感謝を込めて
あの日の彼女
私は何も感じない。どんな酷い目に遭っても私は大丈夫だった。
私は生まれつき他人とは違っていた。誰も私に近づこうとしないし、むしろ距離を取ろうとする。大抵の人間はさげすんだ目で私を見るし、良くても無関心だ。だから私もこの世界とは距離を取って生きていた。
そんな生活が当たり前になっていた高校生活二年目。私は自らを神と名乗る男子生徒に出会った。神なんて信じていないし、むしろ恨んでいた私の前に現れた自称神は自分勝手で意地悪だった。
初めて彼と教室で会話したとき、彼は私に学生証を渡してきた。私は自分の学生証を持っていたから、二枚目の学生証を不思議に思いながらも何も言えずにそれを受け取った。
「と、桃源郷?」
知らない店だ。この世界は私にとってディストピアだ。この世界に、もしそんな名前の店があるのなら行ってみたい。
「あ、ありがとうございます」
彼から渡された学生証には彼の匂いがついていた。それに、私に学生証を渡すときに伸ばした彼の手からも彼の匂いが波のように押し寄せてきた。
彼は私に学生証を渡すとそのまま私の隣の席に着いた。
私の人生でこんな近距離に人間が居たことは無かった。隣から漂ってくる彼の香りに脳が警笛を鳴らす。どうにか彼から距離を取るために席を少しだけ離す。
「んぁぁ!にゃにこれ!やばい!」
好奇心からなのかそれとも別の欲からなのかわからないが、学生証に残った彼の匂いをつい嗅いでしまった。まず鼻から脳へと火花が走って行き、そのあとは全身に痙攣するような電撃が走った。
「なにこれ、なにこれ!知らない、知らない!」
彼の存在が私の全感覚を破壊していくのを感じる。
彼に気づかれないように彼をちらちらとみる。彼のことをもっともっと知りたくなってしまった。世界の外にいた私が、この世界をただ見ているだけの私が、少しだけ境界線を超えたくなってしまった。
彼の匂いで破壊された思考回路が回復して冷静になってくると、私はただ絶望した。彼との関わりを少しでも望んでしまったことが私を苦しめる。
誰からも拒まれる私が彼と関われるはずもないのに。彼も仕方がなく私の隣に座り、ただの親切心で私の学生証を拾ってくれたのだろう。
私に優しくしてくれた彼に、もし目の前で拒絶されたら私は壊れてしまう。彼のことを知りたい気持ちは心の奥に大切にしまっておくことに決めた。
心ではそう決めたものの涙が止まらなかった。希望、そして絶望、そして我慢。今まで何度も経験してきたことだ。それでもこんな思いが当たり前になってしまっている自分をかわいそうに思ってしまった。
「ほら、これ使いなよ」
彼が私の机にハンカチを置いた。やはり、優しい人なのだろう。でも彼とはこれ以上関わって嫌われたくない、拒絶されたくない。そんなことを思うとさらに涙が出てきた。
何度か断ったが結局受け取った。しかし、ハンカチは使わずポケットティッシュで済ませた。彼の匂いが色濃く残るこのハンカチは私にとって“チェルノブイリの爪”だ。
「んっ。んぁ!」
少し鼻に近づけるだけで私の脳が融けていく感覚がする。
これは絶対に彼に返したくない。一生の宝にする、厳重に保管して誰にも取られないようにしなくてはならない。どうにか同じものを探してそれを彼に返すことにしよう。
昼休みになり私はいつものように空き教室へと向かう。
空き教室に入るとすぐ、私は彼のハンカチを自分の顔を覆うように広げる。
彼の匂いに包まれながら私は昼食を食べるのも忘れて激しく自慰をした。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
クリスマスということで投稿いたしました。
アピス ~虐げられた美女を愛でる超王道の純愛系ノベル~ テラステラス @issaku-kyukonn
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