第11話 ウェディングラプソディ

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。

 トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。



 アーク、マール、リリーナの三人がヒルデルトの町に入ると同時に、三人が首から提げたタグが一斉に発光、明滅した。

 顔を見合わせた三人は、そのまま冒険者ギルドに向かった。


 ギルドのドアを開けると、既に、緊急依頼で呼ばれた、近隣にいた冒険者たちが集まっていた。

 緊急案件だけあって、歴戦の勇士ばかりだ。


「おい! 女の子だ! 女の子が来たぞ!」 

 

 入り口近くにいた冒険者が声を挙げる。

 冒険者たちが一斉に、アークたち三人に道を譲る。

 何のことかといぶかしみながら、三人はカウンターに辿り着いた。


 見ると、そこに白いタキシードを着た男性が一人と、それに対応している係員が数名いる。

 タキシードの男性の視線がアークたちをらえる。

 男性の目が大きく見開かれ、駆け寄ってくる。


「あ、あなたがいい! バッチリだ! あなた、替え玉を頼めませんか!」

「は?」


 タキシードの男性が、リリーナの手を取る。

 アークがリリーナを護るように、サっと間に入った。

 警戒で、アークの目が細くなる。 


「あんた誰さ」

「あぁ、スミマセン、申し遅れました。ボクは『ヒューイ』。見ての通り、本日結婚式を迎える新郎です」

「……それで?」

「お恥ずかしい話ですが、新婦の『ヒルダ』が朝から行方不明になってしまいました。彼女を探して欲しいのです」


 対応していた係員たちがうんうん頷く。


「なるほど。緊急案件の主はあんたか。でも捜索はともかく、替え玉って……」

「式まで時間がありません。中止するわけにもいかないんです。ですから……」

「替え玉で式を乗り切りつつ、捜索しろと。そういうわけか」

「そうなんです。お願いできますか?」


 余程切羽詰まっているのか、ヒューイがアークにしがみつく。

 アークはリリーナを見た。

 リリーナが戸惑った表情をする。


「はい! はい! わたしやります!」


 マールが右手を上げて、その場でぴょんぴょん跳ねる。

 全員の視線がマールに集まる。

 一瞬、室内を無言が占めた。

 次の瞬間、ギルド内が大爆笑に包まれた。


「ムキーー!! なんで! なんでなのさぁ!!」

「体型がね、違い過ぎるんだ。ごめんね、お嬢ちゃん。今回は、そちらの金髪のお嬢さんということで」


 ヒューイが、視線が合うよう中腰になって、申し訳無さそうにマールに説明をする。

 そこへ係員が割って入った。

 

「替え玉をそちらの金髪のお嬢さんにやっていただくとして、捜索は緊急招集を掛けたメンバー全員で行いましょう。それでよろしいですか?」

「構いません。どうか、よろしくお願いします!」


 アークも頷く。

 リリーナは戸惑いながら。マールはふくれっ面をして頷いた。



「うわぁ! キレイですねぇ、リリーナ先輩」

「そう? ありがと」


 リリーナが照れながら、マールに笑顔を向ける。

 パーティー会場の控室で、リリーナは真っ白なウェディングドレスを着ていた。

 マールは付き人としてリリーナと一緒にいた。

 用意されたドレスがリリーナにぴったり合う。

 ということは、行方不明の新婦とリリーナの体型が、ほぼ同じだということだ。

 

 マールは、リリーナの胸元を見た。

 大きく開いた胸元からフェロモンがダダ漏れている。

 同性でありながら、マールもそのフェロモンにクラっときた。

 トップとアンダーの差が本気で、えげつない。

 こんなフザけた体型の人が他にもいるなんて! とマールは心の中で地団駄じだんだを踏んだ。


「さ、そろそろ出番ですよ」


 介添人かいぞえにんの女性がリリーナのところに来る。

 当然のことながら、新郎新婦、及びその親以外で、ということで言えば、この介添人を含め、パーティー会場のスタッフ全員が、状況を把握している。

 

 知らないのは、それ以外の縁戚含め、呼ばれた列席者たちだ。

 パーティーの間、約二時間だけ騙しきればいい。


「さ、ベールを。細かい目地のものにしたので、外さなければ誰にも悟られません」

「は、はい」

「妹さんは、そでで待機してください」

「妹? は、はぁ」


 納得しないながらも、マールも配置に着いた。

 会場の明かりが消される。 

 静かに流れていた音楽が、高まってくる。

 一旦消された明かりが徐々に明るくなってくる。

 マールは緊張しながら、杖を握った。

 パーティーが始まる。



『こちら、ベリー・ワン。大通りの飲み屋の店員からの目撃証言だ。新婦が明け方、誰かと一緒に通りを歩いているのを見たらしい』

『オレンジ・ツーだ。新婦宅の近所の人からの証言を得たぞ。ここ数日、新婦宅の近くを不審な若い男がうろついているのが目撃されている』

 

 先ほどから、アークのタグからひっきり無しに念話が飛び込んでくる。

 アークはメインなので、アップル・ワンだ。

 隣にあと二人、アークの補助として、筋骨隆々の剣士、アップル・ツーと、魔法使いのアップル・スリーが待機している。


「新婦の自宅がここだから、こっち方面に行ってるわけか。この先は海だな。マンゴー隊、聞こえるか? 海の方に捜索に行ってくれ」

『マンゴー・ワン、了解!』


 魔法使いのアップル・スリーが、広げた地図を前に、新婦の動きをシュミレートし、他の隊に指示を出した。

 アークは他のアップルチーム二人と目を合わせ、頷いた。



 曲が流れる中、リリーナは新郎ヒューイと共に、列席者の座る丸テーブルの間を縫って歩いていた。

 列席者に対する挨拶は、新郎に全て任せている。

 リリーナは厚めのベールを被ったまま、一言も発せず、頷くだけだ。


「きゃ!」

 

 と、慣れないドレスと靴のせいか、リリーナがつまづいてヒューイに抱きついた。

 新婦のモノで見慣れているかと思いきや、リリーナの胸の破壊力に、思わず新郎の顔がゆるむ。

 途端に、会場のあちこちから冷やかし声が挙がる。

 

 そんな中、マールは、既に酔っているのか、しきりに新婦に話し掛けようとする客がいることに気が付いた。

 マールが袖に隠れたままブツブツ呪文を唱えると、そのテーブルに置いてあった花が七色の光を発した。

 おぉ、と、周囲の客の目が、そちらに釘付けになる。


 マールは事前に会場内に、幾つか仕掛けをほどこしておいた。

 これは、その内の一つだ。

 マールは、ホっとため息を一つつき、また会場の監視に戻った。



『こちら、バナナ・ワン。新婦の同僚の証言だ。最近、元カレからしきりに復縁を迫られていると、新婦がこぼしていたらしい。怪しいかもしれんな』

『マンゴー・ワンより緊急連絡! 海辺の別荘に新婦らしき姿を発見! 何人かの男どもに監禁されている模様!』


 アークの隣で、マンゴー隊からの報告を聞いたアップル・スリーが頷く。


「敵は、新婦の元カレと、元カレに雇われたチンピラどもってところか。全隊に通達。至急灯台に集合せよ。そこから転移魔法で一気に突入する。急げ!」


 アップル・ツーの指示の元、全隊が一斉に移動を開始した。


「行くぞ、アップル・ワン!」

「おぅ!」


 アップル・ツーに声を掛けられ、アークは大きく頷いた。


 リリーナとのからみがあるから、自分が名目上のリーダーとなってはいるが、このミッションの実質のリーダーはアップル・ツーだ。

 だが、悔しがる必要は無い。

 むしろ、この機会に隊の動かし方を学ぶべきだ。

 アップル・ツーは、アークの思いを悟ったのか、『そうだ、焦るな』とばかりに、アークに向かって、ウィンクをしてみせた。


 

 高砂たかさごのような一段高い席に着いたリリーナと新郎ヒューイは、司会に進行を任せ、席上でニコニコしている。

 マールはというと、袖から移動し、リリーナの座る席のすぐ下に隠れていた。

 

 ヒョイ。


 テーブルの下に隠れるマールの前に、料理の乗ったお皿がゆっくり降りてきた。

 さしものリリーナも、締め付けられる衣装を着ているせいで、食事が入らないのだろう。

 リリーナは料理には一切手をつけず、皿をそっくりそのまま、マールのところに回した。

 マールは、意外とこの配置、美味しいかもしれない、などと思いながら、それらの珍しい高級料理を、バクバク食べた。

 と、そこへ緊急連絡が入る。


「ヒューイさん、リリーナ先輩、花嫁さんが見つかったようです」


 マールがテーブルの下から小声で話し掛ける。


「なんですって?」


 ヒューイの顔色が変わる。

 ヒューイは、周囲に会話が聞こえるのを警戒し、慌てて小声で呟いた。

 そうしながらも、列席者に悟られぬよう、顔は正面を向いたままだ。 


「どこにいたんですか?」

「元カレが雇ったチンピラどもに捕まって、海辺の別荘に監禁されています。でも今から突入しますので、心配しないで、ですって」

「くっ。ボクも助けに行けたら……」

「ヒューイさん、ここはわたくしども冒険者たちにお任せください。必ず花嫁さまをお助けしますから」


 リリーナの言葉に、前を向いて無理やり笑顔を作っていたヒューイが唇を噛みしめる。


「……お願い、します……」


 ヒューイは、拳をギュっと握りしめながら耐えた。



 別荘への突入は、一斉に行われた。

 アップル、ベリー、オレンジ、バナナ、マンゴー、五チームとも、メンバーに転移魔法が使える魔法使いが入っている。


 ベリー隊が正面から突入し、敵の目を引き付けている間に、他の四隊は転移魔法で別荘に乗り込んだ。

 アークも二階のベランダから乗り込んだ。


 雇われたとはいえ、しょせんはチンピラだ。

 相手はプロでは無い。

 動員人数は両者共に、ほぼ同じだが、日々戦闘を行う冒険者の敵では無い。

 アークも刀を抜き、チンピラたちに特攻を掛けた。



 突入作戦はわずか三十分で終わり、無事、新婦も開放された。

 読み通り、新婦の元カレによる強奪事件だった。

 冒険者ギルドから保安官事務所に即座に連絡が入り、元カレと雇われたチンピラたちが引き立てられて行く。

 そちらの処遇は、この先、保安官事務所の仕事となる。


「ヒルダさん、ですよね。大丈夫ですか?」


 アークがヒルダの縄を解いた。


「あ、あなた方は?」


 リリーナ並みにスタイルの良い女性が、絞められて付いてしまった手首のヒモ痕をさすりながらアークを見る。


「新郎さんに雇われた冒険者です。今、オレの仲間があなたの替え玉をやっています。急ぎましょう。今ならまだパーティーには間に合うはず」

「は、はい!」

「後処理は任せておけ、アップル・ワン。報酬取りに戻るの、忘れるなよ?」


 アークはアップル・ツーに見送られ、新婦ヒルダと共に、別荘を出た。



「バトンタッチですわ、新婦さま」

「替え玉、ご苦労さまでした、冒険者さん」


 新婦控室で、白のウェディングドレスを着たリリーナと、ピンクのお色直し用カラードレスを着た新婦ヒルダがニッコリ笑ってチェンジした。


 自分に代わって会場に入っていくヒルダの後ろ姿を見送ったリリーナが、ベールを外しながら、アークの方に振り返る。

 ツカツカっと近寄ると、アークの腕に、自分の腕をギュっと絡ませた。

 たわわな胸が腕に押し付けられたアークは、顔を真っ赤にする。 

 

「記念に写真、撮ってもらいましょ。撮影、お願いします!」


 リリーナがカメラマンに声を掛けた。



「さて、じゃ、冒険者ギルドに戻るか。報酬、忘れずに受け取らなくっちゃな」

「そうですわね」


 アークとリリーナが、それぞれ白と紫のパルフェを並ばせて歩ませる。

 リリーナも、既にいつものシスターの格好に戻っている。

 アークとリリーナは、それぞれの状況を報告し合いながらパルフェを歩ませた。

 と、二人同時にパルフェを止めた。


「何か忘れている気が……」

「ですわねぇ。何か大事なことを忘れている気がするんですけど、はて何だったかしら……」


 しばしそこで考えた。

 そして……。


「マールだ!」

「マールさんですわ!」


 二人同時に大声を挙げ、慌てて式場に取って返した。


 

 結婚式の会場は、既に片付けが始まっていた。

 宴会も終わり、依頼者の新郎新婦も列席者も、帰宅の途に着いている。

 アークは片付けをしている場内スタッフの間を縫いながら、リリーナに促され、新郎新婦用のテーブルまで来た。

 目隠し用の白布をめくると、そこに、お腹いっぱいになった為か、大の字になって爆睡しているマールがいた。


 リリーナが、右手の人差し指を立て、静かに、とジェスチャーする。

 アークは苦笑しながら、そっとマールを担いだ。

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