第6話 それぞれの道

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。


 

「勇者さま。お薬屋さんです」

「ホントだ。……うち、僧侶いないからなぁ。薬、買っとくか?」

「いいですね。そうしましょう!」


 エリオの町の冒険者ギルドは、大通りに面していた。

 宿も武器屋も道具屋も市場も並んで立っている。

 屋台街も併設へいせつされており、かなり賑やかな通りとなっている。

 そんな中、薬屋を発見した二人は、医療いりょう部分に関して不安でもあったので、立ち寄ることにした。


 カランコローン。

 

 ドアに付いたベルが鳴る。

 中に入ると、お婆さんがイスの上に立って、高いところにある棚をゴソゴソやっていた。

 お婆さんが振り返る。


「いらっしゃ……あぁあぁあぁ!!」


 バッターーン!!


 イスの上で急に振り返ったお婆さんは、バランスを崩してイスから落ちてしまった。


「あいたたたたたたた!」

「お婆さん、大丈夫ですか!!」


 二人は慌てて近寄った。


「う、動けない……」

「オレ、医者探してくる! マール、見ててやってくれ!」

「はい、勇者さま!」


 アークは急いで走って、店を出ていった。


「……マール、だって?」


 お婆さんとマールの目が合う。


「マール! あんた、メイリンとこのマールかい!」

「アンバー先生? 先生!!」


 マールは思わずお婆さんに抱き付いた。

 お婆さんが、ひときわ大きな悲鳴を上げる。


「あいたたたたたたた!!」

「あぁ、ごめんなさい!」


 二人は、アークが医者を連れて戻ってくるまで、店内でバタバタやっていた。

 


「わたしは『エルナ=アンバー』。魔法使いだ。マールの師匠の師匠になる。マールが世話になっているようだね。ありがとう」

「いや、オレの方こそ、マールには世話になっていて……」


 エルナはベッドに寝かされていた。

 ここは、店舗兼自宅となっているようで、薬屋の奥に住居があるのだ。


「マールも大変だったようだね。だが、あんたももう十二歳だろう? なら次のステップに進むいい機会だよ。よし、中央大陸にある魔法学校への紹介状を書いてやろう。どら、あいたたたたたた!」

「先生、無理しないで!」


 マールが慌ててエルナに寄り添う。


「……マール、しばらくここに残らないか?」

「勇者さま?」


 アークがエルナの様子を見て口を出す。


「恩のある先生なんだろ? ならしばらくここにいて、多少なりとも動けるようになるまで、お世話するっていうのはどうだ?」

「え? でもそれだとここに長逗留ながどうりゅうすることになっちゃいます」

「助かる話ではあるが、お主たちの旅がとどこおってしまうぞ」


 アークがニカっと笑う。


「急ぐ旅で無し。いいんですよ。マールもこのままじゃ、気が気じゃないだろ?」

「分かりました。そうさせてもらいます!」


 ということで、マールは急遽きゅうきょ、師匠の師匠『エルナ=アンバー』の看病をすることになったのであった。

 


 マールと別れたアークは、その足で宿屋併設へいせつの酒場に来ていた。

 この建物は、一階が酒場、二階が宿屋となっている。

 今日からここで宿泊することになる。


 酒場は程々ほどほどにぎわっていた。

 ウェイトレスが持ってきた熱々あつあつの料理に、アークは舌鼓したつづみを打った。

 久しぶりの一人は、多少寂しくはあるものの、開放感があることも否めない。


 それはそれとして、と、たんまり食べて腹がふくれたアークは、予約した二階の部屋に移動しようと席を立った。

 そのときだ。


 店内で乱闘騒ぎが起こった。

 キッカケが何だったのかは分からないが、酒場だけあって、みんなノリノリでケンカに参戦している。


 アークは、いい気分転換だ、とばかりにケンカに加わった。

 身軽なアークは、周りの大人からの攻撃を紙一重かみひとえで避け、そこらへんに置いてあった皿を投げた。


「お兄ちゃん、筋がいいねぇ。俺のところで学ばないか? 安くしとくぜ?」


 アークは不意に、奥の丸テーブルに両足を乗っけて麦酒を飲んでいた中年男に声を掛けられた。

 異国風の服を来たその男は、ホールの真ん中でこれだけ派手にケンカが起こっているのに、平気な顔で酒を飲んでいる。

 

「学ぶ? あんた誰? どっかの道場主さんかい?」

「うん、どっかの道場主さんだ」

「ふぅん。でも間に合ってるからいいよ。それより、おっちゃんは加わらないの?」

「いや? 参加してるよ?」


 よく見ると、ちょいちょいナッツを指で弾いている。

 深刻そうな動きがあるところにナッツを撃ち込み、各々おのおののタイミングをさりげなくズラさせている。


 ヒュー。


 アークは思わず口笛を吹いた。

 この男、道場主というだけあって、相当できそうだ。


 その時だ。

 アークに向かってイスが飛んで来た。

 中央でイスを振るっていた男の手からスッポ抜けたのだ。

 一瞬のことで、アークは棒立ちしてしまった。

 このままでは顔面に当たって大怪我する!

 ところが。


 イスがアークに当たる直前、銀光が一閃いっせんした。

 イスはアークに当たることなくキレイに真っ二つになり、左右に分かれて、アークの後ろの壁にぶつかって落ちた。

 

 カチン。


 アークは慌てて振り返った。

 先ほど座っていた異国風の服を着た中年男が、まるで演舞のような見事な動きで、持っていたソードを仕舞しまった。

 アークは思わず目を見張った。

 中年男の使っていたその武器は……刀だった。

 

「あんた…サムライか?」

「そうだが。それがどうしたか?」

 

 中年男は、何事も無かったかのように、またイスに座った。

 アークは腰から外した包丁ダガーを鞘から抜いて、丸テーブルの上に、そっと置いた。

 それを見た男の目が細まる。


「オレは、アーク=クリュー。中央大陸に向かう途中なんだが、ついでに行方不明の爺ちゃんを探している。あんた、『ダンペー=クリュー』って爺さんを知らないか?」 

「お前、『九龍段平くりゅうだんぺい』の孫か! どおりでこの刃紋はもん、見たことあると思ったぜ。なるほどなるほど。がまぁ、動きはサーカス止まりだな。とてもじゃないが、『鬼の段平』の孫とは思えねぇ。刀が泣いてるぜ」


 いつの間にか、喧騒けんそうが収まっていた。 

 見ると、充分騒いで気が済んだのか、ホールでのケンカも終わって、皆また酒を飲み始めている。

 

「俺は『京極高虎きょうごくたかとら』。エリオ河のほとりで、道場を開いている。段平さんとは師弟関係ってところかな」

「爺ちゃんの知り合いなのか? 爺ちゃんが今、どこにいるのか知っているのか?」


 アークが勢い込んで聞く。

 高虎がその剣幕に苦笑いする。


「落ち着け、少年。段平さんとは長い間会っていない。行方不明っていうのも、たった今知ったくらいだ」

「そっか……空振りか。悪かったね、おっさん。じゃ」


 アークはトボトボ、二階に上がっていく。

 

「おい、少年!」


 階下の高虎に声を掛けられて、アークは階段で振り返った。


「明日の朝、俺の道場に来い。これも何かの縁だ。お前がこの先、生き残る為に、刀の使い方を教えてやろう。……段平さんには散々世話になったしな」

 

 高虎はアークに向かって、ニヤっと笑ってみせた。



 翌朝、アークはパルフェに乗って、一人、高虎に言われたエリオ河の辺りに来た。

 エルナは、ほぼ寝たきりの状態が続くので、看病は泊まり込みになる。

 アークはアークで、その間に自分が出来ることをやろうと思ったのだ。

 

 アークはそこに目当ての建物を見つけ、思わずあんぐり口を開いた。


「これが道場かよ」


 掘立小屋ほったてごやに毛が生えた程度の小さな建物が、エリオ河のほとりに立っている。

 中は、剣を振えるほどの広さは無さそうなので、基本、ここは青空道場なのだろう。

 先が思いやられる。

   

「おーい、高虎のおっさん、いるかーい?」

「おう、来たか少年。じゃ早速始めよう」


 建物から出てきた高虎は、昨夜と同じく異国風の服、ちょっと古臭い着流しを着て、腰に刀を差している。

 大アクビをしながら、アークに近づいてくる。


 高虎は、腰に差した分だけでなく、右手に一本、刀を持っていた。

 右手に持った刀をアークに向かって放る。


「『青嵐せいらん』。俺が若いころ使ってた刀だ。大事に扱え」


 アークは刀を鞘から引き抜いて、マジマジと眺めた。

 鞘は普通に黒いが、刀はかすかにあおみ掛かっている。

 

「へぇ。これが本物の刀か。凄いな」

「ソイツを手足の延長のように使いこなすんだ。まぁ、まずは、コイツを使っての素振りからだな」

「えぇ? オレ、包丁ダガー持ってるぜ?」

「この先、そんなものでは生き残れん。旅行者として隊商に混じって、傭兵に守られながらお上品な旅をしたいんならそれもいいだろう。でも、そうじゃないんだろう? ならいい機会だ。しっかり刀を学べ」

「へーい」


 こうして、アークの修行、短期集中講座が始まった。



「ただ……いま……」


 アークは夜遅く宿に戻ってくると、そのままベッドに倒れ込んだ。

 ヘトヘトだった。


「勇者さま? 勇者さま? ちょっと、大丈夫ですか?」


 マールが慌てて駆け寄る。


「マール? 帰ってたのか」

「……はい」

「いてててて」


 アークはベッドの上で、ゆっくり起き上がった。

 マールがイスに座る。


「勇者さま、お医者さんの診立てだと、アンバー先生が動けるようになるまで、一週間は掛かるって言われました」

「一週間か、ちょうどいい。こっちも一週間は掛かるそうだ」

「勇者さま、何をやってるんですか?」

「ちょっと剣の稽古をな。とにかく、こっちのことは気にするな。マールは先生のお世話に集中しておけ。一週間後にまた会おう」

 

 アークは言いながら、ベッドにバッタリ倒れて、寝てしまった。

 マールはそれを見届けると、そっと部屋を出て、薬屋へと帰っていった。

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