第4話 武器防具は装備しないと数値が上がりません

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。 



「二万リンだね」

「二万リン? けたが一個少なくない?」

「商売なんてそんなもんさ。安く仕入れて高く売る。何の商売だって同じだろ? うちでの買い取り価格は二万リン。イヤなら他をあたってくれ。もっとも、この町に武器屋は、うちだけだがね」


 アークは歯噛はがみした。

 ここはバルンの町の武器屋だ。


 町に着いてすぐ、勇者パーティグランプリ副賞のはがねつるぎを売ろうと武器屋に入ったのだが、思った以上に安い金額を提示されてしまった。

 思いっきり足元を見られている気がするが、あんな重くてかさばるものをいつまでもパルフェに乗せておくのも邪魔だし、多少安くても売るのが得策か、とも思い、アークは渋々しぶしぶ承知した。

 どのみち、無料ただで手に入れた副賞に過ぎないのだから、金になるだけマシというものだ。


「商談成立っと」

「それと、これ、見てくんない?」


 アークは包丁を出した。


「こいつは……包丁か?」


 店主がカウンターの中からルーペを出して右目にはさみ、表から裏からマジマジとながめる。


「長さや重さが同じくらいで、こいつに代わる武器って無い?」

「あえて言うなら、そっちの壁に掛かっているダガー、ナイフ類かな。だが、買い替えはオススメしないな」


 店主が片目にルーペを挟んだまま、アークを見る。


「え? なんで?」


 店主は包丁をさやに入れ、カウンターの上に置いた。


「兄ちゃん、これ、どこで手に入れた?」

「いやいや、盗んだものじゃないぞ。子供の頃、じいちゃんにもらったんだ。元は、昔、じいちゃんが使ってたソードらしいんだけど、折れたからやるって、包丁に仕立て直してくれたんだ」

「なるほどなるほど。それで得心とくしんがいった。兄ちゃん、よく聞け。こいつはかたなと言ってな? 異世界から来た達人集団、サムライの使うソードの欠片かけらだ。玉鋼たまはがねっていう、伝説の金属でできていて、本来包丁に使うような代物しろものじゃないんだよ」


 アークがキョトンとする。


「え? だってじいちゃん、普通にパン屋やってたよ」

「異世界人たちは、何らかの理由で境界を越えてしまう者たちだ。兄ちゃんとこの爺さんがサムライの一員だったというのなら、おそらく帰るのをあきらめて、こちらで骨をうずめる覚悟かくごを決めたんだろうな」

「じいちゃんが異世界人……」


 アークはお爺さんとの記憶を手繰たぐっているのか、物思いにふけってしまった。

 

 「ま、それはともかくとしてだ。とりあえずこの包丁にナックルガードでも付けるってのはどうだ。代わりの包丁は、横丁よこちょう金物屋かなものやででも買っとけや」

「そっか。それなら刀をそのまま使えるか。その、ナックルガードを付けるっていうのは、ここでやってもらえるの?」

「簡単だ。サービスで千リンでやってやるよ。店内の見学でもしながら待ってな」


 アークとマールは包丁の加工を待っている間、店内の他の武器を見て回った。


「ねね、勇者さま。弓矢とか使わないの?」

「遠距離攻撃かぁ。マールがやってくれればいいんじゃないの?」

「でも、遠距離攻撃が必要になったとき、勇者さま、手持ち無沙汰ぶさたになっちゃいますよ? わたしが敵を倒し終わるまで、ボサっと突っ立ってます?」

「それもカッコ悪いなぁ。でも飛び道具って、みんな、かさばるじゃないか。普段ダガーを使ってるのに武器交換のたびにシナモンのとこに取りに戻るっていうのは、かなり面倒臭そうだぞ?」


 一通り店内を見て回ってカウンターに戻ると、包丁の加工はすでに終わっていた。

 アークはその場で握って、振ってみる。

 金属製のナックルガードが付いたので、刀身で斬るだけでなく、ガードで殴るといいう攻撃もいけそうだ。


「うん、いいね。しっくりくるよ」


 アークの動きを見ていた店主が、カウンターにひじをつき、身を乗り出す。


「一つ、兄ちゃんにいいことを教えてやろう。サムライが使う刀ってヤツは、魔法ととても相性がいいんだ」

「へぇ……。それで?」


 アークが試し振りをしながら、興味無さそうに返事をする。


「刀には必ず刃文はもんっていう模様がある。この模様には、属性をしばらく保持しておけるって特徴とくちょうがあってな。折っ欠けちまったとはいえ、それが刀の成れの果てだというのなら、お嬢ちゃんが魔法を付与エンチャントすることで、その包丁ダガーを状況に合った魔法剣へと変化させることができるってことなんだ」


 思わず、アークの動きが止まる。


「凄いじゃん!」

「だから言ったろ? 替えない方がいいって」


 店主がニヤニヤする。

 アークは興奮して、包丁ダガーを表から裏から、繁々しげしげと眺めた。


「んで? 兄ちゃん用に、遠距離武器が欲しいって?」


 アークは包丁ダガーをそっと鞘に収め、再び腰に差した。


「まぁね。でもそっちは止めとくよ。乱戦でいちいち武器を取りに戻ってらんないもん」

「なら、こういうのもあるぜ」


 店主がカウンターに何かをゴトっと置く。

 それはスリングショット、いわゆるパチンコだった。


「パチンコじゃん。こんなの役に立たないよ」


 アークが笑いながら手をヒラヒラと振って否定する。


「そうでもないんだな、これが。こいつは子供のオモチャと違って、狩猟用しゅりょうように作られたヤツだから、こう見えてかなりの殺傷力がある。ま、だまされたとでも思って、撃ってみな」


 店主がアークの左腕に装着してやる。

 それは折り畳み式で、畳んでいる状態だと鋼鉄製こうてつせいのアームが腕の外側に来て、盾代わりにもなりそうだ。


 手首を軽く振るだけで展開する。

 仕舞しまうのも簡単だ。


「でもなぁ……」


 店主はアークに、直径、一センチ程度の鉄球を五個渡すと、黙ってアゴをしゃくってみせた。

 指し示されたのは、店の奥に立て掛けてある木の板だ。


 木の板は、土壁つちかべをバックにして置かれていた。

 人型ひとがた成形せいけいされた木の板は、ご丁寧ていねいにも、胸にターゲットペーパーが貼り付けてあった。

 アークからの距離は、十メートルほどだ。


 アークはため息を一つつくと、ゴムを引き絞り、撃った!

 

 バシーーン!


 その強烈な感触に、アークの目が見開かれる。

 続けて撃つ。


 きっちり五発分撃ち終わると、アークは足早あしばやに、ターゲットに近寄った。

 厚さ、一センチの板は綺麗に撃ち抜かれ、鉄球は後ろの土壁に、取り出せないほど深く、めり込んでいた。


「な? バカにしたもんじゃねぇだろ?」


 店主がニンマリ顔をする。


たたんで包丁、振ってみな」


 アークは店内で、なんちゃって演舞をした。

 バク転や側転を入れつつ、流れるような動きで剣を振ったかと思うと、次の瞬間、左手を振ってスリングショットを構える。


「武器交換が凄いスムーズだ!」

「だろ?」


 店長がカウンターの中でニヤリと笑う。


「ちなみに弾は、どこの武器屋でも売ってるポピュラーなもので、入手はとっても簡単だ。一応この小袋で百発分入っているが、いざとなれば、そこらに落ちている小石とかでも代用が利く。な? 汎用性はんようせいが高いだろ」


 店主がカウンターに鉄球の入った小袋を一つ、ポサっと置いた。

 その感じからすると、小袋一つの重量は、それほどでも無さそうだ。

 アークの顔が、どこぞのショッピング番組を見ているご老人のように、堕ちる寸前の表情を浮かべる。


「買うなら本体と弾をまとめ買いすることなるから、多少、色をつけよう。そうだな。鉄球は一袋分サービスしてやろう」

「か、買った!」

「弾は?」

「とりあえず五袋」

「よし。端数はすうを切って、全部で一万リンだ。まいどあり!」


 アークはホクホク顔で武器屋を後にした。

 店を出るなり、カシャンカシャン音を立てて、スリングショットの展開、収納を繰り返している。

 まるで、オモチャを手に入れた子供の反応だ。

 嬉しくてしょうがないらしい。


「子供みたい」

「ん? 何か言ったか?」

「べっつにー」


 マールがアークに見られないよう顔をそむけながら、呆れ顔をする。


「そういえば、マールは武器とか防具とか買わないのか?」


 不意に話を向けられて、マールは焦った。


「えっと、でもわたし、お師匠さまにいただいた、結構いい杖持ってますし。防具も特にいらないかなぁ……」

「その杖、そんないいモノなんだ。オレにはさっぱり分からないけど」


 マールが使っている杖は、特に何の変哲も無い、一メートル程度の長さの、ただの白木しらきの杖だ。

 宝石がハマっているでも無い、ただの真っ白でスベスベした杖だ。

 魔法に関して知識の無いアークには、どこに『いい杖』たる要素ようそが入っているのかさっぱり分からなかった。


「マールがいらないってんならそれでいいさ。じゃ早速、冒険者ギルドに行こうか」

「冒険者登録するんですか?」

「するよ? だって、このまま行けば、絶対途中で路銀ろぎんが尽きるもん。自分の食欲、甘く見てないか?」

「う!」


 マールは考えた。

 多少節約旅をしたところで、毎日野宿をするわけにもいかないし、目的地に着くまで食費も結構掛かりそうだ。旅をしながら多少なりとも資金を稼げるなら、それに越したことはない。


「分かりました。大陸まで遠いですし、経験値、上げていきましょ」


 こうして新たな武器を入手した二人は、急遽、冒険者ギルドに寄っていくことになったのであった。

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