第17話 死霊王の迷宮

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。

 ジェラルド=ウォーロック……古代シュテルネハオフェン王国出身の賢者。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。

 トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。



 ひとしきり再開を祝いあった後、四人は奥に進んだ。

 トロッコが壊れてしまったので、ここから先は歩きだ。

 アークが先頭を歩き、その後がウォーロック。最後にマールとリリーナが並んで歩く。

 歩きながら、アークに聞こえぬよう、マールが小声でリリーナに話し掛けた。


「白王子に着いていかなくって良かったんですか?」

「白王子?」

「いたじゃないですか、銀色の鎧を着たイケメンの人」

「あぁ……」


 リリーナの顔が、途端にウンザリ顔になる。


「リュートのこと? もういい加減一緒にいるのに疲れちゃったのよ。昔っから外面そとずらだけは良いんだけど、中身が極度の自惚うぬぼれ屋なの。まぁ確かに、それに見合うだけの実力はあるんだけど。マールちゃんは絶対に、あんなタイプに引っ掛かっちゃダメよ」

「元カレにひどい言いようだなぁ……」

「誰が元カレですって?」

「いや、だから白王子」

「あれは、双子の兄よ?」

「……」


 一瞬の間の後、マールがアークに向かって叫んだ。


「勇者さま! 白王子、リリーナ先輩の双子のお兄さんなんですって!!」

「は?」


 アークが止まって振り返る。

 リリーナがアークに向かって、軽く右手を振る。


「そ、そうか……。マール、大声を出すんじゃない。どこに敵がいるか分からないんだからな」


 言うだけ言って、アークはまたズンズン歩き出した。

 だが、アークの声に、何となくホっとしたような感情が交じったように聞こえたのは気のせいだろうか。

 

「青春じゃのぅ」


 ウォーロックがニヤニヤしながら呟いた。


「で、我らが黒王子の方はどうなんです?」

 

 マールがアークを見ながらしつこく聞いた。

 白王子に対しての黒王子。

 黒髪で、黒を基調とした服を好んで着るアークのことを言っているのだ。


「内緒です」


 リリーナがマールに向かって、満面の笑顔で、舌をペロっと出してみせた。


「青春じゃのぅ」


 ウォーロックがまたもニヤニヤしながら呟いた。

 

 

 やがて四人は、地下水系ちかすいけいに辿り着いた。

 広い空間のあちこちに、太くて長い鍾乳石しょうにゅうせきが垂れ下がっており、そこかしこにリムストーンプールが点在している。

 奥の地下プールなど、向こう岸が確認できないくらい、広い。 


 マールとリリーナが目を輝かせて、リムストーンプールに駆け寄った。

 上空に漂う光の精霊ウィル・オ・ウィスプのお陰で、幻想的な光景が現出げんしゅつしている。


 アークとウォーロックも、その見事な光景に、感嘆かんたん吐息といきをついた。

 だが、自然の芸術を堪能たんのうする時間は、あっという間に破られた。

 地下プールを割って、ゆっくり何かが近付いてくる。


 ズシーーン! ズシーーン!


 一足毎に、地面が揺れる。

 水をき分け現れたのは、高さ五メートルを越える、ゴーレムだった。

 アークは刀を抜いた。

 マールとリリーナも杖を構え、同時に詠唱えいしょうに入る。


「聖アンナリーアよ、我らに力の加護をたまわらんことを! 能力上昇アビリティインクリース!」

いかずちの精霊ヴォルトよ、剣に宿りて、敵を穿つらぬけ!」


 全員の攻撃力、防御力が上がり、アークの刀が雷の気を帯びて金色に輝いた。

 ゴーレムの一撃は、まともに当たれば即死レベルの威力を持っているが、今ならリリーナの神聖魔法で、プロボクサーのパンチ程度にしか感じない。


 アークは呼吸を整えつつ、ゴーレムに向かって刀を構えた。

 アークの精神こころが無で満たされる。 

 次の瞬間、ゆらぎを残してアークはダッシュでゴーレムに接近した。


龍激彗星衝りゅうげきすいせいしょう!」

 

 アークは剣先一点に全ての気を集め、高速で突進した。

 ゴーレムがアークを叩き落とそうと巨大な手を振り下ろすも、アークはそれをすり抜け、ゴーレムの腕の付け根に突っ込んだ。

 

 ドガガガガガガガガ、バキャッ!


 ゴーレムの右腕が一撃で吹っ飛ぶ。

 が。


 パキーーーーン!!


 アークは思わず目をみはった。

 威力も、当たりどころも完璧だった。

 だが、刀がゴーレムの硬さに耐えられなかった。

 アークの持っていた『青嵐せいらん』は、その衝撃に耐えられず、アークの目の前で砕け散った。


 マールとリリーナも絶句する。

 アークが武器を失ったのに対し、ゴーレムは、片手を失ったとはいえ、まだ生きているのだ。

 アークは唇を噛んだ。

 と、その目が慌てて周囲を見回す。 


「キャァァァァァァァァア!」


 マールとリリーナが同時に悲鳴をあげる。

 いつの間に現れたのか、続々とスケルトンが集結しつつあった。

 囲まれている。

 前門のゴーレム、後門のスケルトンか。

 しかも、肝心かんじんのアークが武器を失ってしまっている。


 ところがスケルトンはアーク、マール、リリーナをまるで無視して一斉にゴーレムに襲いかかった。

 三人は困惑こんわくしつつ、スケルトンの動きを追った。


「これを使えい!!」


 ウォーロックがアークに向かって、何かをほうった。

 アークは、空中を飛んできたモノをパシっとつかんだ。

 それは白鞘しらさやに入った刀だった。

 振り返ってウォーロックを見たアークの顔が、驚きの色に染まる。


「爺さん!」

「お爺ちゃん!」

「お爺さま!!」


 マールとリリーナも仰天ぎょうてんして叫ぶ。

 ウォーロックは、ガリガリの骸骨がいこつと化していた。

 その姿は、まるで屍蝋化しろうかしたミイラだ。


「ワシのことは気にするな! スケルトンがゴーレムをおさえている内にて! 早く!!」


 アークは刀を抜き、集中した。 

 

「龍激彗星衝!」


 アークの突進攻撃がゴーレムの分厚い胸に当たり、今度は上半身が吹っ飛んだ。

 下半身だけになった石製の身体は、仰向けにゆっくり倒れ、動かなくなった。

 後に残ったのは、アーク、マール、リリーナ、ウォーロックと、十体ものスケルトンたちだけだった。



「やれやれ、つまり、スケルトンは、爺さんの護衛だったってことかい?」

「そうそう、そういうことじゃ」


 無事外に出てきた四人は、陽の光の元で焚き火を囲み、座ってお茶をしていた。

 スケルトンももういない。

 実に平和なものだ。


「さっきの痩せこけた姿は何だったの? お爺ちゃん」


 マールは、先ほどのウォーロックの姿をしっかり見ているにも関わらず、平気でウォーロックの隣で、もたれ掛かるようにして座っている。

 ウォーロックがどんな姿であろうと、自分にあだなすようなことは絶対にしないと分かっているからだろう。


「ワシは古代の秘術で、『リッチ』になったのじゃ。とはいえ、今みたいな人間形態に戻るも自在じゃがの」


 ウォーロックが説明しながら、お茶菓子の煎餅せんべいつまむ。 

 結構重要な話をしているはずだが、そうしていると、ただの茶飲み話に聞こえる。


「お金持ち……なんですの?」


 リリーナが小首こくびかしげながら、ウォーロックに、紅茶のおかわりを渡す。

 ウォーロックが思わずズッコけ、カップを落としそうになる。


「やれやれ、お嬢さん、そこからかい。『リッチ』というのは、高位の魔法使いや賢者などが、自らに術を掛け、不死の存在と化したモノの総称じゃ。ついでに言うと、ワシは死霊使いネクロマンサーじゃから、あんな風にスケルトンを使役するも自由自在じゃ。どうじゃ、参ったか」


 ウォーロックが、かんらかんらと笑う。


「なるほどねぇ。……で、これからどうするつもりだい?」


 アークも茶菓子を摘む。

 ウォーロックは少し考えた末、答えた。


「世間に交じって生きるのはもう飽きた。ワシは一人でいい。ちょうどいいから、この廃鉱山はいこうざん棲家すみかとして、研究にいそしむさ」

「誰かに見つかったら?」

「お前さん方が出たら、誰も入って来れぬよう入り口を爆破しふさぐ。何か外に用事があるときは、転移魔法で外に出ればいいしの。これで誰もワシのところに来れんじゃろ」

「会えなくなると、寂しいですわ」


 リリーナが伏し目がちに呟く。

 マールも、うんうん頷く。

 ウォーロックはしばらく考えた後、手のひらをポンと叩いた。


「よし、餞別せんべつじゃ。お嬢さんにコレをやろう」


 ウォーロックはその場で立ち上がると、何事かを呟いた。

 ウォーロックの目の前に魔法陣が出現する。

 ウォーロックは魔法陣の中に無造作に手を突っ込むと、一本の白いロッドを引っ張り出した。 

 

 白大理石のようなスベスベした石でできているが、重さはほとんど感じない。

 杖の先端に、両手の平を組んで祈る精霊の彫刻ちょうこくが付いている。

 そんな繊細せんさいな見た目でありながら、とても強い力を感じる。

 リリーナが試しに振ってみると、まぼろしでできた羽根のエフェクトが舞った。

 

「その杖は、古代カルクスス王国の僧侶が使っていたモノで、その名を『天使の息吹エンジェルブレス』という。お嬢さんの力になってくれるじゃろうて」

「ありがとうございます」


 リリーナは杖をギュっと握り締め、お礼を言った。


「お嬢ちゃんにはコレじゃな」


 ウォーロックはまたも魔法陣に手を突っ込むと、今度は真っ黒な杖を出した。

 黒檀こくたんのような漆黒の杖の先に、ドラゴンの彫刻が付いている。

 よく見ると、ドラゴンの右手に小さなあおい宝石が握られている。

 マールは受け取った杖を、まじまじと見た。


「こいつはな、古代リンドール王国のダンジョンで見つけ出したモノでな? 名を『竜の一撃ドラゴンブロウという。魔法の威力を倍増してくれるすぐれモノじゃ』

「ほぇーー。ありがとね、お爺ちゃん」

「うむうむ、大切に扱うんじゃぞ」


 ウォーロックは最後にアークを見た。


「坊主には先ほど渡した刀じゃ」


 アークは腰に差した刀を抜いた。

 ため息が出るほど美しい刃紋はもんが刻まれている。


「名を『夢幻むげん』という。硬さと柔らかさをあわせ持った、類まれなる神刀しんとうじゃ。かつて、東国とうごくの天才刀匠とうしょう御倉道山みくらどうざん』が打った、至高しこうの一本じゃ。使いこなせれば、海をも割れよう」

「ありがとう、爺さん」


 アークは刀を鞘に収めた。


「三本とも、ワシのコレクションの中でも超逸品ちょういっぴんじゃ。値段さえ付けられぬ激レア品じゃぞ? だがその分、お主らの旅を強力にサポートしてくれるじゃろうて」


 ウォーロックが胸を張った。


「さすがリッチなお爺ちゃん!」


 マールの言葉に、思わずウォーロックがズッコケる。

 だがマールは、ウォーロックのズッコケを気にせず続けた。


「でも、こんな高価そうなもの貰っちゃっていいの? お爺ちゃん」

「いいんじゃよ。お主らには本当に良くして貰った。一緒にいる間、本物の孫といるようで楽しかったぞ。これでお主らの旅も、少しは楽になるじゃろ。お主らも、この武器を見て、たまにでもワシを思い出してくれたら……それでいい」


 ウォーロックはそう言うと、満足そうに頷いた。



 四人は手を振って別れた。

 アーク、マール、リリーナの三人が離れると、坑道の入り口で爆発が起こり、大量にできた土砂により、入り口がふさがれた。

 これでもう、誰も入れないだろう。

 その様子を確認してから、三人はパルフェの足を進めた。


 アークはパルフェを歩ませながら、リリーナに問い掛けた。


「修道院の方は、良かったのかい?」

「えぇ」


 リリーナがアークに向かって微笑んでみせた。


「院長さまに言われたのです。心の赴くままに生きよって。だからわたしは、心の赴くままに、ここに来たのですわ」

「良かったですね、勇者さま」


 マールがニヤニヤ笑う。


「うるさい! 今日は、日が暮れる前にラエールに着かなきゃいけないんだからな。急ぐぞ!」


 アークはテレ顔を二人に見られぬよう、パルフェを急がせた。

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