っ た ?」
「……別に」
なら良いわ、とわざとらしい笑みを浮かべた彼女は、未だにベッドから降りない私の元へやって来て布団を捲った。
布団の下には本来あるはずの足が膝辺りまでしか無い。
彼女は慣れた手つきでベッドの脇から義足を取り出すと、それを私の膝へ取り付けた。
取れないかどうかを確認して、更に長めの靴下で義足を隠せば、そこにはもう何の違和感もなく、“足”が存在していた。
「毎度飽きないな」
「飽きる理由が無いわ」
なんて事のないように言う彼女は、ピッ、と湯が沸いた音に立ち上がってキッチンへ向かっていった。私は溜息を零してから、やっとこさベッドから降りる。
草原の中。
ぽつんと建つ一軒家には、義足の男とそれを支える事が苦にもならない女が暮らしているらしい、と。
二つ山を越えた先の街で噂になっているなど、私は一生涯知る事はなかったのだった。
END
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