④ 哀れな慕情の終わり
深海の更に奥底。月の明かりすら届かないそこには、淡く発光する城がポツンと立っている。
その城で今、重大な問題が発生していた。城全体は酷く淀み、魚達も元気が無い。陸では不漁気味だと騒がれているらしい。
「仕方ないわね」とやっと重い腰を上げてくれた先輩に俺は、幹部連中と問題の原因である“姫”を連れてきた。
先輩はチラりと自分の前に呼ばれたにも関わらず幹部連中に甘え、空気も読めない姫を見遣って、
「甘やかすだけでは人は成長しないわ」
そう言った先輩は幹部連中を強く睨みつけた。
もう幹部連中は顔が真っ青である。
今頃自分達のした過ちに気付いたのだろう。
「人は無意識に学ぶ生き物よ。
甘えられると分かれば自ら行動を起こす事はしなくなるわ」
彼等は狼狽える。
そんな事はしていない、とうわ言の様に言う。
「していない? 何の冗談かしら。
貴方達は彼女に“そこに居るだけでいい”と仰ったわね」
彼等は何故、と顔に映す。
何故そんな事を知っているのかと。
「それを真に受けて本当に“そこに居るだけ”だった彼女にも非はあるわ。でもね、貴方達の方が重罪よ」
先輩は後ろにいる俺から巻物を受け取ると、しゅるりと解いて、そこにある文字を目で追う。
「元々人間だった娘を“惚れたから”という理由でこの深海の城の姫にするのは構わないわ。でも“やるべき事”って言うのは後回しにしていても終わらないのよ」
「しかし彼女は元々人間でこの城のルールなんて・・・!」
初めて口を開いた“加害者”の言葉を先輩は最後まで言わせなかった。
「ルールなんて知らない? 彼女が姫になってもう2年は過ぎてるわ。その間に貴方達は教えなかったの? この城で生き抜く術も、業務も、姫としての責務も」
加害者は口を閉じた。
案の定、彼女を持て囃すだけ持て囃して何もしていないらしい。
「この城にとって姫は“居なければならない”存在よ。
でも“居るだけ”では駄目なのよ。
姫という立場はこの城の要。命そのものなのだから」
先輩は一呼吸置いて、彼等と姫を見つめた。
「・・・まぁまずは城が彼女を姫と認めない限り、その役目を果たしたって意味は無いのだけれど」
彼等は意味が分からないという顔をする。
そんな事すら忘れてしまったのかと。
“恋は盲目”。陸地の人間達もたまには良い事を言うものだ。
「城は生きているわ。姫と共鳴しながら生きるのよ。
姫と共鳴できなければ死ぬだけ。私達諸共ね。
彼女が共鳴できているとは思ってないけれどその辺はどうなのかしら」
幹部連中も姫も先輩から目を逸らす。
嗚呼、何故こんな奴らがこの城の上役なのか。
「でも城は死んでないわね、何故だと思う?」
先輩はふふ、と笑って巻物を彼等に投げ付けた。
「その署名にはなんて書いてあるかしら」
「姉役、
先輩────蒼邱様は崩れ落ちた幹部を見下ろして言った。
「それが民の声よ。この城に住む、産まれたばかりの赤ん坊を除いて全ての署名が集まったわ。
柄じゃないと潔く退くつもりだったのだけれど、可愛い後輩がこんな束を持って部屋に押しかけてきちゃあ腰を上げないわけにもいかないものね」
蒼邱様はそう言って姫の・・・いや、元姫の前へ。
「もう陸へ帰ってもらって構わないわよ。
まぁこの城で2年だから陸地はもっと時が過ぎてるのでしょうけれど」
元姫はどうして! と声を荒らげるがもう後戻りは出来やしない。警備魚人に連れて行かれる姫を見遣っている幹部連中に蒼邱様は無慈悲に言い放つ。
「貴方達への処罰は後々言い渡します。
それまで自室で待つか・・・城の牢に幽閉されている魔女にでも薬を貰って、陸地の彼女を追っていきますか?」
皮肉にそう言った蒼邱様は、もう興味が無いと彼等の前から立ち去る。
さあ、これからやるべき事が沢山ある。
遊びにかまけてる暇なんてない。
「そう言えば、先輩」
「何かしら」
「父君には姫に再臨すると連絡なさいました?」
「してないわよ」
……本当にやるべき事が沢山あるらしい。
ため息をついた俺は、取り敢えず随分と放置されていた執務室の片付けを始める事にした。
END
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