第三部

1.断言

 親父が死んだ。


 交差点での衝突事故らしい。左折の途中にものすごいスピードで右から衝突され、親父の車と相手の車ともに大破した。幸いにも歩行者を巻き込むことはなく、親父と相手に運転手の二人が死んだだけだった。


 事故があったのはドイツでの研究から日本へ帰ってきた翌日のことで親父とはまともに会話もできなかった。ただ、事故の前日の夕食での親父の一言だけはいまだに忘れられない。


『バグをみつけた』


 何のことだったのか今でもわからないがあんなにうれしそうに話す親父の顔ははじめて見た。


 あの事故以来、親父の兄弟、そして俺の叔父であり担任のヨシモト先生がよく家に来るようになった。金の事、家の事、勉強、そのほかいろいろと助けてくれた。そのおかげもあって高校へまた通うことができた。


「キリエ、もう帰ってもいいか?」

「あ、ちょっと待って。こことここ、絶対テストに出るからおぼえておいてね。よし、それじゃあまた明日ね」


 クラスメイトに勉強を教える一際目立つ赤毛の女生徒に声をかける。彼女は俺が再び高校に通うようになってからしつこいほど俺を気にかけてくれた。


「おまたせ!今日は何食べたい?」

「出前でいいだろ、冷蔵庫になんもないし」

「えー!これから買いに行けばいいじゃん。まったく、彼女の手料理より出前のほうが良いと申すのかね君は」


 わざとらしく不満そうな顔をするキリエ。


「うっせ。帰るぞ」

「まったくクールぶっちゃってー、1点減点ね」


 彼女曰く、0点になったら別れるらしい。


「あと何点残ってるんだか」

「あと7億点だよ」

「多すぎんだろ、いつまで付き合う気だよ」

「さーね。そして今日も私の編んだマフラーをつけてくれているので5億点の加点です」

「採点基準をおしえてくれ」


 ◆


 結局、出前をとった。


「はー。やっぱりタカ君の家はおちつくなー」


 注文した料理を食べ終え、ダイニングでくつろぐキリエ。


「くつろぐのは別に構わないんだけど、お前食いすぎだろ」


 ピザ、カツ重、〆に蕎麦、挙句の果てに5センチほどの分厚さのハニートーストをデザートとして食べた、たった一人で。


「うるせぇ、文句でもあんのか!コーヒーだ!コーヒーを持って来い!」


 テレビでたまに見る酔っ払い。実際いるんだろうか、あんな恥ずかしい人間。もしみかけたら動物園に連絡しよう、金を払ってでも見る価値があるだろう。


「はいはい。缶コーヒーしかないけどいいか?」

「うーん。もう、なんでわざわざ自販機で缶コーヒーを買い占めて家の冷蔵庫にいれるかねぇ」

「革ジャンが当たるんだよ、それにうまいし」

「革ジャンねぇ、好きだねほんとに」

「まあな、何着あってもいい。しかもお前に一着あげたからな。それにお前も気に入ってたろ」

「あ、あれは、タカ君のだったから…」


 急に顔を赤くして目をそらす。


「まあ、おさがりで喜んでもらえるなら安く済んでありがたい」

「もー。なんかヤな感じ」

「安い女」

「あ、最低!もうチューしてあげないから!」

「したことあったっけ?」

「ひどすぎ!初めてだったのに!」

「あははは!」


 ◆


「さて、もう9時だ。送る」

「うーん。泊めてよ」


 キリエはリビングのソファで寝転がりながら参考書を読んでいた。真面目に勉強しているところ見たことがない。あれで学年1位だというのだからたまったものではない。


「だめだ」

「意気地なし」


 今回の中間テスト、俺とキリエは約束したことがある。テストの結果が下の者が上の者の言うことを聞かなければならない。


 もし勝てれば、俺はキリエと別れるつもりだ。


「さっさと支度してくれ、補導されるぞ」


 黒いレザージャケットを着て赤いマフラーを巻く。


「ふふ、気に入ってくれてるみたいでよかった」


 マフラーを指さしながら笑うキリエ。


「ん、ああ。綺麗な色だ。暖かいし」

「そ」



 ◆


 バイクを二人乗りするとき、それなりに密着する。しかし、風がうるさくて会話なんてできたものではない。

 流れていく景色を二人で同じ方向を見ながらただ目的地へと進んでゆく。


「じゃあまた明日」

「うん」


 マンションの前でバイクを止めキリエをおろす。


「うん、じゃなくて離れてくれ」

「うん」


 抱きついたままなかなか離れようとしない。


「テストの話、おぼえてる?」

「ああ、旅行だろ。お前が俺に勝ったらな」

「ふふ、一度も勝ったことないくせに」

「確率はいつか収束するんだぜ」

「それは場合によるんだよ」


 優しく笑いながら強く抱きしめていた手をほどく。


「タカ君は勝ったらどうしたいの?」

「それは内緒だ」

「ヘンタイ」


 目を細めこちらを睨む。少し口をとがらせているせいで可愛らしさが怖さを消してしまっている。


「キリエ」

「んー?」


 少し俺より背の低いキリエの顔に手を添えて、そのままキスをした。

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