15. 約束

「なるほどな。それも、一理有るが……失敗したら、またパラレルワールドの私が、昂佳こうかの命を狙いに来る事になるぞ!」


 冗談抜きの真顔で言った叶愛のあん


「そうなったら、パラレルワールドの僕が、今回と同じように師匠をパワーストーン店に連れ出して、何が何でも説得します!」


 容易く言い切った昂佳こうかを呆れ顔で見た。


昂佳こうかに任せたよ。色んなパラレルワールドで何度もそれを繰り返しているうちに、いつか、希望の未来になっている可能性も有るわけだからな」


 昂佳こうかの提案を信じる事にした叶愛のあん


「ところで、師匠、僕の記憶は......?」


 尋ねなければ、叶愛のあんが忘れている可能性も有ったところを、性格上、馬鹿正直に尋ねた昂佳こうか


「今、この記憶を奪ったら、昂佳こうかがガーネットを封印させない未来を作るのも忘れてしまうだろう?」


 何を今さらと言わんばかりの叶愛のあん


「確かに……絶対に僕は他言しません! 師匠の事も、ガーネットが封印されない未来を作る理由も! 絶対に、約束します!」


「ああ、そこは厳重にな! でないと、タイムパトロールによって、昂佳こうかの記憶を奪うのみならず、でっち上げの適当な記憶を埋め込まれる事になるのだからな!」


 叶愛のあんの言葉に震え上がった昂佳こうか


「僕の記憶を変えられるのは困る!」


「あと、犯罪行為は厳禁だぞ、昂佳こうか! この時代にも、ウソ発見器という機器くらい有るのだろう? 思わぬところからバレぬようにな!」


 叶愛のあんから注意されているうちに、果たして本当に自分が一生、口外せずに居続けられるかどうか不安に駆られた昂佳こうか

 そんな昂佳こうかの心を見透かすような眼差しで、緋色の視線を向けている叶愛のあん

 その眼差しからは、叶愛のあんを守れる立場にいるのは、自分1人なのだと否が応でも認識させられた。

 この目の前にいる、未来からやって来た自分の子孫である美しい少女のこれから先の人生の明暗が、自分の行動に委ねられている。

 叶愛のあんの為に、何が振りかかろうと恐れる事無く、約束を守り抜く決意を固めた昂佳こうか


「心配無用です、師匠! 僕は必ず成し遂げます!」


「頼んだぞ! あっ、昂佳こうか……」


 昂佳こうかに近付き、瞬きほどの早業で、唇を重ねた叶愛のあん


「師匠……」


「誤解するな! これは、未来では別れの挨拶だからな!」


 周囲の危険な感情を感知する危険探査機が赤点滅している事から、昂佳こうかが想像しそうな事を察知し、顔を紅潮させながら、慌ててその想像を否定した叶愛のあん


「未来では、日本でも、そんな異国のような習慣が有るんですか! いいな~、僕も師匠と同じ未来に生まれたかったです!」


 叶愛のあんの危険探知機が赤点滅していた事に気付いた昂佳こうかは、自分の感情に反応したのだと思い、焦りながら未来のお別れ時のキスについての感想を大袈裟なくらいに話した。


「他の記憶は忘れても良いが、他言厳禁な事とガーネットの件だけは、決して忘れずにな!」


 昂佳こうかの心の中には、先刻の叶愛のあんとのキスも当然のように追加していた。


「師匠と過ごした時間の記憶は、僕にとっては何にも代えがたい大切なものです! 失いたくないですから、誰にも口外しませんし、絶対に忘れません! より良い未来になっている事を信じて、無事戻って下さい!」


「了解した!」


 叶愛のあんは、タイムマシーンのタイマーをここを2度目に訪れる直前の未来にセットした。

 特殊なゴーグルを着けた叶愛のあんには見えているものの、タイムマシーン自体、昂佳こうかから不可視の領域に有り形状も分からないままだった。


 叶愛のあんはタイムマシーンの中で、速やかにワンピースを脱ぎ、透明スーツを身にまとった。

 ワンピースはたたまれた状態で、床にふんわりと落ちた。


 もはや、叶愛のあんがいるのかいないのかも分からない。


 昂佳こうかは、敢えて初対面の時のように、手をバタバタさせて、気配を確かめるという事はしなかった。


「世話になったな、いや、これからの方がなるのだろうか? 健闘を祈る! さらばだ、昂佳こうか!」


 窓の付近から叶愛のあんの声がした。

 まだ、近くに叶愛のあんはいる。


「師匠、さようなら! ……師匠、大好きですよ、これからもずっと!」


 その場にまだいるのか、もう去ったのか分からない叶愛のあんに向けて言った。

 叶愛のあんは、遠退きかけてはいたが、昂佳こうかの最後の声もしっかりと耳に届いていた。


「ありがとう、昂佳こうか。私も、大好きだ」


 残念ながら、その声は、昂佳こうかの耳には届いていなかった。

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