第10話 人は見かけによらぬもの

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。

 トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。



 老人は偶然見つけた滝の裏にあった空間で、しばらく座って考えていた。

 自分が何者なのか、どうやってここまで来たのか。

 外から見えない位置なので、好きなだけ考えにふけっていられる。


 ふと老人は気付いた。

 今まで誰もいなかったのに、いつの間にか、自分の周りに幾つも人影が出現していた。


 慌てて振り返ると、そこにいたのは、ガイコツの魔物、スケルトンだった。

 だが、彼らは襲ってくるでもなく、ただじっとそこに立っている。

 微動だにしない。

 まるで、命令を待ってでもいるかのようだ。

 

 その様子を見て、ようやく老人は思い出した。

 自分が何者なのかを。

 自分がなぜここに飛ばされてきたのか、想像するしかないが、誰がやったかは見当けんとうが付いた。


「小娘が、情けを掛けたつもりか……」


 ようやく過去を取り戻した老人は、右手を前に伸ばした。

 次の瞬間、どこから現れたか、その手に漆黒のねじ曲がったロッドが現れた。

 

「さあて、じゃあ、リベンジといこうかの」


 老人は、近くに控えるスケルトンに向かって、ニヤっと笑ってみせた。



「凄ぇ……」


 ハルミドは眠らない街だった。

 町では無い。街だ。

 国境からほんの三十分、パルフェを走らせただけで繁華街に入った。


「わたし、もう眠いです、勇者さま……」 


 マールが目をこすりながら言ったかと思うと、そのままパルフェの上で突っ伏して寝てしまった。


「もう九時だしな。リリーナ、ちょっとオレ、今夜の宿を探してくる。この辺りで待っててくれ。その間、マールを頼む」

「おまかせください。いってらっしゃいませ」


 リリーナが小さく手を振るのを後にし、アークは繁華街を走った。



 アークが無事、宿を取って戻ってくると、リリーナもマールもいなかった。

 アークの顔が青くなる。

 アークが慌てて通り中を走って探すと、今まさに、いかがわしそうな飲み屋に連れ込まれようとしているリリーナとマールの姿が目に入った。


「止めてください!」


 腕を掴まれ引っ張られるリリーナが抗議の声を上げる。

 ぐっすり寝入ったマールは、一緒にいる仲間らしき男にかつががれている。


「その手を離せ!」


 アークは駆け込みつつ、マールを担いでいた男の背中に飛び蹴りを入れた。

 奪還したマールを街路樹の根本にもたせ掛け、アークは振り返る。

 五人の屈強そうな若者たちが、思わぬ邪魔者の乱入に気色けしきばむ。

 皆、酔っている上に、かなり血の気が多そうだ。

 

「アークさん!」

「リリーナ! 今助ける!」


 アークはさやごと刀を腰から抜いた。

 いくらチンピラでも、斬るのは忍びない。

 鞘での打撃なら、精々せいぜい気絶させる程度で済む。

 アークはチンピラに向けて、基本の型を取った。


「よぉよぉ、にいちゃん。独り占めは……無しだぜ!」


 最初に殴り掛かってきたチンピラの攻撃を刀で受け、腹への突きで返した。

 チンピラが崩れ落ちる。 

 剥き出しのナイフを振るってきた次のチンピラの腕を刀で殴打し、ナイフを叩き落とした。

 身体を回転させ、チンピラのアゴを刀で殴る。

 三半規管にダメージを受けたチンピラがその場に崩れる。


 残った三人のチンピラたちが一斉にそれぞれの獲物を抜く。

 ナイフ、ソード、ダガー。

 酒が入っててタガが外れている為か、あるいは、仲間がやられて頭に来ているのか、抜き身の武器を振るうのにためらいが無い。

 チンピラが一斉に向かってきた。


 毎日の鍛錬たんれんの成果か、ほんの一ヶ月ほど前までド素人だったアークは、サムライとして、驚くほど成長していた。

 アークは、流れるような足さばきでチンピラの間をすり抜けつつ、その急所に打撃を与えた。

 チンピラの攻撃は、ことごとく空を切り、全員、アークの打撃で地を這った。


「アークさん! 後ろ!!」

「がっ!!」


 チンピラを全て倒してホっとした瞬間、アークは後頭部を殴られ、その場に昏倒こんとうした。

 チンピラは五人では無かった。

 更に十人の仲間がいた。


「アークさん!」

「へっへっへ。ナイトは気を失ったことだし、ここから先は大人の時間だ。さぁ、楽しもうぜ」


 新たなチンピラたちが、リリーナの周りを囲んだ。

 チンピラたちは、リリーナの身体を上から下までジロジロ見ながら、舌舐したなめずりをしている。

 リリーナは思わず、チンピラたちに、心底嫌そうな顔を向けた。


「あの、わたくし、お酒はたしなみませんの。未成年ですし」

「じゃ、別のことして遊ぼうぜぇ……あいててててててて!!」


 素早い動きで自分に手を伸ばしてきたチンピラの後ろに回ったリリーナは、その腕をじ上げる。


「そういうことは、別の方とやっていただけます?」


 言いながら、リリーナはチンピラの背中に打撃を加えた。

 チンピラがその場に倒れる。


「あぁあぁ、やっちゃったねぇ。ケジメつけてもらわないとねぇ」


 ニヤニヤしながらチンピラがリリーナに一斉に向かってきた。

 リリーナはそれらをヒョイっと避けると、近くの街路樹の後ろに回った。

 高さ七メートル、内径五十センチはありそうな、それなりに大きな木だ。

 そのすぐ隣の街路樹の根本には、マールが寝ている。


「そんなんで隠れたつもりかよ!」


 チンピラたちがゲラゲラ笑う。

 が、その笑いが一瞬で止まった。


「隠れたんじゃありませんのよ? わたくし、手頃な武器を探していたのですわ。よいしょっと」


 リリーナは言うなり、街路樹に抱きついたかと思うと、一気に地面から引き抜いた。

 チンピラたちの口が、一斉にあんぐり開く。

 ギャラリーたちの口もあんぐり開く。


 ティーンの、しかもこんなか弱そうな美少女が、キロどころか、トンまでいきそうな木を地面から引き抜いたのだ。

 ビックリもするだろう。

 しかもリリーナは、素振りとばかりに、引き抜いた木をその場でブンブン振り出した。


 巻き込まれることを恐れたギャラリーが、悲鳴を挙げながら、慌てて距離を取る。

 

「え? あれ? どうなってんの? 手品?」

「まさかそんな……なぁ」

「あっれぇ? 酔いが回っちゃったかな?」


 事態を理解できないチンピラたちが、目をこすりながら、その場で立ち尽くす。

 数回街路樹の素振りをして、満足したのか、リリーナがチンピラの方を向いた。


「準備はよろしくて? そろそろ行きますわよ?」

「え?」


 ブン!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 一振りでチンピラたちが十人、まとめて吹っ飛んで、終わった。

 ケンカが終わったと見て、ギャラリーが解散していく。

 繁華街の喧騒が戻ってくる。


「よいしょっと」


 リリーナは街路樹を抜いた場所に突き立て、アークの元に走った。

 アークはまだ気絶している。


「聖アンナリーアよ、かの者に回復の加護をたまわらんことを! 聖なる雨ホーリーレイン!」

「う、ううん……」


 リリーナの回復魔法が効いたのか、アークが頭を振りながら起きる。


「リリーナ……。リリーナ! 大丈夫か!!」

「えぇ、大丈夫ですわ。アークさん、さすがお強いですわ」

「え? オレ? いや、なんか後ろから頭にダメージを受けたような……」

「最後の一人は、街の皆さんがやっつけてくださいましたので、もう敵はいませんわ」


 イヤイヤ!


 まだ少し残っていたギャラリーが一斉に、無言でツッコミを入れるも、幸いにもアークの位置からは見えなかった。


「マールさんもそこに倒れていますわ。回収して、宿に向かいましょう」

「そ、そうだな。よし、行こう」


 アークはマールを回収し、リリーナを連れ立ち、今夜の宿へと向かった。

 マールはその間、アークに背負って運ばれながらも、全く起きることは無かった。



 夜、遅くまで店々がやっているせいか、この街は、朝は遅いらしい。

 すっかり旅支度を整え、宿を出た三人であったが、街はまだ眠っていた。

 大通りにさえ、ほとんど人はいない。


「これが……都会なんですか? 勇者さま」


 マールが口を尖らせる。

 マールは着いて早々、寝てしまったので、不夜城のようなきらびやかな繁華街をほとんど見ていないのだ。


 朝早いので、街のあちこちにゴミ目当てのカラスが集まってきており、あまりキレイな印象は受けない。

 しかも、この時間なのに店一つ開いていないとなると、マールの評価がダダ下がりになるのも仕方ないと言えよう。

 結局、マールのこの街に対する感想は、『だだっ広いだけの汚い街』となってしまった。


「ま、子供にはあまり面白みの無い街さ」

「なんですか、それ! 子供扱いしないでください! 折角せっかく色々楽しいことがあるかと思ってたのに!」

「まぁまぁ、マールさん。この先、もっと楽しい街がありますわ。その期待は、後日に取っておきましょ」


 リリーナがなだめるも、マールは口を尖らせたままだ。

 アークはそんな様子を見て苦笑した。


 次に三人が向かうのは、ここヒルデガート王国の城下町、ヒルデルトだ。

 城下町だけあって、それなりに大きいと聞いている。

 ハルミドと違って治安も良いだろうから、比較的安全に過ごせるだろう。

 三人は、ほとんど人がいない大通りを、ヒルデルトに向かって、真っ直ぐパルフェで走り抜けていった。

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