第12話 港町のプリンセス

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。

 トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。



「な、ん、で、す、か! これは!!」


 ここは港町イヴラナ。

 海には観光船が何隻も浮かび、町の中には、歴史ある鐘楼しょうろう、文化財となっている建物等が数多く存在している。

 町の雰囲気も異国情緒いこくじょうちょたっぷりで、観光客が多く集まる。

 若者も、露天で買った食べ物で食べ歩きしながら、新たにできたスポットで遊んでいく。


 そんな中、昼食に立ち寄った食堂で、リリーナが財布の中に隠し持っていたウェディングドレスの写真がポロっと落ちた。

 アークと腕を組んでいる写真だ。


 そこまではいい。

 パーティー会場にいたマールも、ウェディングドレスまでは見ていた。

 だが、写真は一枚では無かった。


 あかあおみどり

 いつの間に撮ったのか、新婦用に用意されていた華麗なデザインをほどこしたお色直し用のカラードレスを、リリーナがノリノリで着た写真が何枚も出てきた。

 そしてそれを、運悪くマールにバッチリ見られてしまった。


「アハハハハ……」


 リリーナが引きつった笑いを浮かべる。


「見つかっちゃいました」

「ズルい、ズルい! わたしもドレス着たい!!」


 マールは地団駄じだんだを踏んだ。

 アークとリリーナが困って黙り込んでしまったところで、お茶を運んできた若い男性店員が助け舟を出した。


「ドレス、着られるよ?」


 アーク、マール、リリーナ、三人の視線が、一斉に店員に集まる。 


「どこで?」


 マールが勢い込んで店員に詰め寄る。


「この先の丘の上に、『イグナイト城』っていう、観光用の古城があるんだが、中に写真館があって、そこで『プリンセスドレス体験』ってやつをやってる。敷地内ならドレス着て歩けるぜ」

「それだ!!」


 マールが店内に響く大声をあげる。

 アークはリリーナに向かって、肩をすくめてみせた。

 リリーナはそれを見て、フフっと笑う。


「じゃ、行くか」

「はい!」


 マールは元気よく返事をした。



 イグナイト城は、まさにテーマパークだった。

 観光用というだけあって、城自体はあまり大きく無いが、城と、石畳で覆われた敷地内にいくつも建つ古びた建物群の雰囲気がとても合っていて、特に若い女性やカップルで賑わっていた。

 アークやマールは、一歩も自宅のある町を出たことのない田舎者ゆえ知らなかったが、ここは撮影者が多く訪れる、地元の人気観光スポットなのだった。

 

「あ、あの人、ドレス着てます! あっちにも! すごいすごい!」


 マールが興奮して叫ぶ。

 アークはヤレヤレと、苦笑いしながら券売所に行き、係員に話し掛けた。


「入場チケット三人分と、プリンセスドレス体験を二人分、お願いします」

「わ、わたくしもですか?」


 リリーナが慌てて叫ぶ。


「せっかくだし、マールのお目付けがてら、キミも体験してくるといい」

「アークさん……」

「はいはい、行きましょうリリーナ先輩。勇者さまはそこらへんで適当に休んでてください」


 マールはリリーナを引っ張って、体験会場となっている城の奥に入っていった。



 同じく城内の一角で営業していた喫茶店で珈琲を飲みながら、二人の着替えを待っていたアークは、係員たちが何人も走って奥に消えていくのに気付き、イスを立った。

 そういえば、マールとリリーナが着替えに行ってから、もう随分経つ。

 いい加減出てきてもいい頃だ。

 何か、トラブルでも発生したか、と思ったアークは、ちょうど通り掛かった係員に声を掛けた。


「更衣室の鍵を掛けてしまったお客さまがいるんです。更衣室は一個しか無いので、他のお客さまが入れなくなってしまいまして……」

「中に人がいるんだろう? なら、声を掛けて注意をすればいいじゃないか」

「それが、中にいるお客さまの護衛らしき方が更衣室の前に陣取っていて、中に人が入るのをはばんでいるんです」

「なーるほどね。よし、手伝うよ。一緒に行こう」


 待つのに退屈していたアークは腕をぐるぐる回しながら、係員と一緒に更衣室に向かった。


「勇者さま!」

「アークさん!」

「なーんだ、二人とも、まだ着替えてなかったのか」


 更衣室前に置かれたイスに、マールやリリーナだけでなく、他にも何人も座っている。

 本来ここは通路なので、施設側が、待ってもらっているお客用に慌てて用意したのだろう。

 そしてその先、扉の前に、身長二メートルを超える、筋肉の塊ような男性が突っ立っていた。


 かなり使い込まれていそうなソードが、腰に差さっている。

 盛り上がった筋肉も、適度に引き締まっている。

 この護衛は、見た目だけのモノではなく、実戦タイプの本物だ。

 これは手強そうだ、と思いながら、アークはそっと近寄った。


「なぁあんた、その更衣室はみんなで使うものだそうだ。そう中にいるご主人さまに伝えてくれないか?」

「……失せろ。奥さまとお嬢さまの邪魔をするな」

「ルールは守ろうぜ?」

「関係無い。俺にとっては、奥さまの言葉だけが全てだ。失せろ」


 アークは更に近寄った。

 護衛の身体に微かに力が入るのが分かった。

 無駄な力を入れて動きが鈍るのを避ける。

 プロの体重移動だ。


 だが、ここは観光施設だ。

 刃傷沙汰にんじょうざたは避けるはず。

 ならば!


 アークは心を無にし、止まらずそのまま近寄った。

 途端に轟音と共に飛んでくるパンチを最小限の動きでくぐり、護衛にピッタリ接近しながら、刀の柄頭つかがしらをその腹にピタっと当てた。


「やるな、小僧。だが、武器を持っての真剣勝負とお遊びとでは、わけが違うぞ?」

「そんなことは分かってるよ」


 アークの耳たぶがわずかに切れて、血が頬を伝う。

 手加減されたから、この程度で済んだのだ。

 アークにもそれくらい分かった。

 その時だ。


 バタン!


 扉が開いて、中から女性が二人出てきた。

 護衛がそっと通路の端に寄り、女性二人に道を譲る。


 出てきたのは、年配の女性と、その娘らしき少女だ。

 年配の女性が辺りをねっとりとめつけた後、口を開いた。


「騒がしくて、着替えに集中できなかったではないか。騒いでいたのは誰だえ?」


 苛立ちが混ざった甲高い声だ。

 雰囲気に飲まれて誰も口を開かない。

 それはそうだ。

 係員を別にすれば、ここは、か弱い女性ばかりだ。

 アークはため息を一つついて、口を開いた。


「見ろよ、オバサン。あんたたちが更衣室を占拠してたせいで、こんなに大勢の人が迷惑してるんだぜ? 謝罪の一言ひとことくらい、あってもバチは当たらないんじゃないか?」

「オバサン?」


 女性の眉がピクっと上がった。

 女性は、人殺しでもしそうな目でアークをしばらくにらみつけていたが、やがてフンっとワザとらしく鼻息を吹くと、黙って外に出ていった。

 後ろにいた娘も母のマネをし、鼻息を吹くと、母を追い掛けて出ていった。

 護衛が黙ってそれに続く。

 

「さ、さぁお客さまがた、お入りください。お待たせして本当に申し訳ございませんでした!」


 係員が謝罪しながら誘導する中、マールとリリーナも、更衣室に消えていった。

 それを見送りながら、アークはイスに座って、先ほどの女性の険しい目つきを思い出していた。

 目が、このままで済ます気は無いと語っていた。

 

 中から出てきた女性二人は、普通の格好だった。

 ということは、プリンセスドレス体験が終わって帰るところだったということだ。

 何か仕掛けてくるとしたら、城内ではなく、城外でだろう。


 夕方になり、城内に音楽が鳴り始めた。

 ずっと二人の写真係をしていたアークは、これ幸いとばかりに、二人を促した。


「そろそろ出ないと、出口が閉まっちまうぜ。二人ともそろそろ着替えてこいよ」


 マールとリリーナが顔を見合わせ、満面の笑顔で頷く。

 どうやら二人共、プリンセスドレス体験を堪能たんのうしたようだ。

 ドレスを着たその顔がテカテカ、光っている。


「じゃ、着替え、行ってきますわね」

「時間ギリギリだから、外、出ちゃってていいよ、勇者さま」

「おぅ。焦らなくっていいからな。外で待ってる」


 アークは二人を見送ってから、出口を通って外に出た。

 と、正面に、仁王立ちしている人影があった。

 例の護衛だ。


 アークはすぐ、その後ろに停まった黒い馬車に気付いた。

 黒馬車のスモーク窓が少しだけ開いていて、そこから覚えのある視線が向けられているのを感じる。


 アークは周囲を見回した。

 人っ子一人いない。

 どうやら、この通りに人が入って来れないよう、封鎖されているようだ。

 やれやれ、どうやら相当恨みを買ったらしいや。

 

 アークは護衛に近付いた。

 意外にも、先に口を開いたのは、護衛の方だった。


「やって……みたかろう? 小僧」

「何?」

「武を求める者が必ず通る道だ。死が間近に見える位置で、全力で戦いたい。俺がその役をになってやろう」

「あんたを相手に命を賭けた真剣勝負ってわけか。そりゃ荷が重いね」

「お前の仲間には、僧侶がいたはずだ。多少の傷なら治してくれるだろう。一撃死しなければ、の話だが」


 アークは、自分の心音がとんでもなく高鳴っているのを感じた。

 やってみたい、やってみたい! 

 死が間近に迫れば迫るほど、心おどるなんて……処置なしだ。

 アークの頬が緩む。


「もう言葉は必要なかろう。さぁ、いつでもかかってくるといい、サムライボーイ」


 言いながら護衛が剣を抜く。

 それは、アークが思った通り、飾り一つ無い、実戦の為の剣だった。

 護衛が腰を落とし、迎撃の体勢を取る。


 アークも呼吸を整えながら、その場で腰をゆっくり落とした。

 刀を抜きながら、体勢を整える。

 心を無にする。

 身体に染み付いている型が自然と出る。

 

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 あるのは、自分と敵のみ。

 それ以外、何も存在していない。


 ゼロ!


疾風連撃斬しっぷうれんげきざん!」


 アークは瞬間移動したかのように敵に一気に近付き、護衛に向かって神速で刀を振りまくった。

 スケルトン戦のときは息切れしたが、あれから毎日欠かさずこなしている鍛錬たんれんによって、今の自分の力は、確実に上がっている。

 

 自分を信じろ! 刀を止めるな! 休むな! ぶっ倒れるまで刀を振り抜け!!


 はぁ、はぁ、はぁ……。


 やがてアークの動きが止まったが、護衛はまだそこに立っていた。

 アークは片膝をついたまま、護衛を見た。 

 だが。


「お見事!」 


 次の瞬間、護衛の持った剣が粉々に砕け散った。

 護衛の身体のあちこちから、血が流れ出す。

 そして護衛は、大の字になってその場に倒れた。


 護衛が倒れたのを確認したのか、後ろにあった黒馬車が動き出した。

 黒馬車は護衛を置いて、見る見る内に、いなくなってしまった。

 

「きゃあぁぁぁぁ! アークさん、大丈夫ですか!」


 駆け寄ってくるリリーナの声を遠くに聞きながら、アークは気を失った。



「いやぁ、実に美味うまいですな、この茶は。こんな茶が毎日飲めたならなぁ……。ときにお嬢さん、この小僧とはどんなご関係で?」

「え? いえ、わたしくは……」

「いい加減にしろ、おっさん! あんた、何しに毎日ここに通ってんだ!」


 病院のベッドで身体を起こしながら、アークが叫んだ。

 あれだけ無口だった護衛が、デレデレ顔でリリーナを口説いている。

 勝ったアークがまだ動けないのに、負けた護衛の方は、多少身体のあちこちに包帯を巻いただけで、ピンピンしている。 


「何を言ってる。小僧の見舞いに来たに決まっておろうが。お屋敷をクビになって、暇なんだよ。で、お嬢さん、実は自分もいまだ独り身でしてな? どうだろうか、こんな小僧放って俺と……」


 護衛が馴れ馴れしくリリーナの手を取る。


「出て行けぇ!!」


 アークは護衛にマクラを投げつけると、再びベッドに横になった。

 怒鳴って力を使い果たした。

 限界を越えて無理な動きをしたせいで、アークは、あちこちけんが切れてしまった。

 魔法と医療により、切れた腱は無事繋がったが、退院までは、まだ数日掛かるだろう。


 マールがそんなアークを横目に、リリーナに近寄った。


「実際、どうなんです? 勇者さまとは」

「んーー、内緒です」


 リリーナはマールに向かって、笑顔でウィンクした。

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