第3話 青くて早くて小さくて

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。



 アークとマールがパルフェに乗って街道を北に向かっていると、前方に荷馬車が見えた。

 すぐに追いつき、そのまましばらく並走する。


 十歳にも満たない少年が荷台にひじをついて、ボケラっとアークとマールを見ていた。

 行商なのか、乗車しているのは、御者ぎょしゃの父と荷台の息子、二人だけなようだ。


 マールはパルフェを走らせながら、少年に向かって小さく手を振った。

 その脳裏に何が浮かんだか、少年の目が不意に輝き出す。


「お父ちゃん、お父ちゃん! 勇者だ! 勇者がいるよ!」


 子供が手綱たずなを握る父親の腕にいきなりしがみつく。

 手を取られた父親が慌てる。


「おいこら、危ないじゃないか! まったく、何言ってるんだ、お前は。こんなところに勇者さまが……いるし!」


 動揺のせいか、父親の手綱操作が乱れた。

 馬車がわだちはずれて、大きく揺れる。

 

「わわわわ!!」

「落ち着いて、落ち着いて! どぅ、どぅ」


 並走していたアークが、鳥上から馬の背をポンポン優しく叩くも、まるで効果が無く、それどころか、荷車を引く二頭の馬は、揺れに興奮したのかスピードを上げた。

 揺れのせいで少年が荷台の上を転がりまわる。


「シナモン、スピードアップだ!」


 アークが愛鳥にムチを入れる。

 途端に、アークの乗ったパルフェがスピードを上げる。

 シナモンは、荷馬車にあっという間に追いつき、そのまま並走する。

 アークはシナモンの背中に立つと、馬に飛び乗った。


「落ち着け、落ち着け。そら、どぅどぅ!」


 アークは馬の首の辺りを優しく撫でてやった。

 馬の速度が見る見る内に落ちていき、やがてゆっくりと足を止めた。


「勇者さま、助かりました。ありがとうございます」


 汗をびっしょりかいた父親がため息交じりに、御者台からアークに声を掛ける。


「あぁうん。そっちは大丈夫? ケガしてない?」

「えぇ、わたしは。ロディ、お前は大丈夫か?」


 荷台でゴロゴロ転がり回って、体中、アザを作りまくっているはずの少年は、だがケロリとして荷台からヒョイっと顔を出した。


「お兄ちゃん、勇者さまだよね?」


 荷台から子供が飛び降りて、パルフェに騎乗しているアークの隣にくる。

 その顔が輝いている。


 どうやらこの親子は、実はすでに魔王が倒されていて、集められた勇者パーティも結成前に解散してしまったという昨日の顛末てんまつを知らないようだ。

 アークは思わず、マールと顔を見合わせる。


「あぁ、そうだ。オレが勇者だ」

「うっわー、すっごい! 握手してください!」


 アークはパルフェから降りて、満面の笑顔で少年と握手する。


「役者だなぁ……」


 マールは舌を巻いた。


「勇者さま、あまり差し上げられるものとて無いが、せめてものお礼と激励げきれいだ。持ってってくださせぇ」


 アークは父親から、大きな白い布づつみを受け取った。


「ありがとうございます。必ずや、旅をまっとうしてみせますよ」


 アークはニッコリ笑って父親と握手した。


「ロディ、キミも大きくなって、オレの後に続くんだ。待ってるぞ」

「うん、勇者さま!」


 荷馬車を見送ったアークは、早速布づつみを開いた。


「マール、生ハムの原木げんぼくだ! これをパンに乗せたら美味いぞ!」

「やりましたね、勇者さま!」


 マールがその場でピョンピョン跳ねるが、やがて申し訳なさそうな顔になる。


「でも、良かったんですかね」

「何が?」


 アークはマールの逡巡しゅんじゅんに、キョトン顔を返す。


「だって、わたしたち、ウソついたんですよ? 魔王は他所よその国の勇者に倒されて、もういないじゃないですか。なのに、これから倒しに行くかのようなこと言っちゃって」

「そんなこと言ってないよ」

「はぁ?」


 アークはマールにウィンクしてみせた。


「オレは旅を全うしますと言ったんだ。旅を全うして、大陸の小洒落こじゃれたパン屋に弟子入りしてみせる!」


 アークがその場でガッツポーズを取る。

 マールがそれを呆れ顔で見る。


「……少年に言った、後に続けっていうのは?」

「あれは、オレの後に続いて、家業をがんばれよと」

「屁理屈だぁ」

「ウソは言って無いさ。さ、先に進むぞ」


そこから二人は、人目ひとめを避けて、側道そくどうに入った。



 昼になったので、二人は昼休憩を取ることにした。

 いい感じの木陰を見つけたので、そこにシートを広げ、二人して座る。


 マールが魔法で起こした火を使って、アークはスキレットでタマゴを焼いた。

 実家から持ってきたパンに今日貰ったばかりの生ハムを乗せ、その上に目玉焼きを乗せる。

 最後にチーズを乗せたら完成だ。

 見る間にチーズがトロける。


 マールが満面の笑みを浮かべてかぶりついた。

 トロけたチーズが糸を引く。


美味おいしー!!」

「ま、美味うまいんなら何よりだ」


 アークも自分の分のパンにかぶりつく。

 その間、三度ほど、マールからおかわりの要請がきた。

 その度に、タマゴを焼き、パンとハムを切ってやる。

 三度目のおかわり要請のときは、さすがにアークの顔が呆顔あきれがおになった。


「なんていうか……よく食べるな、マール」

「ほんなこほいああいでくああいよ」

「……何だって?」


 アークでさえも、このサイズのパンなら、二枚でお腹いっぱいだ。

 それなのに、アークより小さな女の子がこんな大きなパンを四枚も食べるのは、ちょっと食べ過ぎな気がする。

 

 美味しいと言ってくれるのは嬉しいが、普段この調子で食べていたというのなら、マールのお師匠が悩んだ末にマールを追い出した気持ちも分かるというものだ。


 マールは同年代の子と比べて背が低い気がするが、これだけ食べて痩せっぽちというのはどういう了見だ? と、アークはそっと考えた。


「さ、じゃ、そろそろ片付けよう」


 食べ終わったアークは、まだパンを頬張っているマールを放って、荷物をまとめ始めた。

 そのとき、二人の周りを青い物体が取り囲んだ。

 スライムだ。

 今度は十匹以上いる。


 アークは腰のベルトに挟んでいた麺棒めんぼうを引き抜いた。

 アークは、自身に向かってジャンプで飛び込んで来たスライムに向かって、すれ違いざまに麺棒を振るった。


 バシっ!


「当たったぞ!」


 だが思ったほどダメージは与えられていないようで、地面に叩きつけられたスライムが、他のスライムたちと一緒に、再びアークに突っ込んでくる。

  

「くっそ、当たっても麺棒の与えるダメージじゃ、こんなもんか!」

照準しょうじゅんが付けられない!」

 

 マールは杖を構えるも、どこに向けていいか分からず逡巡しゅんじゅんする。

 無闇むやみ火焔弾かえんだんを撃ったら、アークに当ってしまう。


 アークは、避けながら尻餅しりもちをついた。

 その手が、切り株の上にまだ置いてあった包丁に当たる。

 道中どうちゅう、魚をさばく可能性も考えて、刃渡はわたり三十センチもあるモノを持ってきていたのだ。

 切れ味がとても良く、生ハムの原木をスライスするのにちょうど良かった。 


「これだ!」


 スラッシュ!


 一撃でスライムが真っ二つになる。

 返す刀で、次のスライムも二分にぶんする。

 ダンスが得意と公言こうげんするだけあって、アークは、ヒラリヒラリとバク転をしながら包丁を振るった。

 その度に、アークに向かってくるスライムが綺麗にスライスされる。

 

 あっという間に数が半分に減った。

 スライムたちは、体勢を整えようと、いったん離れて集結した。

 待ってましたとばかりに、マールが杖を向ける。


「ファイアトルネード!」


 マールの杖から飛び出た炎の玉が中心のスライムに当たると、そこを起点に激しい炎がうずのように広がり、五メートルほど円形に焼き尽くした。

 残っていたスライムはこれで全て燃えた。


「勇者さま! それ、いけますね!」


 マールが笑顔でアークに駆け寄る。

 だが、アークはそんなマールを、への字口じぐちで迎える。


「見ろよ、これ。ひどいもんだ」


 アークがマールに向かって、包丁を見せた。

 包丁の刀身がスライムの体液で真っ青に染まっている。


「う。これでハム切られるのイヤかも……」

「でも、使い勝手は悪くなかったぜ。このくらいの長さと重さが合ってるんだろうな、オレには。よし、次の街で、はがねつるぎを売って、ダガーでも買おう」


 アークは麺棒をバッグに仕舞しまった。

 代わって包丁をさやに入れ、腰に差す。


「勇者の武器が包丁ってのも、どうかと思うけどね」


 アークがマールに向かって、肩をすくめてみせた。


「さ、じゃ、片付けして、とっとと先に進もうぜ」


 アークとマールは再びパルフェに乗り、次の街を目指した。

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