5.《停止》ストップ
第二部、最終話です。
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「今日は牛田先生はお休みになりました」
「えーなんでー!」
牛田の代わりに来た臨時の教師に生徒たちが質問をする。
「体調がすぐれないみたいです」
ここ最近、目に見えてやつれていた牛田。もしかしたら毎朝のように行われるおかしな集会に辟易してしまったのかもしれない。
牛田のこと以外にも少し変わったことがある。
「あ、あの」
「ん?」
「最近皆さんからの視線がおかしい気がするんです、なぜでしょうか?」
周りの人間の霧崎を見る目がかわった。
ジャケットを脱いで今までと同じように生活をしている彼女。進んで彼女と関わりを持とうとする人間はいないし、近寄ろうとする者もいない。しかし、彼女を見る目は今までと違いどこかいやらしさを含んでいた、男からの視線が特に。
「魅力的だからだよ、霧崎が」
「え、あ、あの」
白い肌が一気に上気して赤くなる。久しぶりにこの顔を見た気がする。
「最近の流行りなんだってさ、揺れるものが」
「へ、へー。そうなんですか」
「うん、霧崎のすごいおっきいし。ダイナミックに揺れるから」
もしかしたら物理の運動の実験に使えるかもしれない。運動量保存の法則、まさに世界の真理だ。
「あ、あの」
「ん?」
「好きですか、大きい胸?」
この世界の価値観なのだろうか、彼女は胸を性的なものとして捉えていないように思う。
「馬鹿なことを言うな、巨乳を嫌いな人間はもうこの世界に存在しない」
「そ、そうじゃなくて」
少し焦ったそうにする霧崎。少し子供っぽい表情の彼女に見とれてしまった。
「大好きだよ、それは俺のものだ。誰にも渡さない」
「い、いえ私の胸です」
「だからこそさ」
◆
久しぶりに牛田が家に来た。
「夏以来ですね、先生が来るの」
「あ、ああ、そうだな」
何かを探すように、キョロキョロと視点が定まらない牛田。手に持ったコップに入った水が小刻みに揺れている。
「ど、どうだあれから」
「まあ、いいですよ、それなりに」
「そ、そうか。何か変わったことはないか?」
「いえ、特に。先生の方こそ、だいぶお疲れに見えますよ」
こちらに当たり障りのない質問を繰り返す牛田。いろいろと聞いてくるがむしろ、何かを言いたげにしているようにしている。
「ま、まぁな。最近いろいろ立て込んでてな。敬語はよしてくれよ、ここは学校じゃないんだ。俺たち家族だろ」
「お前を家族だなんて思ってねぇよ」
「それは酷いなぁ、昔みたいにおじちゃんって呼んでくれよ」
「黙れよ」
「おいおい、俺なんかしたか?お前に」
いつものような人懐っこい飄々とした笑顔ではなく醜く歪んだ作り笑いの牛田。やつれて肌が荒れ、髪もボサボサの彼の目が黄色く濁って見えた。
「あんたは俺の大切な人を二人殺したんだ」
「ふ、二人?な、なんのことだよ?どうしたんだお前、なんかおかしいぞ」
無理やり作った笑顔が今はもう泣き顔にみえるほど崩れていく。
「見えるんだろ、親父が。聞こえるんだろ、親父の声が」
腐った黄身のような目を血走らせギョロギョロと周りを見渡し始める。コップの水でびしょ濡れになるのにも構わず、両手を構えて何かから身を守ろうとしている。
「や、やめろ!知らない、俺じゃない!」
座っていた椅子から飛び降り、それを盾にして身を守ろうとしている牛田。
「おいおい、何がそんなに怖いんだよ。愛さなくちゃ、家族だろ」
「み、みえるのか⁉」
ようやく目が合った。紙粘土でつくったような全く透明感がなくなった瞳、本当にこちらを見ているのかはわからない。
「うわっきっも。こっち見るなよ」
「おい、どうなんだ!」
唾をまき散らしながら、空気の振動を感じられるほどの大声で怒鳴る牛田。
「さあ、どうだかな。でもほら、みんなが言ってるだろ、幽霊を『やめろ!!』」
話している途中で突然怒鳴る。牛田のほうを見ると、親指を頬骨に押し当て人差し指で瞼をおさえ、絶対に開かないように閉ざしていた。
「おいおい、なにやってんだよ」
「こ、殺せ」
「は?」
「殺してくれ!」
膝をつき懇願する牛田。
「はぁー、もうそれかよ。生きるとか死ぬとかの問題じゃないんだよ。生きていようが死んでいようが関係ない、絶対に許さない、絶対にな」
“命令”をする。この男を罰するために。
「安らかに死なせてやってくれ、親父を」
◆
「ヌへへへ、ウピピ、ジョバババババ」
「ちゃんと喋ってくださいよ、アイザックさん」
茶色い革靴に膝まである長い靴下、そしておむつ。上半身裸で笑い声のような奇声を上げる赤毛の男に話しかける。
「気にしないでくれ。ふむ、少し待ってくれよ」
突然動きを止めて机に手をつく。数秒後、肩を震わせ机をガタガタとならすがこちらを振り向いた時にはどこかスッキリしたような顔をしていた。
「よし、始めようか」
「おいちょっと待て。体を洗え、そして履き替えろ、糞野郎」
「おいおいおい、それじゃあおむつを履いている意味がなくなってしまうじゃないか。効率重視なのだよ、私は。まあ、君がそう言うのなら従うがね、ドゥママママ!」
ぶつぶつと言いながら“命令”従うアイザック。やはり優秀な『パルファム器官』を持っているのだろう。“命令”の度にこちらに文句を言ってくる。
数分後、全く同じ格好でシャワーから帰ってきた。
「さて、麻酔の前にもう一度確認するよ。本当にいいんだね?」
「はい。手紙も忘れずにちゃんと届けてくださいね、まぁ、これはそんなに重要じゃないけど」
「グンガガガガ、面倒だが仕方がない。その程度のことで君の体を調べられるのなら言うことなしだ。実は“支配”の特異体質は大昔の文献を参考にしていたからな。ペショショショショ、レッツ解剖!!」
中年の男がはしゃいでいるのを見るのは少し恥ずかしさを感じてしまう。中年というより彼のはしゃぎ方が問題なのだろう。清潔感に欠ける。
「いや、悪いな、それはあんたを釣るための嘘だ。あんたには俺の『パルファム器官』を取り出してもらう、そしてそれを完璧な状態で手紙と一緒に届けてもらう」
「ロチャモーーー⁉」
「あと、それが済んだら遺書を書いて死ね。書く内容とやるべきことはさっき渡した手紙に入ってる、これは“命令”だ」
◆
体からドロッとしたものが抜け出ていく感覚がする。俺の体は自分が思っていたよりずっと重かったようだ。それが完全に抜け出たとき、地上に縛りつけられていた体が空へと飛んでいくように思えた。
籠を抜け出し、形を失っていく。
変化は常に自然で、ずっと同じ状態ではいられない。
複数の視点を持つことで、幾つもの思想が頭に思い浮かぶ。
そして消える。
世界は君のものになった。
◆
「間違ったことをしたってのはわかってる。でもそれはお前も同じだ、キリエ」
彼女の墓に話しかける、これはただの重たい石だとわかっている。でも、彼女とのつながりを強く感じれるのこの場所だけだ。
「嘘だと思うかも知れないけど、世界をこえてお前に会ったよ。相変わらずだったな、やっぱり」
彼女が好きだった桔梗の花をそっと置く。
「何年後になるかわからないけどまた会いにくる。美味しい中華屋を見つけたんだ、一緒に行けるかもな、もしかしたら」
汚れたナイフを持って、警察署へ向かう。
「なんか、腹減ったな。さっき食べたばっかりなのに」
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