ⅩⅥ. 昂佳との記憶

 何だか、長い夢を見ていたような気がする。


 長い不思議な素敵な夢を……


 眠る時には、いつも、左手にあの赤い石を持っている。

 昂佳こうかがくれたガーネット。


 これは、私の唯一の宝物。


叶愛のあん、いつまで寝ているの? 朝食が冷めてしまうわよ」


 部屋の大型スクリーンに映し出される母と、朝食。

 しじみの味噌汁と納豆の匂いが届き、食欲をそそる。


「は~い! 今、行きます!」


 ガーネットをジュエリーボックスに入れた。

 これは、私以外は、決して触らせない大切なものだから!


 洗顔後、食卓に向かうと、私以外の家族は揃っていた。


「やっと、我が家のお姫様のお出ましだ!」


 父が私を真っ直ぐに見つめた。


「寝坊したから、てっきり夜更かしして寝不足かと思ったけど……今朝も、美しいガーネットのような瞳をしているわね、叶愛のあん


 母の口から美しい瞳という褒め言葉。

 私の瞳が、ガーネットに例えられているという事は……


「私も、お姉ちゃんのようなキレイなガーネット色の瞳で生まれたかったわ!」


 聞き慣れていなかった言葉ばかりで、どう反応していいのか分からない……


 こんな時には……そうだ、笑顔だ!

 昂佳こうかが褒めてくれた笑顔を向けてみよう。


「ありがとう! 舞穂まいほの茶色の瞳もステキよ!」


「ガーネット色の瞳が美しいだけでなく、心もまた美しい! 叶愛のあんは我が家の誇りだ! 陽の光を恐れなかったご先祖様が授けて下さった、この類稀なる宝のように美しい緋色の瞳に感謝せねばな!」


 ご先祖様……って?

 もしかしたら、昂佳こうかの事だ!


 昂佳こうかのおかげで、ガーネットが禁忌の石という括りではなく、普遍的に今でも存在し続けていて、そして、その美しさを誰もが知っている!


 昂佳こうかのおかげで、ガーネットと同じ緋色の瞳をしている私は、この世界で前を向いて生きられるようになった!


 昂佳こうか、約束を守り通してくれて、ありがとう!

 絶望しかなかったこの世界を希望に染めてくれて、ありがとう!


 私も、昂佳こうかのように無私の心で、誰かの役に立つ人間になりたい!

 そんな風に思えるようになったのも、昂佳こうかのおかげだ!


 昂佳こうかには、いくら感謝しても、し足りない!


叶愛のあん舞穂まいほ、そろそろ学校へ行く時間よ」


 両親が、私の頬にキスをするのは、記憶に無いほどの昔以来のこと。

 何だか妙に、くすぐったいような気持ちになってしまう。

 

 そう、私達の生きる時代は、日本でも、別れ際に家族は頬にキスをする。

 その家族からのキスさえも、以前の私は、物心ついた時からキスの記憶がないほど、家族からも疎まれていた。

 

 それが、昂佳こうかが変えてくれた未来では、舞穂まいほと同様に自然になされている。

 私がこんな風に、人目をはばかる事無く生きて行ける日が来るなんて、昂佳こうかと出逢うまでは思いもしなかった。

 いや、出逢ってからだって、何度、昂佳こうかに諭されようとしても、到底信じられなかった。


 周囲から突き刺すような冷たい視線にも遭う事も無くなり、こんなに家族からの愛が心地良い時間……


 ずっと憧れていたけど、ずっと諦めていた世界が、今、私を取り囲んでいる!


 全て、昂佳こうかのおかげだ!


 頬のキスは家族間だけ。

 口へのキスは、いくら私達の時代の日本といえども、恋人以上の存在にしかしない。


 大好きなんていう感情が、自分に沸き起こるなんて信じられなくて……

 伝える事すら出来ないままだったけど……


今思うと、多分、私は、21世紀に出逢って、私の瞳を『美しい』と褒めてくれたあの時点から、ずっと昂佳こうかの事が大好きだった!


 今まで、誰1人として、私に向かって、『美しい』なんて……そんな風に言って来る事なんて無かった。


 昂佳こうかが初めてだった!


 これから先、私の長い人生の中で愛する人と出逢う事になるかも知れない……

 だけど、昂佳こうかだけは、永遠に私の中で別格!


 形としてはガーネット以外、何一つ残っていないけど、昂佳こうかと共に過ごした時間は、私にとっては生まれて初めての幸せな思い出!


 誰にも話したり想いを共有出来なくても、私だけの中でずっと大切にしたい!

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