ポポロニア島物語 ~魔王がいない世界を旅するぼくら~

雪月風花

第1話 本日、勇者パーティ結成しました!

「今、なんと言った?」

「はい。恐れながら陛下、魔王が倒されましてございます!」

「倒……され……」


 王様のアゴが落ちた。

 重臣たちのアゴも落ちた。

 周囲に集まった千人単位の人々のアゴも、揃って落ちた。


 ここ、アルマリア王国は、とりたてて有名なものとてない、辺鄙へんぴな国だ。

 ポポロニア島にある四つの王国の中でも、広さ、人口ともに、一番ショボい。


 だが、数年前から魔物の動きが活発化しており、その背後に、魔王の復活があるようだというウワサが立った。


 国外に放った諜報員ちょうほういんの得た情報と、国内にいる学者たちを総動員して調べた結果、魔王の復活は間違いないようだ、との結論にいたった。

 それが一年前の話だ。


 そこで王様は考えた。

 国内から勇者を擁立ようりつし、他国に先んじ、これを退治してしまえば、我が国は勇者を排出した国として、他国より優位に立つことが出来るのではないかと。


 アルマリアは人口二十万人程度の、小さな国だ。

 そこで魔王を倒した勇者が出たとなれば、観光客も押し寄せるだろう。

 そうなれば、財政もうるおう。


 そんな皮算用かわざんようをした王様は、国を挙げて、まずは勇者パーティの大々的なコンテストをすることにした。

 

 このイベントの為に、半年間ようした。

 そして、まさに先ほど、その最終結果の発表がされたところだったのだ。


「ど、どこの者たちだ」


 王が必死に言葉を絞り出す。


「中央大陸の勇者だそうです」

「中央大陸! やはり、近いと有利なのか……」


 王様が口惜くちおしさに手を強く握り締める。


「そうだ、大臣。なんかこう、船が通れない岩礁がんしょうはどうした」

「通れましてございます」

「険しい山を飛んで越えられる、封印されし、眠れる怪鳥的な生き物は?」

「起こされましてございます」

「魔王城への転移ゲート的なヤツは?」

「解放されましてございます」

「四天王的な強いボスたちは?」

「倒されましてございます」


 王様は、玉座に崩れ落ちた。


「終わっちゃったじゃん……」

「終わりましてございます」


 アルマリア城の大広間に設置された壇上だんじょうには、本日の最終発表によって選ばれし四人の勇士の姿があった。

 天井から下げられたくす玉は、ほんの三十分ほど前に割られたばかりで、『勇者パーティ、結成おめでとう!』と書かれた垂れ幕がプラプラ揺れている。


 会場には千人もの関係者が集められた。

 授賞式も無事済んだので、この後、盛大な壮行会そうこうかいに移行する予定で、出席者の手には、既に、乾杯用のシャンパンが渡っている。


 城の厨房では、何日も前から、国庫を空にする勢いで、このパーティ用の料理その他の準備をしていた。

 人が足りないということで急遽、大量に雇った給仕係によって、会場には続々と料理や酒が運び込まれている。

 

 それがつい先程、全て、パァとなった。


「そんなことって……」


 王様はガックリと肩を落とした。


「陛下、この後、どうなさいますか?」


 困惑した重臣たちが玉座に一斉に集まってくる。

 ここまで全て進行したのに、いざ勇者パーティが冒険に行くというその段階で、他の国の勇者パーティによって魔王が倒されてしまったのだ。

 頭を抱えもするだろう。


「……寝る」

「は?」

「今は何も考えられん。とりあえず……解散だ」


 王様はそれだけ言うと、重臣たちに囲まれ、自室に引っ込んでしまった。


 会場のザワツキは最高潮に達した。

 そこら中で、井戸端会議が始まる。

 王様もそうだろうが、ここに集まった人々も、これからどうすべきか、考えあぐねているのだろう。

 それは、選ばれた当の勇者パーティメンバーも例外では無かった。


「だとさ。とりあえず俺は帰るぜ。みんなはどうするよ」


 大柄な青年戦士『エッジ』が口火を切った。

 二十歳の筋骨隆々な青年だが、彼は普段、アルマリアの小学校で体育教師をしていた。


「まぁでも、ある意味良かったかな。いや、今だからブッチャけるけどさ。元々俺は、ケガをでっち上げて早期に離脱するつもりだったんだよ。賞金で私塾開きたいんだ。『あの勇者パーティの!』って看板出せば人が押し寄せるぜ。目的はこれでほぼ果たした。むしろ、冒険行かずに済んで助かったぜ」


 ブッチャけるにもほどがある。


「あ、実はわたしも似たような志望動機なのよね」


 次に口を開いたのは、十八歳の僧侶の女性『リーラ』だ。

 彼女は、家業でやっている街の食堂の、看板娘だ。

 

「私、実家の食堂が結構老朽化してて、リフォーム資金が欲しかったのよ。ハッキリ言って、今回のコンテストってミスコンじゃない? わたし、僧侶部門で優勝したけど、神聖魔法なんて全く使えないわよ? そもそも水着審査なんて何の役に立つのよって感じだし。でも、とりあえず優勝できたから、お客さんが押し寄せるわ。予定通り、賞金でお店のリフォームが出来て、冒険は行かずに済む。ホっとしたわ」


「しゃーない、オレも帰るよ」


 そう言ったのは、勇者『アーク』だ。

 十五歳の彼は、街のパン屋の三男坊だ。


「オレは、友達と一緒に応募して、オレだけ残っちゃったって感じ。パン屋のせがれが剣なんて使えるわけねーじゃん。魔法だってカラキシだぜ。あれよあれよと勝ち残っちゃって、内心結構ドキドキしてたんだよな。でもこれで、危険な冒険に行かずに済んだ。明日からまた、学校と実家のパン屋の手伝いの、二足の草鞋わらじ生活の復活だぜ」

 

「え? え? じゃあわたしも……」


 最後に口を開いたのは、十二歳の魔法使い『マール』だ。

 マールは、ここにいる他の三人と違い、キチンと師匠にき、森で魔法の勉強をしていた。

 そういう意味でいうと、マールが魔法使いとして選ばれるのは、なんとなく納得出来るものがある。


 だが、他の三人は全くの門外漢だ。

 国の賢者たちによって選ばれたらしいが、どこに自分が選ばれる要素があったのか、三人とも、さっぱり分からないでいる。


「じゃ、みんな、元気で」


 四人とも、混乱する城内から出て、それぞれ家路へとついた。



「なんで帰ってきたぁぁぁぁぁ!!」

「お師匠さま、お師匠さま! ごめんなさい。おうち入れてー!」


 森の中にあるマールの家では、玄関扉を挟んで、攻防が行われていた。

 ただいまと扉を開けたマールを見た途端、師匠の魔法使いメイリンが、問答無用で扉を閉めたのだ。


 メイリンは、四十がらみの魔法使いだ。

 妖艶ようえんな容姿の割に気風きっぷがよく、また、薬師くすしとしての腕も良いことから、アナンの森の魔法使いとして、人気をはくしていた。

 それが、こんなに感情を露わにするとは、かなり珍しい光景だった。


「せっかく厄介払い出来たと思ったのに! お前は食いすぎるのじゃ! 食費が倍、掛かるのじゃ! このままお前を置いておいたら、ワシの老後の資金が無くなるのじゃ。とっとと旅に出なさーい!」

「そ、それがね? 魔王が倒されちゃったらしくって、この話、ツブれちゃったの! だから、開ーけーてーー!!」

「知らん、知らん! お前を勇者パーティにねじ込む為に、いくら使ったと思っておる! それもこれも、食費のかさむお前を追い出す為じゃ! 審査員にこっそり渡したそでの下で貯金はゼロになったわ! 教えるべきことは全て教えた。あとは自分の道を行けぃ!」



 数時間後、マールは街の外れの橋の欄干らんかんに座って、途方に暮れていた。

 頭上にはすでに星がまたたいている。


 幸いなことに、今日の授賞式で王様から渡された優勝賞金は取り上げられずに済んだ。

 お陰でふところが暖かく、今すぐどうこうなるわけではないが、マールの普段の食いっぷりを考えると、何日もつやらという感じだ。

 行き先が定まらない状態で宿泊をして、金を無計画に使うのも躊躇ためらわれた。 

 どうしたものかと、しょげていたところに、声が掛けられた。


「マールじゃないか。お前、そんなとこで何やってんだ?」

「勇者さま! 勇者さまこそ、こんな時間に何やってるの?」


 そこにいたのは、旅支度をした勇者アークだった。


「オレは……帰ったら部屋が無くなっててさ。都会に出てた長男のリーヴ兄貴が、パン屋継ぐって戻ってきてたんだよ、嫁さん連れて。オレが冒険行ってる間、部屋が空くからって、前々から決まってたらしいんだな、これが。なのにオレの話が潰れちまったろ? さぁどうするって話し合いになったんだけど、もう分かるんだよな、お前が邪魔だっていう空気がさ。だもんで、じゃあいいよって家を飛び出してきたところさ」

「へぇ。勇者さまも似たような感じなのね」

「そっか、マールもか」


 マールもアークに顛末てんまつを話した。

 そして、二人でこれから先のことについて話し合った。


「とりあえず、行き先が決まるまで、一緒に旅をしよう。そのうち、何かいい案が浮かぶかもしれないしさ」

「うん。分かった!」


 こうして、当初四人で行う予定で、結局企画倒れに終わったはずの勇者パーティが結成された。

 人数は半分になってしまったが。

 この先、何が二人を待ち受けるのか、それはまだ、誰も知らない。

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