➆ 似た者同士
「人間みんなまともじゃない」
突然そう言った親友に俺は目を閉じた。
そうして額に手を当てて口の中で呟く。
“また何かが始まった”
親友は昔からそうだ。
本を読んでいても、食事をしていても、ラジオを聞いていても、唐突に顔を上げて言葉を零す。
それは世間話をしていても、話の途中でも変わらない。
最初こそ戸惑い、一体何の事だと聞いたが、丁度隣に居た親友の恋人に放っておけと言われたので、それからは話半分に聞くことにしている。
「生まれた瞬間から人を殺したいと願う赤子が居るか? 否、居る訳が無い。居たとしてそれを叶える事が出来るか、否、出来ない」
何の話だ、と突っ込みたくなるのを抑えて俺は昼食のパスタを口を運ぶ。
うん、美味い。冷凍食品を温めただけと言えども味はしっかりと付いていて、店で出てくるものと大差ない。
「純真無垢な赤子がどうしてこうも、まともではない人間に育つのか・・・人を殺したいと願う赤子は居ないが、人を殺したいと願う人間は居る」
そういえばキッチンに粉チーズがあったろうか。
ああ、いや。弟が今朝使い切ったと舌打ちをしていたな。行儀が悪いから止せと何度も言ったが、やはり思春期特有の反抗期なるものは恐ろしい。
昔はあんなに素直で可愛かった弟も、今では捻くれて可愛げのない奴になってしまった。
「「何とも不思議な事だ」」
しかしまぁ、兄としてはこれも成長への道だと諦め掛けているから、母親ほどの心労は無い。だがストレスや悩み事に弱い母を思うと、時々胸ぐらを掴んで殴り掛かりたい衝動に襲われる。
いやはや、駄目だ駄目だ。
「いやでも、素晴らしい人間も居るには居る。だからこそ愚かな人間が目立つのだ。だが、プラスにマイナスを掛けるとマイナスになるように、愚かな人間に囲まれれば素晴らしい人間も変わってしまうのだろうな」
それはそうと、弟はいつから反抗的な態度を取るようになったのだろうか。学力に問題はなかったから私立の中学に通っている。定期的にあるテストでの順位も上位にいる。
とてもそんな風に変わるように暮らしてはいなかったのだが。
「「根は優しいからどうにかなるか」」
反抗期と言えども元々は素直で可愛く、優しい性格の弟。母や父と違い、兄である俺とはそれなりに普通に接してくれる。
そうだ、こないだ何かも不良の格好をした友達に・・・おや、原因発見か? いや、しかし仲が良さそうだったから無理に引き剥がすのも良くはない。
今のところ道を踏み外す事はしていないし大丈夫だろう。
「変わってしまうのは人間なら仕方の無い事・・・。愚かになったのならまた変えればいい。素晴らしく讃えられた人間へと。しかし、どう変えればいいのやら・・・うむ、またスタートラインに逆戻りだ」
それに今だって使い切った粉チーズと、少なくなっていたトイレットペーパーと柔軟剤を買いに行ってくれている。
何だかんだ、ワルにはなれない奴だとほくそ笑んだ。
「トモ、粉チーズはあるか」
「今朝弟が使い切った」
「うむ、そうか」
「それ食ったら帰ってくれよ」
「・・・・・・」
「おい、無視するな」
俺は昼食を再開した親友を少しばかり睨みつけてから、彼のパスタにタバスコを振りかけてやったのだった。
END
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