⑪ 都合の良い神様
「良い人である必要なんて無いのよ」
口下手な師匠はよく俺にそう言った。
『良い人』というのは、途轍もなく責任感のある言葉だな、と当時は思った。
師匠は異人だった。
異世界から唐突に飛ばされてきた、と一時期大騒ぎになった。同じ世界から飛ばされてきたという師匠の友人は、王城の中で『神子様、神子様』と崇められて我儘を振るった。
師匠はそれを特別気にした風もなく、「あの子は自由だもの」と何となしに言っていた。
「あのね、ポーチェ。『良い人』っていうのは疲れるのよ。
頼めば何でもしてくれる、いつでも相談に乗ってくれる、こちらが傷付く事は絶対に言わない、笑顔を絶やすことはない。
そんな空想で塗り固められて『良い人』って『レッテル』を貼り付けられては駄目よ。
『良い人』っていうのは皆の疲れから生み出される都合の良い神様でしかないのよ。だからそんなものに成り果てては駄目。人間は神様なんかになれないんだから」
師匠はこの世界で生涯を終える前にそう言った。
それから師匠の友人が何かを喚き立てて訪ねてきたけれど、追い払った。
孤児であった俺の親代わりになった師匠は『とりっぷとくてん』とやらを存分に使って、俺に魔法を教え込んでくれた。
そして師匠はよく異世界の、自分が元居た世界の話をしてくれた。空飛ぶ鉄の塊に、大きな『びる』と呼ばれる建物。魔法や、錬金術なんかがない世界。
そんな不思議な世界の話を、師匠は幸せそうに話してくれた。
そして『良い人』の話をする時、師匠は泣きそうだった。
『良い人』である必要はないのだと師匠は、まるでその道に進んだ事のあるかのように言っていたのだ。
「ポーチェ先生、そろそろ授業が始まりますよ」
「有難う御座います、クネファリア先生」
俺はあれからあの家を、王都を出た。
今は聖都と呼ばれる、僧侶や魔法使いの多くが住む街で学舎の教師をしている。
俺は師匠に教わった事を生徒達に伝えている。
魔法の知識は勿論だけれど、師匠が話してくれた色んな世界の話や、ちんまりとした雑学。そしてあの話もよくする。
『良い人』でいる必要はない。
自由に生きて自分の人生を謳歌すべきだと。
他人にとっての、都合の良い人間になどならなくて良いのだと。
だけれど少なくとも、俺にとっての師匠は『良い人』だった。
あの人はきっと自分の好きなように生きろと伝えたかったんだと今になっては思う。
頼み事は必ず断られるし、偶にしかこちらの話を聞いてくれない、師匠の言う言葉で傷付いた事だってあるし、どちらかというと愛想はない。
だけれど間違いなくあの人は俺にとって『良い人』であったし、今の目標でもあるのだ。
あの人が幸せだったかどうかはよく分からない。
でも一度でいいから『母さん』と呼んでみたかったなぁ、なんて少し残念に思うのだった。
END
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