第2話 冒険は前途多難

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。 

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 


「おはようございますー」


 寝ぼけ顔のマールがリビングに降りてくる。

 リビングで兄たちと一緒にコーヒーを飲んでいたアークが顔を向ける。


「おぅ、おはよう。洗面所はそっちだ。顔、洗ってきな」

「はーい」


 昨夜は急遽きゅうきょ、アークの家に泊まらせてもらった。

 女の子にいきなり野宿させるのは厳しいと思ったアークは、旅立ちを翌日に延期して、マールを連れて家に帰ったのだ。

 アークの両親はビックリしたが、優しく迎え入れてくれた。


 顔を洗って戻ってきたマールがリビングのテーブルにつくと、目の前に朝食が置かれる。

 ミルクとパン、それと、熱々あつあつのハムエッグだ。

 持ってきてくれたのは、お腹の大きな女性だ。

 思わずお腹を見る。


「そうなの、子供、いるのよ」


 女性が優しく微笑む。

 

「さ、温かいうちに食べて。おかわりもあるから、遠慮しないでね」

「は、はい。いただきます」


 マールは夢中になって食べ始めた。

 アークはそれを横目で見ながら、兄、リーヴとの会話を続ける。


「で、どこに行くつもりなんだ? アーク」

「一応、大陸を目指してみようかと思ってるんだ。やっぱりアルマリアは小さいからさ。都会のパン屋に弟子入りして、そこから暖簾分のれんわけしてもらうコースかな。うちみたいなオーソドックスなパンだけじゃなく、都会の小洒落こじゃれたパンも習ってみたいからさ」

「そっか……。済まないな、アーク」


 兄が頭を下げる。

 アークが慌ててそれを止める。


「いいって、いいって。シェラ義姉ねえさんが無事出産するのが最優先。その為にオレの部屋を渡すのは、理にかなってるよ。でも、その代わりと言っちゃなんだが、義姉さんのパルフェ、マール用に貰うよ? こっちは足がないと旅が辛いからさ」

「あぁ、構わんよ。どっちみち子供がある程度育つまで、何年も乗れないからな」


 パルフェは、一言ひとことで言うと、身長、一メートルのヒヨコだ。

 この世界では、馬と並んで、ポピュラーな乗り物と言える。

 馬ほど多くの荷物は積めないが、短時間であれば、空を飛ぶこともできる。

 山道だろうが川だろうが平気で進めるので、荷物が比較的少ないソロの旅行者には人気がある。

 

 コーヒーを飲み終わったアークは、早速、納屋からパルフェを二羽、連れてきた。

 白と、淡いピンクだ。

 朝ごはんを食べ終わって旅立ちの準備を手伝いにきたマールはビックリした。


「勇者さま、ピンクです!」

「ん? あぁ、そうだな。お前のだ、マール」

「いいんですか?」


 アークが自分の白のパルフェ『シナモン』に荷物をくくり付け始めた。

 マールも、てがわれたピンクのパルフェに、自分の荷物を括り付ける。

 とはいえ、マールの荷物など、リュック一つしかないので、あっという間に準備が終わる。


「これからよろしくね、パルフェさん」


 マールは自分にあてがわれたパルフェをでた。

 モコモコのフワフワだ。 

 よく慣れているようで、とても大人しい。

 マールのほほが、自然とゆるんでくる。 


 パルフェは基本色が黄色だ。

 白や茶は、まぁまぁあるが、ピンクはとても珍しい。


「この子の名前、『ショコラ』って言うの。大事に乗ってあげてね」

「は、はい!」


 兄嫁シェラが、大きなお腹を抱えて、マールと一緒にショコラを撫でる。

 次男のニールが荷物を持ってやってきて、パルフェの背中にくくり付け始める。


「食料はお前の『シナモン』の方に詰んでおくぞ。日持ちがするヤツだが、それでも早めに食べるんだぞ」

「ありがとう、ニール兄貴」 


 準備が終わったアークとマールを見送るべく、アークの両親も出てきた。

 路銀ろぎんなのだろう。母がアークに皮の小袋を渡す。

 腰に白いエプロンを巻いたアークの父がその場でアークをギュッと抱きしめる。


「とりあえず、カルティナ王国のコルト叔父おじさんのところに寄っていけ。コルトは大陸との交易こうえきをやっているから、お前が弟子入りできそうな、良さげなパン屋を知っているかもしれん。目星めぼしを付けといてくれるよう遠話屋えんわやを使って連絡しておいたから、まずはそこを目指すのがいいだろう。それと……」

「それと?」


 アークの父は一瞬、躊躇ためらった後、言った。


「万が一、道中、お爺ちゃんに会えたなら……家へ帰るよう伝えておいてくれ」

「……分かった。じゃ、みんな元気で!」


 パルフェに騎乗したアークとマールはアークの家族に見送られ、町外れに向かった。


「目的地を勝手に大陸にしちまったが、マールの方は、何かアテとかあるのか? 別に急ぐ旅でもないから、そっち経由でも構わないんだぞ?」


 マールは少し考えた。


「お師匠ししょうさまの所属する魔法協会が、アクバラにあるんです。とりあえずそこ行ってみます。上手くすれば、魔法学校に通えるかもしれないし、もしかしたら、新しい師匠が見つかるかも」

「アクバラなら大陸へ行くすぐ手前だから、そこまで一緒に行こう。道中、オレが守ってやる」

「勇者さま、カッコいい!」


 アークはとにかく、見た目がいい。

 ハンサムでダンスも上手だから、とてもモテる。

 実際、勇者パーティコンテストの、勇者の部では、二位以下を大きく引き離しての優勝だった。

 応援する女の子の数も、一番多かった。

 中身はともかく、見た目だけは、まさに勇者、という感じだった。



 街の外は草原が広がっていた。

 魔王が倒されたとはいえ、各地に放たれた魔物たちはまだ生きている。

 当然、そいつらは、人間を見れば襲い掛かってくる。


 隊商に混じっていれば安全だろうが、勇者パーティコンテストのせいで、アークとマールの顔は、アルマリア中に知れ渡っていた。

 何せ、勇者部門と魔法使い部門の優勝者グランプリだ。


 これがただのミスター&ミスコンテストだということを知らない者は、師匠に就いて日々魔法の勉強をしていたマールはともかく、実はド素人なアークのことを、実力も兼ね備えた本物の勇者だと思っているだろう。


 それが戦いもせず旅をしていると知れようものなら、何を言われるか分かったものではない。

 

 ということで、二人は他の旅行者を避けて旅をすることにした。

 そして当然、魔物が出てくる。


 アークとマールの行く手を防ぐかのように、青いスライムが一匹出てきた。


「よーし、やってみるか!」


 アークはパルフェから飛び降りつつ、腰に下げた剣を抜いた。

 動作がいちいちカッコいい。

 だが。


 スカっ、スカっ。


「当たらない! あ痛っ!」


 アークの攻撃はことごとくけられ、それでいながら、スライムの体当たりが当たるという、無情むじょうな結果となった。

 一対一でスライムと戦うアークは、あっという間にピンチになった。

 マールは杖をスライムに向けた。


「ファイヤボール!」


 杖から飛び出した一発の火焔弾かえんだんが見事、スライムに命中し、黒焦くろこげにした。

 アークは剣を杖に立ち上がった。


「凄いな、マールは」

「わたしが凄いのではなく、勇者さまがヘタレ過ぎるんですよ」

「いやいや。だから言ったろ。オレ、パン屋のせがれだぜ? 麺棒めんぼうならともかく、剣を持つなんて経験、これが始めてだよ」

「そりゃそうか」


 アークはその場で剣を振ってみた。

 マールはそれを後目しりめに、火起こしを始める。

 ちょうどいいタイミングなので、ここで休憩を入れようと思ったのだ。

 マールの魔法一発で火が点く。  

 ヤカンを火に掛けながらマールはアークの素振りを見た。


「なんていうか、へっぴり腰ですね、勇者さま」

「これ、見た目以上に重いんだよ?」


 アークがマールのキツい一言に、口を尖らせる。


 アークが振っているのは、今回の勇者パーティコンテストで、勇者部門のグランプリを獲得したとき、賞金と一緒に貰ったはがねつるぎだ。

 十五歳が持つには、やはり重いようだ。


 「あぁもう、手がしびれてきた。とてもじゃないが、今のオレに扱えるもんじゃねぇや。ダーメだ、こりゃ。こいつはどっかの街で売っ払っちまおう。それなりに高く売れるだろ」


 アークは鋼の剣を、腰につけた剣帯けんたいに戻した。

 代わりに、パルフェに背負わせたリュックから何か、木の棒を取り出す。

 麺棒だ。

 愛用のモノらしく、端っこに、『アーク』と名前が彫ってある。


 剣の代わりにブンブンと振ってみる。

 パンこね用の麺棒を武器にするのは、いかがなものかと思うが、まだしも、こちらの方がさまになっている。

 

 どうやら、アークは魔物を倒すのに、斬殺ざんさつでは無く、撲殺ぼくさつを選んだようだ。

 およそ、勇者らしくない。


「スチール写真だと、バリバリ戦えそうに見えたんですけどねぇ」


 マールは会場の様子を思い出していた。

 勇者パーティコンテスト会場の壁には、参加者が提出した自撮り写真がたくさん飾ってあった。

 一般人投票に使用する為に、主催者側が参加者に提出させたものだ。


「でもあれ、剣持ってませんでしたっけ」


 『勇者の部』スペースに飾られたアークの写真は、剣を構えた姿がビシっと決まっていて、そりゃもう、誰よりもカッコよかった。

 実際、一般人投票で貼られたシールは、一番多かったと思う。


 壇上だんじょうで行われた自己アピールでは、ダンスを得意と公言するだけあって、動きも軽やかだった。

 どこぞの王子さまと言われても、みな信じただろう。

 だがあのときやっていた剣舞けんぶが、見栄みばえがいいだけの、まるでデタラメだったとは……。

 

「あれは友だちが作ってくれた、木製のダミーだよ。いわゆるコスプレってやつ。軽いから、ポーズを取るには、もってこいだったな」


 アークはそう言ってき火のところに戻ってきた。 

 アークはマールの差し出したコーヒーの入ったマグカップを受け取り、一口飲んだ。


「美味い! ありがとうな、マール」


 アークがマールに笑顔を向けた。

 王子さまスマイルだ。

 マールは慌てて顔をらした。

 迂闊うかつれちゃうわけにはいかないのだ。


前途多難ぜんとたなんだなぁ……」


 マールはこの先のことを考え、アークに気付かれぬよう、そっとため息をついた。

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