第8話 三人旅は危険がいっぱい

【登場人物】

 アーク=クリュー……十五歳。勇者。

 マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。

 リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。

 シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。 

 ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。

 トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。



 アーク、マール、リリーナの三人は、パルフェを走らせていた。

 今回の標的は、スケルトンだ。

 

 無事リリーナを連れてフーリエの町に着いたとき、後から追いかけて来たというマールに、こっぴどく叱られた。

 一応誤解は解けたようだが、仲を警戒されていることは間違い無い。

 アークとリリーナの間に必ずマールが入るようになった。


 今、パルフェを走らせる順も、アーク、マール、リリーナだ。

 すぐ後ろを位置取るマールからの視線が痛い。

 針のむしろだ。

 

 アークは単純に人助けをしただけだった。

 なのに、なんでこんなに怒られるんだ?

 アークの口から、そっとため息が出た。

 アークは不条理を感じつつ、パルフェを走らせた。



「あれだ!!」


 三人がグリモの滝に着いたとき、そこにはすでに、何組か、他の冒険者たちも集まっていた。

 三人もパルフェを木に繋ぎ、急いで他の冒険者たちの方に駆け寄った。

 滝の辺りに、スケルトンが百体単位でウジャウジャうごめいているのが見える。


 今回の依頼は、スケルトン討伐とうばつだ。

 観光地となっているグリモの滝に、突如、大量のスケルトンが出現し、観光客を襲い出したので、これを退治して欲しいという緊急依頼だ。

 

 通常、このような緊急依頼は、余程のことが無い限り、キャンセル出来ない。

 命が掛かっている為だ。

 

 この時も三人は、フーリエの酒場で食事をっていた。

 ギスギスの空気を破るように、アークとマールが胸に提げた冒険者のタグが魔法で発光、明滅した。

 緊急案件の合図だ。

 慌ててギルドに駆け付けると、他の冒険者たちも集まっていた。


 準備が出来た者から続々と出発していく。

 リリーナも短期登録ということで冒険者登録を済ませた。



 現場に着いたアークは、先輩冒険者から、現状の説明と指示を聞いた。

 既に観光客の保護は完了しているものの、気付いていない場所に誰か取り残されている可能性もある。

 それを確認しつつ、取り囲むようにして一斉に突入だ。


「きゃっ」

「大丈夫か?」


 アークの隣にいたリリーナが、濡れた地面に足を取られて、アークに抱きついた。

 アークが反射的にリリーナの身体を支える。

 リリーナの、たわわな胸がギュっと、アークの胸に押し付けられる。

 

「ご、ごめんなさい」

「大丈夫だ、気にするな」


 アークは、至近距離から見えるリリーナの胸の谷間から、目が離せなかった。

 だが、気付かれるわけにはいかない。

 真っ赤な顔をリリーナに見られぬよう、アークは必死で横を向いた。


「はいはい、離れましょうね」


 マールが棒読みでアークとリリーナの間に入って、グイっと引き離した。

 心なしか、その目に殺意が込められている気がする。

 リリーナが、あらあらと言いながらアークから離れる。

 基本的に天然キャラなのだろう。

 そこに、悪意や計算がまるで無い。

 それがまた、罪深い。


 やがて、到着メンバーの準備が整い、一斉に突入した。



 乱戦だった。

 僧侶たちは神聖魔法を放ち、打撃系の戦士たちが突入する。

 魔法使いも炎系をメインに、スケルトンに魔法を当てる。


 アークはスケルトンが振るうソードの攻撃を避けながら打撃を与えていたが、スケルトンは鎧兜よろいかぶとを着込んでいる上に、なにせ数が多い。

 なかなか思うように倒せずにいた。


「マール!」

「まかせてください、勇者さま!」


 マールが集中を始める。

 アークも集中する。


「炎の精霊サラマンダーよ、剣に宿りて、敵を焼き尽くせ!」


 魔力付与エンチャントされたアークの刀が炎をまとう。

 アークは流れるような動きで刀の型を取る。

 アークの足に力が入り、ふくらはぎがグっとふくらむ。


疾風連撃斬しっぷうれんげきざん!」


 アークは、まるで瞬間移動したかのように敵に一気に近付くと、炎をまとった刀でスケルトンを滅多斬めったぎりにした。

 目で追えないほどの速さだ。

 鎧に覆われていない関節部分を狙ったのもあって、この一撃でスケルトンが一体、バラバラにくだけ散った。


「がっ! あっ!」


 だが、無茶をしたせいか、アークの呼吸が一気に荒くなった。

 技に対し、アークのレベルが足りていないのだ。


 思わずアークは、その場に崩れ落ちた。

 息が上手く吸えない。 


「聖アンナリーアよ、かの者に回復の加護をたまわらんことを! 聖なる雨ホーリーレイン!」


 アークの身体が光を帯びたかと思うと、途端に身体が楽になった。

 リリーナの回復呪文だ。

 アークは刀を杖に立ち上がった。


「ありがとう、リリーナ」

「どういたしまして」


 リリーナがアークにウィンクを返す。

 ハートが飛んで来そうなウィンクに、思わずアークは顔を赤くする。


「みんな、少年に続け!」


 筋肉ムキムキの先輩冒険者が叫ぶ。

 その声に応えるかのように、皆、突っ込んで行った。



 戦闘は一時間程度で終わった。

 が、スケルトン大量出没の原因は分からぬままだ。


 フーリエの町の冒険者ギルドスタッフが出張してきて、その場で報酬を支払ってくれた。

 今回の案件は、フーリエの町議会からの依頼な上に、緊急案件となったので、かなり額が良かった。

 スケルトンの破片を撤去し次第、すぐさま運営を開始したグリモの滝は、すぐに観光客で埋まった。


 いつの間に仲が良くなったのか、マールとリリーナは連れ立ってソフトクリームを買いに行ってしまった。

 アークはそれを見送って、滝のそばでボーっとしていた。

 

 と、アークは滝壺たきつぼの辺りに、白い何かがあるのに気付いた。

 アークは目を凝らした。

 手だ。人の手がある。

 アークは慌てて立ち上がると、滝壺に向かって走った。


 バシャバシャ水を蹴立てて近寄ったアークは、倒れている人物を抱き起こした。

 かなり高齢のお爺さんだ。

 気を失っている。

 老人の頭に髪は全く無く、その身体はガリガリだ。

 魔法使いか賢者なのか、灰色のローブを着ている。


「爺さん、爺さん、大丈夫か!」


 アークが揺さぶるも、老人の起きる気配は無い。

 アークは老人を背中に背負うと、急いで、繋いだパルフェの元に走った。



「お爺さん、リンゴきました。食べられます?」

「おぉ、おぉ、大好物じゃ、ナイスバディなお姉ちゃん。もちろん食うぞ」

「お爺ちゃん、オレンジ剥こっか?」

「おぉ。それも好物じゃ、将来の成長に賭ける少女よ。あーん」


 お爺さんが、病院のベッドに横になりながら、リリーナに差し出されたリンゴと、マールに差し出されたオレンジに、ご機嫌でかぶり付く。


 三人は、フーリエの町に戻ってきていた。

 その足で、病院に駆け込み、老人を入院させた。

 金は掛かるだろうが、命には変えられない。


 幸い、治療が良かったのか、すぐに意識を取り戻したが、どうやら記憶に一部、欠損があるようだった。

 つまり、軽度の記憶喪失だ。

 観光地なので、観光に来たのだとは推測できるのだが、どこからどうやって滝まで来たのか、どころか、自分の名前さえ全く思い出せないという。


 医者が何回か記憶回復を試みたが、その試みは、全て徒労に終わった。

 結局、老人の記憶は戻らず、入院してしばらく様子を見ることとなった。


「お前さんが助けてくれたのか。ありがとうなぁ」


 老人がアークの手を弱々しく握る。


「いや、いいんだよ。それより、身元が分からないと不安だろ? 迎えの人が早く来てくれるといいけどさ。ともかく、オレたち、しばらくこの町に逗留とうりゅうするから、安心して治療に専念してくれよ」

「すまんの、若いの」



 それからしばらく、毎日三人で見舞いに寄ったが、一週間経って歩けるようになっても、老人の記憶の欠損は戻らなかった。

 それから更に三日後、老人は退院することになった。


「大丈夫かい? 爺さん。無理しなくていいんだぜ?」

「いや、身体はもう問題無い。これ以上入院していたら、身体が腐ってしまうわい。それにしても、お主らには随分と世話になってしまった。名前さえ思い出せぬこの身ではあるが、この恩は忘れんぞ」


 老人がアークの手を握る。


「お主たちにもお主たちの行くべき道があろう。わしも自分のいるべき場所を探して旅をしようと思う。お主たちの行く先に、さち多からんことを」

「元気でな、爺さん」

「お達者で、お爺さん」

「無理しちゃダメだかんね、お爺ちゃん」

「お嬢ちゃんたちも、元気でな」


 三者三様の言葉で老人を送る中、老人は、リリーナとマールに抱きついた。

 リリーナとマールは困惑顔をするも、老人のやることとして、目をつむって、抱きつかれるままにしておいた。

 殴って、更に記憶を失うようなことになっては大変だからだ。


 別れた後、老人は再びグリモの滝を目指した。

 対してアーク、マール、リリーナの三人は、次の町、グラールに向けて進路を取った。

 三人は三色のパルフェに乗り、先へ進む。


「さぁ、行こう!」


 アークの掛け声が青空に響いた。 

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