⑨ 自業の果て






 怖がらなくていいのだと彼は言っていた筈だ。

 怖がってなどいない、なんて軽口を叩いたのがまるで遠い記憶のようだ。


 ・・・つい昨日のことだけれど。


 ああ、騙されたのだと気付くのに

 そう時間は掛からなかった。


 目前の檻の中で吠えるこの魔獣は、檻が壊れたその瞬間に何の迷いもなく、本能のままに私を喰らうのだろう。勿論私だってタダで喰われてやる気は無い。

 私を騙したあの愚かな男に、どうにか一矢報いてやりたい。


 だがこの状況はあまりにも絶望的だ。

 男が姿を消す前、言っていた。

 この魔獣は私を喰った後、処分されるらしい。


 最後の晩餐に私が選ばれるとは。

 喜ぶでも哀しむでもなく。

 この魔獣に心底同情してやろう。


 ああ、そう言えば。

 男は私の武器や道具を奪う事はしなかった。

 何をしてもいい、という事ではなく。

 この空間から逃げ出せる訳がないと思っているのだろう。


 それを思い出して私は好機と思った。

 幸運にも私は善良な市民ゴロツキから〈魔首輪〉なるものを強奪・・・・・・拝借していたのだから。


 全く、昔から私は悪運の強い奴だな。


 そう自らを嗤った時、バキンと何とも嫌な音が檻から聞こえた。

 いや、しかし私はもうただ死を待つだけではなくなった。魔獣を従えるコレがあれば私は餌にならなくて済むのだ。


「少し、言う事を聞いてくれよ」


――――――私の、未来の為に。




















 あれから数ヶ月。

 怪しまれない程度に情報を集めた。


 どうやら男はあれから音沙汰が無いらしい。

 魔獣に喰われでもしたか、それとも行動範囲を変えたか。


 どちらにしろ、もう私には関わっては来ないだろう。


 そろそろ私もこの界隈から足を洗おうか。


 まぁ、〈殺し屋〉なんてのは恨み恨まれての仕事だから、今回の件も自業自得っちゃあそうなんだが・・・。


「簡単にくたばるとは思わんでくれよ――?」




END

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