第15話 リンドルム廃鉱山

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。

 


「なーんか雰囲気悪いなぁ……」


 一言も話すことなく、ひたすらパルフェを歩ませ続けるアークの背中を見て、マールはため息交じりにつぶやいた。

 

 アークとマールは、冒険者ギルドから依頼を受けて、リンドルム廃鉱山へと向かっていた。

 リンドルム廃鉱山は、バレッタの町とラエールの町のちょうど中間くらいに位置している。

 昔は銀を採掘していたが、採れなくなって廃鉱となった。

 もう二十年も前の話になる。


 ところがそこに、最近になってスケルトンが出没しだしたらしい。

 本来立入禁止の場所なのだが、度胸試どきょうだめしと称してそういう場所に好んで入りたがるやからはどこにでもいる。

 腰を抜かして駆け込んだ者たちの証言を重く見た当局は、すぐさま、冒険者ギルドに調査依頼を出した。

 その結果、こうしてアークとマールが来ることになったのである。

 

「服、引っ掛けるなよ、危ないからな」


 アークが広げた有刺鉄線ゆうしてっせん隙間すきまを、ヒョイっとマールが通る。

 アークはマールのことを鈍臭どんくさいと思っているようだが、それは違う。


 壁ジャンプから、空中で身体を複雑にひねっての回転着地を決められるアークの身軽さが異常なのであって、マールの運動神経は極めて標準的だ。

 リリーナは、ちょっとした段差でつまづく程の、とんでもない運動音痴だが。

 

「勇者さま、あれ、あのレール。ひょっとして……」

「うん、トロッコのレールだな。だが表には無さそうだな。ってことは、トロッコは中か」


 敷地に入ると、そこかしこにトロッコのレールが敷かれていた。

 それらトロッコのレールは、全て、岩壁に幾つも開いている穴へと続いている。

 二人はメインのものらしき、一際大きい通路に入った。

 外からのレールが足元を通って、更に奥まで続いている。


「光の精霊ウィル・オ・ウィスプ! なんじの光で地上を照らせ!」

 

 坑道を歩く二人の上を、ふよふよと光の玉が泳ぐ。

 ウィル・オ・ウィスプだ。

 お陰で昼と変わらぬように歩けるが、その分、敵に見つかりやすくなる。

 足元を走るトロッコのレールに沿って、二人は慎重に慎重に、奥へ向かった。


 入り口から五十メートルほど進んだ辺りで、空間が広がる気配を感じた。

 広場があるようだ。 

 手前で止まったアークは、後ろに続くマールに、ちょっと待てと右手で合図をし、そっと広場を覗き込んだ。


 広場には、五本ほどレールが敷いてあり、各レールの上にトロッコが設置してある。

 足元を走るレールもそこまで繋がっている。

 どうやらこの広場は、トロッコ用のステーションらしい。


 そしてそこに、歩哨ほしょうなのか、十体ほどスケルトンが歩いていた。

 そっとマールを呼び、スケルトンを指差す。

 マールがスケルトンを見て、顔をしかめる。


 さぁてどうしようかと、広場の隅々まで観察していたとき、アークの視界に、真ん中のトロッコの中で倒れている人の姿が飛び込んできた。


 気を失っているのか、既に死んでいるのか、人影はピクリとも動かない。

 ローブを被っている為、性別も年齢も分からないが、もし生きているのであれば、放っておくわけにもいかない。


 アークはマールを振り返って一つ頷くと、人影に向かって駆け出した。

 

「光の精霊ウィル・オ・ウィスプよ。舞って舞って、跳ね回れ。弾けて跳んで、朝まで踊れ!」


 マールが呪文を唱えると、広場のあちこちで、同時に光が生まれた。

 色とりどりの閃光が、まるで花火のように、広場の中を一斉に走る。

 

 何が起こったかと、歩哨のスケルトンが、ガチャガチャ音を立てて、光を追い掛け始めた。

 マールがスケルトンを引き付けてくれている間に、アークは全力で走り、トロッコとの距離を一気に詰めた。


 アークは目的のトロッコに飛び乗るやいなや、急いでストッパーを外した。

 トロッコがゆっくり動き出す。

 気付いたスケルトンが数体、アークの乗ったトロッコを追い掛けるも、スピードの乗ったトロッコは、それらをグングン引き離し、真っ暗な通路に入った。

 


「おい、おいあんた、爺さん、生きてるか?」

「ん……んん」

「良かった。無理に喋らなくていいからな」


 アークが水で濡らしたタオルで老人の顔をそっと拭う。


「うぉっぷ。ぬぬ? おぉ! 先日の坊主ではないか! 久しぶりじゃのぅ!」


 アークは老人をギュっと抱き締めた。

 老人が笑いながら、アークの背中をポンポンと叩いた。


「こりゃこりゃ、あまり強く抱き締められると、骨が折れてしまうわい。ワシを幾つだと思っておる。もう大丈夫じゃわい」

「あぁ、ごめんごめん」


 アークと老人は、広場にいた。

 灯りといえば、焚き火一つしか無いので、ここがどの程度の広さなのかも分からない。

 だがとりあえず、他の生き物の気配は感じない。

 ここなら休憩を取れる。


 アークは、そばで燃えていた焚き火に近寄り、そこに刺さっていた串を取った。

 よく焼けて、湯気が出ている。


「ちょうど今、焼けたところだよ。ミミルの串焼き、食べるかい?」

「おぉ、ワシも、ちょうど腹が減っていたところだったんじゃ。すまんの」

「いいってこと。まずは腹ごしらえさ。慌てなくていいぜ、まだまだあるから。さ、火傷やけどしないように。どうぞ」

 

 老人が串焼きにかぶりつこうとしたその時。

 老人は、微かな揺れに気付いた。

 アークも気付いて、老人と目を合わす。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


「何の音じゃ?」

「さぁ……」


 二人して辺りを見回す。

 音が段々近付いてくる。

 次の瞬間。


 ドッカーーーーン!!


 真後ろに停まっていた、アークと老人が乗ってきたトロッコに、暗闇の中、猛スピードで走ってきた新たなトロッコが凄まじい音を立てて激突した。


「うわぁ!」

「うひゃぁあ!」


 アークと老人は、慌ててその場に伏せた。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 二台目のトロッコに乗った何者かが、アークと老人の上を、ドップラー効果が乗った悲鳴を残しながら飛んで、暗闇に消えた。

 一瞬の間の後。


 ガッシャーーーーン!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 遠くで誰かが何かに突っ込んだような音がした。


「マール!!」

「嬢ちゃん!」


 アークは慌ててマールを追い掛けた。

 


「で、爺さん、何か思い出せたのかい?」

「思い出せたの? お爺ちゃん。あいたたたたたた」

 

 アークはマールの頭に濡れタオルを乗せてやりながら、老人に問いかけた。

 マールの頭には、でっかいタンコブができている。

 老人がその質問にニヤっと笑う。


「おぉ、思い出せたとも。二人とも、聞いて驚け。ワシの名前は『ジェラルド=ウォーロック』。古代シュテルネハオフェン王国に名高き賢者ウォーロックとは、ワシのことじゃ!」

「……」


 アークとマールは揃って首をかしげた。


「おぉ、そうか。昔の名前で言っても分からんのも無理はない。すまんすまん。古代シュテルネハオフェン王国はすでに滅びておるからの。今あそこに建っておるのは……確か、ヴァッカース王国とか言ったかの。まぁ、要は、あの辺りじゃよ」


 アークとマールは、またも揃って首を傾げた。

 

「ヴァッカース王国って……どこ?」


 マールの質問に、ウォーロックが心底情けなさそうな顔をする。


「最近のお子さまは、地理や歴史の勉強をせんのか? 情けない。どれ、教えてやるから、地図を出しんさい」


 マールが背中に背負ったリュックから地図を出し、開いた。

 三人して、開いた地図を覗き込む。

 だが。


「無い。無いぞ。そんなバカな! これは本当にヴァンダリーアの地図か?」


 ウォーロックが地図を傾けたり引っくり返したりした末に、弱々しく呟いた。


「ヴァンダリーア? ここはファンダリーアだよ? ファンダリーアの南の端にあるポポロニア島ってとこ」


 マールがキョトンとした顔で答える。


「ヴァンダリーアじゃないだと? ……してやられた。あんの小娘が……」


 ウォーロックの手がぷるぷる震える。


「大丈夫? お爺ちゃん……」

「爺さん、どうかしたかい?」


 マールがウォーロックに寄り添う。

 アークも心配そうにウォーロックを見つめる。

 ウォーロックが心底自分を心配してくれている二人の様子を見て、苦笑いを浮かべた。


「お主らは優しいの。……にしても、どうしたもんかの。いかにワシでも、次元を越えることは不可能じゃ。やぁれやれ。帰れなくなってしもうたわい」


 ウォーロックは深くため息をついた。

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