第14話 二人の勇者

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。

 トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。



 バレッタ女子修道院じょししゅうどういんは、バレッタの町の小高い丘に建っていた。

 年季が入った建物のようで、塀は蔦でビッシリ覆われており、レンガ造りの建物は、あちこち苔で覆われている。

 こここそが、リリーナが所属していた修道院だった。


 入り口でリリーナと別れたアークとマールは、院長室に通された。

 入ると奥のイスに、とても優しそうな顔をした、修道服を着た老婆が座っていた。

 そのすぐ後ろに、寄り添うようにして、リリーナが立っている。

 老婆がアークとマールに、ソファに座るよう促した。


「わたしはこのバレッタ女子修道院のおさ、シスター・カリーシャです。このたびは、我が修道院所属のシスター・リリーナをここまでお連れ頂き、本当にありがとうございました」


 シスター・カリーシャが、アークとマールに向かって深々と頭を下げた。

 後ろに立つリリーナも、頭を下げた。


「いえ、そんな。オレらこそ、リリーナさんのお陰で旅をスムーズに進めることができました。こちらこそ感謝です」

「あなた方のお陰で、シスター・リリーナは再び、神に仕える神聖な使命を果たすことが出来るようになりました。神の子として、改めてお礼を申し上げます」

「あの……」


 アークの後ろに立っていたマールが上目遣うわめづかいで修道院長を見る。

 室内にいる全員の目がマールに集中する。


「それって、リリーナ先輩は、ここで旅を降りるということですか?」


 リリーナが一瞬、切なそうな泣きそうな表情を浮かべる。

 修道院長が振り返って、後ろにひかえるリリーナを見た。


 リリーナの目を真っ直ぐ見つめる修道院長の瞳は、まるで、リリーナの心を見透かすかのように澄んでいた。

 責める気も無い、問い詰める気も無い、縛り付けるつもりも無い、ただ心のおもむくままになさいと、その目は言っている。

 思わずリリーナの目が揺れる。

 

「あの……ごめん……なさい、マールさん……」


 リリーナが思わず、口を押さえて忍び泣いた。

 修道院長が軽くため息をつく。


「申し訳ありません。シスター・リリーナは少し疲れているようです。今日はこの辺りで勘弁かんべんしていただけませんか?」

勿論もちろんです。さ、マール、行くぞ。失礼しました」


 アークとマールは裏口からそっと外に出た。

 ここは女子修道院だ。

 マールはともかく、男性であるアークは、いくら迷子のシスターを送り届けた恩人であっても、大っぴらに敷地内を歩くわけにはいかない。


「……勇者さま、寂しい?」

「そりゃあな」


 アークは今出てきたばかりの修道院の高い塀を見上げた。


「でも、リリーナの旅の終着点は最初から決まってた。予定通りの旅をして、予定通りゴールした。それだけの話さ」


 アークは正門の前、車止めに繋いでおいた自分のパルフェに向かって歩いた。


「リリーナ先輩、『一緒に旅を続けられて嬉しい』って言ってたのにな……」


 マールもそう呟くと、自分のパルフェに近寄った。

 次の瞬間、屋根一つ無い場所を歩いていたはずのアークとマールは、いきなり影に入った。

 アークは反射的にマールを抱えて横っ飛びに飛んだ。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 マールを守るように転がりながら、アークは見た。

 空から降りてきたのは、白くて巨大な竜、ホワイトドラゴンだった。

 町中から少しは離れているとはいえ、こんな人里にドラゴンが現れるなんて!


 アークは素早く立ち上がると、刀を抜いて構えた。

 と、頭上からすずやかな声が降ってきた。


「こう見えて『パール』は臆病おくびょうなんだ。剣を仕舞ってくれないかな」

 

 そう言ってドラゴンの背中から軽やかに飛び降りたのは、輝く銀の鎧に緋色の長いマントを付けた金髪の美青年だった。

 見た感じ、アークよりは少し年上だ。

 リリーナと同じくらいだろうか。

 

 何事が起こったかと、女子修道院からシスターたちが、わらわらと出てきた。 

 その中には、先ほど別れたばかりのリリーナもいた。

 青年の目がリリーナの姿を捉える。


「リリーナ! 迎えに来たよ!」

「リュート!!」


 リリーナの顔が驚きの色にいろどられる。

 青年がツカツカっと歩いていって、リリーナの腕を取り、引っ張る。


めて、リュート! わたし、あなたと行くつもりなんか無いから!」

「そんなこと言わずに、ボクと一緒に……」

「その手を離せ!!」


 アークは二人に駆け寄ると、リュートの腕を掴もうと手を伸ばした。

 ところがリュートは、あっさりリリーナの腕を手放すと、見事な体捌たいさばきでアークの突進をかわし、一瞬でアークの後ろに回り込んだ。

 アークの手が空振りする。


 アークは手を伸ばした状態で愕然がくぜんとした。

 速さには自信があった。

 なのに、こうも簡単に翻弄ほんろうされるなんて。

 

「勇者さま!」


 マールが叫ぶ。

 その声を聞いて、リュートの動きが止まった。

 リュートは振り返ってアークをまじまじと見たかと思うと、フっと笑った。

 冷笑だった。


「何が可笑おかしい!」

「いや、ビックリしただけさ。勇者だって? キミが?」

「お前に関係無いだろ!」


 アークの回し蹴りをバク転でかわしたリュートは、今度は、まるでメドゥーサのような冷たい目でアークを見た。

 

「聞いているよ、アルマリアのインスタント勇者のことは。……迷惑なんだよ、まがい物にちょこまか動かれるのは。魔王はもう、ボクが倒した。今さら他の勇者の出番なんか無いから、早く消えてくれないかな」

「お前が? 魔王を倒した勇者だっていうのか?」


 離れた位置から見ていたマールには、対峙たいじする両者が、まるで相争あいあらそう二人の王子に見えた。

 サラサラの金髪に銀色の鎧を着込んだ、白の王子、リュート。

 つややかな黒髪に黒の着流しを羽織はおる、黒の王子、アーク。

 絶対に分かり会えない二人。


 リュートは、話は終わったとばかりに、アークの問いをまるで無視して再びリリーナに近寄り、その腕を掴んだ。

 無視された怒りか、リリーナへの馴れ馴れしさへの反発か、アークの頭に一気に血が上った。


「リリーナ、わがまま言ってないで行こう。こんな辛気臭しんきくさい場所にもってどうしようっていうんだ」

「お願いだから、わたしに構わないで!」

「リリーナに触るな!!」

「まがい物の分際で、ボクに命令するな!!」


 リュートは、認識できないほどの速さで剣を抜くと、アークに向かって横薙ぎに剣を振った。

 アークも反射的に刀を居合抜きした。

 アークが反応できたのは、奇跡に近い。

 普通ならこの一撃でアークは死んでいる。


 ギャキーーン!! ギャリギャリギャリ!!


 だが両者の剣は、お互いの身体に届くことは無かった。


 リュートの剣とアークの刀がぶつかる刹那、上から降ってきた誰かが、二人の間に割って入ったのだ。


 それは、背中に龍の模様の入った、黒地の着流しを着た老サムライだった。

 顔に入った無数のシワ。

 左目に付けた黒い眼帯。

 右手の太刀がリュートの剣を、左手の大脇差しがアークの剣を、それぞれ止めている。


 刀は通常、一本でもかなり重い。

 両手で支えるからこそ持てる重さだ。

 ところがこのサムライは、その重い刀を左右それぞれの手に一本ずつ持ち、尚且なおかつ、力の乗ったリュートとアーク、二人の剣を受け止めていた。

 どれだけの膂力りょりょくがあれば、こんな芸当げいとうができるのであろうか。

 

 リュートと老サムライの目が合う。

 リュートは舌打ちしつつ、飛び退いた。

 アークもそれに合わせ飛び退く。

 だが、老サムライは剣を二人に向けたまま、仕舞おうとしない。

 これ以上ここでいさかいを続けるなら斬るぞ、と、その目が言っている。


 リュートが邪魔者を睨み付けた。


「……ボクに逆らうのか? ダンペー」

「ワシはお前さんの仲間ではあるが、部下になった覚えは無い。そこのところ、間違えないで貰おう」


 リュートは不服そうな表情をしながらも、剣を鞘に収めた。

 アークも刀を鞘に収める。


 だが、リュートへの警戒心を維持しながらも、アークの思考は別のところに飛んでいた。

 ダンペー? 今ダンペーと言ったか?


 アークが祖父と最後に会ったのは五歳のときだ。

 正直、祖父の面影など、ほとんど覚えていない。

 だが、ダンペーと言う名のサムライが、この世に何人いるだろうか。


「あの、人違いだったら申し訳ないんだけど、もしかして、爺ちゃん……なのか? オレ、アークだよ。アルマリア村のアーク=クリューだ」

 

 サムライが刀を仕舞いながらアークを見た。

 シワの深く刻まれたその顔が、優しそうな笑みをたたえる。


「大きくなったな、アーク。見違えたぞ。お前の父、カーティスの若い頃にそっくりだったから、すぐ分かったぞ」

「じ、爺ちゃん、これまで十年も、どこで何やってたのさ」


 段平は、だがアークの問い掛けには答えず、リュートに顎をしゃくって見せた。

 早くドラゴンに戻れという合図だ。

 リュートは聞こえよがしに舌打ちをすると、ドラゴンに近寄った。

 振り返って、アークを睨み付ける。


「おい、まがい物。ダンペーの孫かもしれんが、お前はお前だ。次会ったときは、容赦ようしゃしないからな。……リリーナ、また来る。それまで元気で」


 それだけ言うと、リュートはドラゴンに飛び乗った。

 段平は視線を再びアークに戻した。

 その目に厳しさが宿る。


「ワシがどこで何をしていたか、いずれ語る時もあろう。だがそれよりも、今は旅するお前にアドバイスだ。良いか。相手の実力を見極める目を養え。リュートは今のお前では、到底叶う相手では無い。感情に任せて突っ込んで行ったらすぐ死ぬことになるぞ。いいな」

「わ、分かった……」

「達者でな」


 段平の目が、再び優しい色を帯びたかと思うと、スっと離れ、ドラゴンに飛び乗った。


 段平がドラゴンに乗ると同時に、ドラゴンは急上昇し、その場からあっという間に飛び去った。


 修道院のシスターたちは、まだザワザワ騒いでいる。

 アークはそれを尻目しりめに、黙ってパルフェに乗った。


「あ、あの、アークさん……」


 リリーナが思わずアークに声を掛けるも、だが、何を言っていいのか分からぬ様子で、黙り込んでしまった。

 その様子を見て、アークも目を伏せた。


「元気で」


 アークは一言だけ言うと、パルフェを走らせ、丘を下っていった。


 後に残されたマールは、しばらく視線を、残るリリーナと去るアークとの間で泳がせていたが、置いていかれると思ったからか、パルフェ上からリリーナにペコっと頭を下げると、慌ててアークを追いかけていった。


 残ったリリーナは、しばらくそこで、立ち尽くしていた。

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