第5話 あれ、ヤバいって言ったじゃないですか

 【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。 



「はい、確かに」


 マールは『下水道で暴れる大ネズミ退治』の賞金を受け取った。

 初心者用依頼にしては、報酬が良かった。

 これで、ちょっとは豪勢ごうせいなご飯が食べられそうだ。

 マールは賞金の入った皮小袋の重みにニンマリした。


 旅を始めてすぐ、アークは金勘定かねかんじょうをマールにお願いすることにした。

 最初の頃こそアークがやっていたが、マールが意外と計算に強いことに気付いて、任せることにしたのだ。

 どうやら、薬の調合には、ミリ単位の狂いも許されないとかで、マールは魔法の師匠ししょうに徹底的に計算を叩き込まれたらしい。

 

「勇者さま、勇者さま。次これなんてどうです?」

「どれどれ?」


 マールが、壁に何枚も貼ってある羊皮紙の中の一枚を指差した。

 アークが近寄って確認する。


【G 砂漠オオカミ討伐 排除】

    

「排除? 今度は抹殺まっさつじゃないのか。そろそろ次の町に行きたいところではあるが……そっか、報酬の受け取りを次の町で行えばいいか。よし、受けよう」


 アークは羊皮紙を壁から剥がし、カウンターに持って行った。


 ここはカルテラの街だ。

 アリマリアの果てに位置する。 

 境界の砂漠を越えれば、隣国ダヴリンだ。

 

 冒険者ギルドは、依頼を受ける場所と報酬を受け取る場所が違ってても対応してもらえる。

 世界中にネットワークを持っている組織の強みとも言えよう。


「こちらの依頼ですが、オアシスの辺りまで迷い込んできた砂漠オオカミの親子がいるようです。完遂かんつい条件は、ソイツらを本来の棲家すみか、北のチクラ岩郡がんぐんあたりまで追い立てること。それだけで結構です。ソコまで連れて行けば、勝手に元の群れに戻るでしょう」


 カウンターで女性の係員が対応してくれる。


「誘導すればいいだけなら、比較的簡単そうですわね、勇者さま」


 マールが説明を聞くアークの横に来る。


「ただ、注意してください。砂漠は強い魔物がゴロゴロしています。ソイツらに迂闊うかつに近寄らないようしてください。こちらから仕掛けない限りは襲って来ませんから」

「分かった、気を付ける。んじゃ、早速行ってみよう」

「はい、勇者さま!」



 カルテラの町からオアシスまでは、パルフェの足で半日程度で着いた。

 道中出たのは精々せいぜい、砂漠ネズミくらいで、比較的簡単に来れた。

 

 ちょうどオアシスでキャンプ中の砂漠の民がいたので、アークはマールにパルフェの水飲みを任せ、情報収集に向かった。

 何人かに聞いた結果、いくつか砂漠オオカミの目撃証言を入手することができた。

 

「夜に現れて、砂漠の民の飼っているにわとりを奪っていくこともあるらしいぜ」

「ということは、本番は夜ですか。じゃ、とりあえず今夜はここでテント泊ですね? 準備しちゃいます!」

「いや、今日はき火を焚くだけだ。いざって時に、すぐ動けないようだと話にならないからな。マールはオアシス周りに特殊結界とくしゅけっかいを張ってくれ。誰かが通ったら知らせてくれるってやつ」

「分かりました! ショコラ、行こう」


 マールはピンク色のパルフェにまたがると、オアシスの入り口に向かった。



「勇者さま! 反応がありました! 東側の入口です!!」


 深夜、アークが焚き火のそばでマントを毛布代わりにかぶって寝ていると、突如とつじょ、隣で寝ていたマールが叫んだ。

 ね起きたアークは、足で砂を蹴って、チロチロ燃えている焚き火を消すと、白いパルフェ『シナモン』に飛び乗った。

 マールもピンクのパルフェ『ショコラ』に跨る。 


 二人共、結界に反応があり次第、すぐ行動できるよう、着替えは解かなかったから、すぐ出立しゅったつできる。


「光の精霊ウィル・オ・ウィスプ! なんじの光で地上を照らせ!」


 ショコラを走らせながらマールが杖を頭上に掲げると、光の玉がポンっと上空高く飛び、辺りを昼のように照らし出した。


「勇者さま! あそこです!」


 砂漠オオカミが四頭、そこにいた。

 内、一頭は、捕らえたばかりの鶏を口にくわえている。

 アークはショコラを走らせながら、左手を軽く振り、スリングショットを展開させた。

 

 シュート!


 揺れながらのショットなので当たりはしないが、充分、威嚇いかくの役には立ったらしい。

 砂漠オオカミは、咥えた鶏を放り出し、あっという間に走り去った。

 アークとマールはパルフェの速度をゆるめず、そのまま追撃ついげきに入った。

  

 アークとマールそれぞれが、スリングショットと魔法をチョコチョコ放って、北の方角に追い立てていく。

 砂漠の中に、大きな岩が混じっていく。

 目的のチクラ岩群が近いということか。


 幸いなことに、マールの放ったウィル・オ・ウィスプが、マールの頭上をそのまま漂ってくれているので、周囲が明るいままだ。

 お陰で、砂漠オオカミを見失わずに済んでいる。

 そのときだ。


 ガアァァァァァァァ!!


 いきなりアークの右側から、巨大な影が襲いかかってきた。

 間一髪避けたアークだったが、勢い余ってパルフェから転げ落ちる。

 すかさずアークは包丁ダガーを腰から抜き、新たな敵に向かって構えた。

 全長三メートルほどの砂漠オオカミだ。

 

「親か!!」


 親オオカミは、アークに連続で噛みつき攻撃を仕掛けてきた。

 体重を乗せての攻撃なので、噛まれたら間違い無く大怪我だ。

 ダガーを盾にし、アークはこらえた。

 親オオカミの攻撃が激しすぎて、反撃どころではない。

 更に、子オオカミたちも、アークに襲い掛かってきた。


「炎の精霊サラマンダーよ、剣に宿りて、敵を焼き尽くせ!」


 マールの魔法で、アークのダガーが炎をまとう。

 アークがダガーをブン、と振り回すと、周囲に火の粉が飛び散った。

 オオカミたちが慌てて飛び退く。


 その瞬間を逃さず、アークはふところから玉を取り出した。

 スリングショット用の鉄球より一回り大きいが、単純に、薄く布を巻き付かせてあるだけのシロモノだ。

 アークはそれをスリングショットにつがえ、放った。

 距離が近いせいか、放った五発の玉は、全てオオカミたちの顔にヒットした。


 キャン、キャン!!


 オオカミたちが血相を変えて走り去る。


「追うぞ、マール!」

「はい、勇者さま!」


 アークはパルフェに飛び乗った。

 五匹になったオオカミの群れを、北へのルートから外れぬようスリングショットで誘導する。

 そうしながら、アークはそっと、右手の指を嗅いだ。


くさっ!」


 玉は酢を染み込ませた布を巻いた鉄球だった。

 犬が苦手な臭いなら、オオカミも苦手だろうという単純な発想だったが、どうやら効果を発揮してくれたようだ。


 ワオーン! ワオーン!


 遠くでオオカミの遠吠えが聞こえた。

 目の前を逃走していた砂漠オオカミたちが、何かに気付いたようなハっとした顔をして、親を先頭に、岩の多い方向にルート変更する。

 岩の間を縫って、山の方へ、山の方へと分け入って行く。 


「勇者さま、チクラ岩群に入りました!」


 アークは手綱を引き締め、パルフェの足を止めた。

 マールも近くに寄る。


「魔法による記録映像は撮れたか?」

「バッチリです。冒険者ギルドへの念話転送も済んでます」

「よし、これで依頼は達成だな。じゃ、予定通り、ここからはチクラ岩群の外郭がいかくを抜けてダヴリンに向かおう」


 アークとマールは手綱を振ってパルフェの向きを変えた。

 オオカミたちは、戻って来なかった。

 

 

 明け方になって仮眠を取った二人だったが、アークは昼近くになって起き出した。

 火を焚き、スキレットを火に掛けた。

 目玉焼きを作り始める。

 そうしながら、アークはハムを分厚く切って、パンに乗せた。

 マールが匂いに反応して、毛布にくるまりながら、鼻をひくひくさせる。


「はーうーー。おはようございますーー」

「おぅ、おはよう。今、朝ごはんができたところだ。そら」


 アークはパンに焼き立ての目玉焼きを乗せ、マールに差し出した。


「わーい!」


 マールがパンにかぶりつく。

 溶けたチーズが糸を引く。 


「美味しーー!!」

「食ったら出るぞ。夕方までには国境の街、エリオに入りたいからな」

「はーい!」



 食事を終え、アークとマールがエリオに向けてパルフェを走らせていたときだ。

 砂に丈の低い木々がポツポツと混じり出した中、そこにいきなり小山があった。

 先に気付いたのは、マールだった。


 グゴォォォォ、グゴォォォォ。


「勇者さま、あれ。なんかヤバそうなモノが……」

「ん?」


 全長十メートルを超える大きさの、緑色した巨大な生き物がイビキをかいて寝ている。


「ありゃおまえ……ドラゴン……だな」

「強そうですね……」

「え? でもこんなところにいるヤツだぞ? もうエリオまでそんなに距離無いぞ? そんなところにいるドラゴンが強いかなぁ」

「ちょっと待って下さい、勇者さま。何をしようとしてるんですか!」

「いや、どんだけ強いか試してみたいなぁと……それ!」


 アークはドラゴンに向かって、スリングショットを撃った。



 バッサバッサバッサバッサ。


 グギャァァァァァァァァァオ!!


 アークとマールは、砂漠の中、必死の形相ぎょうそうで各々のパルフェを走らせていた。

 その後ろを、巨大なドラゴンが飛んで追いかけてくる。

 たまに、火焔かえんを放ってくる。

 気配を感じた瞬間に避けるが、火焔の線上にあった木々が、当たった瞬間に一斉に黒焦げになる。


「だから言ったじゃないですか! あれ、ヤバいって!」


 マールが叫ぶ。

 その目が血走っている。


「スリルを楽しめよ! だいたい、こんな街近くにいて凶暴だなんて、普通考えないだろ?」


 対して、アークの表情は笑顔だ。

 恐ろしさを越えたのか、大爆笑をしている。


「勇者さまの馬鹿ぁぁぁぁ!!」


 広大な砂漠にマールの叫び声が響き渡った。

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