2.遺言
赤く燃え上がった鉄が外の空気に冷やされて何の形にもならないまま固まってゆく。暖かい紅葉が終わり、冬の寒さが心まで凍えさせるのを感じる。
唯一感じる温かさは隣で眠るキリエの体温だけだった。
結局テストではキリエに勝てず、伊豆の民宿へ来た。時期や距離を考えてバイクは諦め、列車での旅になった。
「眠れないの?」
もぞもぞと布団を器用に動かしながら寝返りをうち、心配そうにこちらを向くキリエ。
「ん、ああごめん起こしちゃったな」
「話して」
「なんだよいきなり」
「最近なんかへんだよ。もしかして旅行嫌だった?」
「そんなことない。楽しみだったし、楽しかった。」
真剣な眼差しでこちらを見るキリエに、もうおれの本心を隠すことはできないと思った。
「テストでもし俺が勝ったら別れようと思ってたんだ、お前と」
「な、なにそれ!」
キリエは驚いた様子で起き上がり、俺の腕を握りしめる。
「もうそんな気はないから」
「当たり前でしょ!そんな気はないじゃなくて、そんなことを思ったことが問題なんでしょ!」
涙目になりながら、一層強く腕を握りしめてくる。
「おい、胸を隠してくれ。気になってしょうがない」
「茶化さないで!私が嫌いになったの?何か嫌なことしちゃったなら教えてよ、ちゃんと謝るから」
一心不乱に、涙を流しながらほぼ悲鳴のような声で訴えてくる。
「そうじゃない。俺にはお前しかいない。大切な家族だ」
「なら、どうして?」
「この前、警察から連絡があったんだ。親父の事故の相手の男からはアルコールも薬物を使っていた痕跡もなく事故で間違いないらしい」
俺の言葉にすがるように、まっすぐと、動揺しながらも目をそらさずこちらを見つめる。
「ただ一つだけおかしなところがあるんだ。男は事故現場の近隣ではなく、他の県に住んでいたらしい」
「確かに変だけど、それくらいなら無い話じゃないでしょ。お父さんの事故は私も残念に思うけど、それと私、何の関係があるの?」
「男は親父の帰国と同じ飛行機に乗ってドイツから帰ってきた。これは偶然なはずがない。絶対に何かある」
パチパチと屋根から音がし始めた。雨が降り出したようだ、冬の冷たい雨が。
「殺すつもりだったんだ。親父の死に関係している人間全員」
うつむいた後、すこし悲しい顔でキリエが笑う。
「私も手伝うよ」
「だからだよ」
上半身を起こしてキリエを抱きしめる。
「それに、もういいんだ。今日、お前と旅行している間親父のことを忘れられたんだ。自分がどんなに馬鹿だったか悟ったよ。お前との未来が、思い出が、俺を生かしてるんだ。まずは大学、そのあとはちゃんと働いてさ。やることはいろいろある、やりたいことだって。だから、俺の人生を手伝ってくれよ」
「うん!」
眠気が覚めてしまったので服を着て居間のこたつに入る。
寒さと疲れで頭はうまく働かず、二人でただボーっとしていた。
「来年の冬は受験勉強で忙しいだろうね」
「そうだな」
「クリスマス、たのしみだなぁ」
「そうだな」
「キャンパスライフ、花の女子大生だよ」
「まずは卒業だろ。首席さん」
「同棲して、ハネムーンで、アフターライフで、ほかにもいっぱい」
「そうだな」
「結婚式はいいかなぁ、私たち家族が少ないから。それにタカ君そういうの苦手そうだし」
「フォトウェディングくらいなら付き合ってもいい」
このまま夜が明けたとしてもいつまでだって喋っていられる。ゆっくりとヒーターの熱が伝わっていくように全身を温もりがつつんでいく。
「いいねそれ。あ、そうだ。今度お父さんが日本に来るらしいんだ」
「会いたくないのか?」
「うん、あんまりね。お母さんと離婚してからも二人は同じ研究所で働いてるから会うらしいんだけど、私はほとんどあったことないからね。お母さんからたまにお父さんの話を聞くけどほとんど愚痴みたいなのばっかりだし」
「会うなら俺も一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫」
「ていうか、お前ドイツ語もしゃべれるの?」
「ふふふ、しゃべれないよ。でもお父さんは日本語しゃべれるよ、お父さん日本の大学に交換留学で通ってたんだって」
「へー」
キリエがむいたミカンを俺の口に運んでいく。ミカンの酸味が唇にしみる。
「ねぇ」
「ん?」
「なんでタカ君のこと好きになったと思う?」
「わかるかよそんなこと」
「ほんと、なんでなんだろうね。気が付いたら好きになっちゃてたんだよねぇ」
「なら、これから探してくれ。俺はかなりいい男だぞ」
「あははは、なにそれ。タカ君は私のどこが好きなの?」
「性格だろうな。お前といると楽しい」
俺の返答を聞いてキリエが驚いた様子でこちらをこちらを見る。
「なんだよその顔」
「まさかちゃんと答えてくれると思わなかったから」
「あとは胸と尻だな」
「最低!」
◆
クリスマスイブの夜、キリエは首を吊った。見つけた時には手遅れだった。
返事が来ないのが分かっていてもずっと話しかけ続けた。
それがちゃんと意味を成すようなものだったかは覚えていない。
ただ一つ覚えているのは、用意していたプレゼントを道路に投げ捨てたことだ。
罪悪感を感じた。
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